ロマノン | ナノ

34


 そこそこの傾斜のある下り坂を歩きながら、俺は先程からイルミにあることを尋ねようか尋ねまいかと悩んでいた。というのも、イルミの能力なら俺を殺すことなく強制的に協力させられることに気付いたからだ。

 そもそも、イルミの「足だけでもいいのか」という問いに対して試験官は明確な答えを返さなかった。もし失格になるのであれば、鎖について言及したときのようにその場でそう明言しているはずだ。つまり、あの言葉の裏に隠されていたのは「好きにして構わないが、その場合後々不都合が起きる」というものである可能性が高い。

 これまでギミックを全スルーして力こそパワー論でゴリ押ししてきたイルミなら不都合も跳ね除けるだろうし、正直タワーの攻略においては俺を生かしておく理由すらなかった。それが何故今もこうして自由に行動出来ているのか。

 ここで気になるのが、試験官がマイクを切った直後のイルミの「聞きたいことがある」という発言だ。修正かけてほしいレベルの変身シーンのせいですっかり忘れてたけど、確かにそう言っていた。

 これ聞いてもいいんだろうか。薮蛇ではと思いつつも、イルミにその発想がなかったとは考えられないので思い切って尋ねてみる。

「ところで、さっきの見て思ったんだけど」
「何?」
「その針で俺を操作しないのはなんで? はじめに『聞きたいことがある』って言ってたのと関係ある?」
「あ、そうそう」

 俺の問いに、イルミが思い出したと言わんばかりにポンと手を打った。

「従順な弟子を持つ奴がどういう教育をしてるのか興味あってさ」

 予想外の台詞に一瞬思考が停止する。

 えっ……と、従順な弟子って俺のこと? だよな? なんで俺が師匠持ちって知ってるんだよ。ヒソカか、ヒソカから聞いたのか。それとも単に自然に目覚めるような才気溢れるタイプには見えないから? いやそれでも従順って言葉がつくのはある程度事情を知ってないとおかしいだろ、と盛大に混乱していると、イルミは相変わらずマイペースに話を続けた。

「実は訓練をつけてた弟が家出しちゃったんだよね」

 訓練が嫌で家出したわけではないと思いますが……と言いたいのをグッと堪える。なんとか「へ、へえ」とだけ返すことが出来た。

「ただその理由が理解不能でさ、何でこうなっちゃったのかなって」

 あ、よかった、訓練が嫌で家出したと勘違いしてるんじゃなかった。もしそうだったら相互意思伝達に問題ありすぎだろって心配になったわ。内心胸を撫で下ろす思いで続きを待つ。いつの間にか足元の傾斜はどんどんきつくなっていた。階段にすればよかったんじゃ、と思わずにはいられないくらいの角度だ。

「オレも落ち込んでるんだよ。オレの教育の何が悪かったんだろうってね」

 掛かる重力に逆らうことなく自然に足を動かしながら、イルミは落ち込んでいるようには見えない涼しい表情で言った。コンパスの差的にイルミにとって自然なペースは俺にとって無理のあるペースなわけで、螺旋状に蛇行していることもあって段々息が上がってくる。

 マラソンは終わったというのにまた走る羽目になるとは……つかこれって答えによってはキルアの今後に関わったりするの? イルミが俺の意見に左右されるとは思えないけど、かと言って何も考えずに答えるのはなあ。

 とりあえずアドバイスを求めているわけではないことは明らかなので、割と正直な答えを述べる。

「念については教えてもらってるけど、思想とか信念的なことは何も言われてないよ」
「元々の性格ってこと?」
「まあ……」

 従順とか言われたのに頷くのは我ながらどうかと思わないでもないが、一応同意しておく。そして更に大事なことを思い出したので付け足した。

「あ、あと色々お世話になってるし、命の恩人的な面もあって尊敬してる」

 本当は尊敬の部分が一番重要なファクターだと思うけど、ただ「尊敬してるから」とだけ言うと「オレが弟に尊敬されてないっていうの?」なんてキレられるかもしれないのでそう告げる。イルミは納得できないとばかりに首を傾げた。

「おかしいな。世話もしてるし命も救ってやってるのに」

 あ、ああ、うん。ハイ。何とも返し難い台詞に乾いた笑いしか出ない。

 実際どうなんだろ。一般人の目線で見るとあの家庭環境は異常以外の何物でもないが、あれが正常であろうあの一家においてはキルアの方が異質な気もする。つっても付き合いがあるわけじゃないから漫画を読んだ印象論になっちゃうけど。当然ながらミルキは家のことベラベラ話したりしないし。当たり障りのない、それこそ知らなければよくある一般家庭の話かと思ってしまうようなことをたまに聞く程度だ。

 考え込んでしまったイルミを眺めながら、キルアの今後が心配になった。

***

 結構な時間を走り、いい加減邪魔にならない高さまで鎖を浮かし続けるのにも疲れてきたところで、長かった下り坂も終わりが見えた。次は一体何があるのか、今度こそゴリ押し不能かつ命の危険はない試験内容であって欲しいと願いながら、自動で上がる扉をくぐる。

『301番ギタラクル、358番アカル、3次試験通過第2号、3号! 所要時間7時間29分!』
「えっ」

 途端に大きく響いたアナウンスに耳を疑った。え、もう終わり? えっ? マジで? まさかの展開に思考がついて行かないまま呆然と辺りを見渡すと、先程の部屋と同じ作りの内装が見えた。広さといい壁中にある扉といい、そっくりそのままだ。じゃなくて、え、本当にこれでクリアなの? 嘘だろ、俺結局ただ鎖浮かしてただけじゃん。

「お疲れ」

 相変わらずの無表情で告げられた言葉に、本当に終わったのだと悟る。

「お……俺、何もしないまま終わったんだけど」
「いいんじゃない? 足引っ張らないのも協力の一つでしょ」

 フォローする気があるのかないのかよくわからない台詞を放つと、イルミはその場に立ったまま片手で器用に足枷を外した。「あーだるかった」と言いながら足首を回す。

「キミたち一緒だったんだ」

 未だショックの抜けきらない頭で