ロマノン | ナノ

03


 ムジナさんに案内してもらった先は、奥まった路地にある建物だった。大きくも小さくもなく、何屋でもおかしくない感じだ。外から商品が見えないから八百屋ってことはないだろうけど。

 一応表に看板らしきものがあったが、例のごとくハンター文字で書かれていて読めない。入り口のドアにはベルがついていて、人が出入りすればカランと甲高い音を立てるようになっていた。

 スタスタと迷いなく歩くムジナさんに続いて中に入ると、店内には本棚が並んでいた。それでここは本屋だと悟る。正直、こんなところにお客さん来るのかと思わざるをえない立地なんだけどね。

「ウィル」

 そして、並ぶ本棚の奥、レジを置いた机のところにいたおじさんにムジナさんが声をかける。ウィルさんというのだろうか。

 ウィルさんは、本屋で働くのにそんな筋肉いる? ってつっこみたくなるようなガチムチのおじさんだった。顔も歴戦の戦士みたいな、商売するにしても鍛冶屋とかが似合う、どう考えてもいるべき場所を間違えた感のある顔だ。張り詰めた胸筋を覆うエプロンだけが本屋の店員らしさをアピールしている。というか店長かな。平の店員には見えない。

「×××ムジナ、×××××××」

 相変わらず何て言ってるかわからないけど、名前っぽいところだけはなんとか聞き取れた。そしておじさんの声が渋すぎる。重低音ボイスっていうの? 表情もほとんど動かないしガチムチだし怖い人にしか見えないわけだが。俺のささやかな願いが完全にフラグ化していた。

「コイツがバイトしたいんだって。あ、コイツジャポン語しか話せないらしいから。よろしくね」
「え、あと、アカルです。よろしくお願いします」

 突然日本語でそう言うとムジナさんが視線をよこしたので、展開の早さに驚愕しつつもなんとか自己紹介する。え、よろしく頼むの早すぎない? どう考えても今の会話量じゃおじさんの了承を得るプロセスがなかったよね? え、テレパシーでもしたの?

「……ウィルフレッドだ」
「じゃ、私仕事に戻るから」
「えっ!?」

 本気で会話終わり!? 俺のこととかどういう経緯でこうなったかとか一切説明なしで雇用関係結んだけど!?

 ザル面接にもほどがあるっていうか紹介と言えるのかこれ。そして雇うかどうかを決める権限があるってことはやっぱ店長なのかなこの人。そこら辺の説明も一切ないままなんですけど。

 内心かなり混乱している俺を見ることなく颯爽と入ってきた扉へと向かうと、ムジナさんはそのままベルを盛大に鳴らしながら出て行った。その背中を呆然と見送る。すると後ろからため息が聞こえ、慌ててそちらへと向き直る。

「えと、あの、」
「仕事は明日からでいいな?」
「え、や、雇ってくれるんですか!?」
「ムジナが連れてくるってことはワケありだろ。ほっぽりだすわけにもいかねえ」
「あっ、ありがとうございます!」

 あんな雑な紹介でバイト雇う人なんかはじめてみた! そもそもあんな雑な紹介をする人をはじめてみた! と店長とムジナさんの株が入れ替わる。大高騰と大暴落だ。怖そうとか思っていたのが失礼なくらいいい人だったこの人! すげえ流暢な日本語で話しかけてくれるし!

「どうせ行くとこねぇんだろ。店の奥に小部屋があるからそこで寝な」
「!??」

 なんだこの人天使か!? あまりのことに俺は混乱で頭と心臓がどうにかなりそうだった。今さっき知り合ったばっかりの名前以外知らない相手に宿を貸すとか、平和の国ニッポンで育った俺でもやらないんですけど!

「お前金持ってんのか?」
「い、いえ……」
「なら最初の一週間は日払いにしてやる。それで生活に必要なものと一ヶ月の食費を賄え」

 俺が言うのもおかしいけど身元不明の怪しい外国人への言葉じゃない。善意の塊かこの人は。バファリンどころの騒ぎじゃないんだけど。なんつーかもう、素敵! 抱いて!! って感じだ。男前とはこの人のことを言うんだろう。いや、漢前か? 

 盛大に困惑しだした俺を見て、店長は太い眉を顰めた。

「なんだ、自炊できねえのか?」
「いえっ! できます! 全然大丈夫ですありがとうございます!!」

 あー、よほど物価と給金のバランスがいかれてない限り一週間分の稼ぎで一ヶ月賄うのに自炊は必須ですもんねって違う! そこに驚いてるんじゃない! なんだ? こんなことがあっていいのか?

 こんなにいい人で大丈夫なのか店長、悪い奴に利用されるんじゃ、と心配になったが、はちきれんばかりの筋肉を見て一瞬で冷静になった。悪党の頭掴んで胴体とさよならバイバイさせられそうな体してるわこの人。

***

 与えられた小部屋は元は仮眠室のようなものだったらしく、いかにもなベッドに小さな冷蔵庫、簡易キッチンまであった。

 なにこれーおはようからおやすみまでばっちりじゃないですかー。パソコンさえあれば俺ここで一生暮らせますよー。

 いやそんな迷惑なことしないけどね。準廃ライフはあくまで自分にかかる金すべて自分で賄ったうえでの行動だからね。奨学金は結果的に踏み倒すことになっちゃったけど、きちんと返すつもりだったし。

 それにしても、店長の訳知りっぽい態度といい、この用意のよさといい、もしかして俺みたいな奴って多いのだろうか、とか考える。

 え、異世界トリップってよくあることなの? それとも家出少年の保護することが多いとかそういう感じ? そもそもムジナさんと店長の関係って?

 聞きたいことはたくさんあるが、多くを語らず、詮索もしない店長にそれを聞くのは憚られる。こちらも詮索はせず、感謝の念だけを送るべきだろう。これからは一日一回店長に祈ろうと決めた。

 さて、衣食住の確立という目の前の問題が片付くと、今後のことについて考える余裕がでてくる。夕飯も終わって心身ともに余裕のできた俺は、ベッドのスプリングを軋ませながらこれからのことを考えた。

 実は、俺にはこの世界で絶対にしたいことがある。グリードアイランド、GIのクリアだ。これは漫画を読んでたときからすごくやってみたかった。なんたって自分が参加できるゲームだぜ? キャラクターはプログラムではなく実在する人間、ってもろネトゲだし。

 作者がゲーム好きなだけあってよく練られたシステムで、このままMMORPG化してくれ絶対やるからと思ったこともある。それが今や実際に体験できる環境になったわけだ。これはやるしかないだろう、常識的に考えて。

 だから、GIのクリアを当面の目標として行動方針をたてることにした。そのためにはまず念を覚えないといけない。GIはPKありのゲームだ。しかもPK=本当の死。纏ができる程度ではなく、発を作り、ある程度使いこなせないとまずいだろう。

 たしか瞑想でゆっくり起こすんだっけ? 瞑想なんかできるかな……普通そんなのする機会ないよね? でも一気に起こすのは才能ないと危ないらしいし、俺がやるとそのまま死にそうだ。

 なんとなく予想なんだけど、念って発についてのイメージがしっかりしてるとゆっくり起こすのがやりやすいんじゃないかと思う。

 念は意思や覚悟の強さと関係するって言うし、好きな分野を極めようとしているうちに目覚める人も多い、みたいなことを漫画に書いてた気がする。なんでも強い目的意識がある方が上達早いって言うしね。とりあえず念はゆっくり起こしつつ、発についてのイメージを固めておく方向でいこうと思う。

 実は、すでにぼんやりとはイメージ出来てるんだよね。漫画読んだときに一回は考えるよな? もし念が使えたらこんな能力がいいって。そのときはまさか本当に使う機会がくるとは思ってなかったから、『ぼくのかんがえたさいきょうのねんのうりょく』くらいアバウトかつ別に最強でもなんでもない感じなんだけど、もうちょい詰めたら割と使えると思う。

 GIの入手方法については、自分で買える気がしないからゴンの発想でいこう。ベストなのはゴン達が受けるハンター試験を俺も受けて、そこで主人公組と仲良くなることだよな。仲良くなれるか不安だけど、受けるだけ受けておこう。ハンター証ないと身分証明できないし。

 店長に聞いたら今年は1996年だって言ってたから、二年とちょっとの猶予があることになる。まさか2012年からタイムスリップするとは思ってなかったけど、そもそも世界の枠を越えてしまっている以上今更だ。ハンター世界の2012年とか未知すぎて怖いしね。知ってることが活かせるかもしれない環境の方が安心できる。

 二年で念を覚えて使いこなせるように……なれるかな。なれますように。……なれますように!


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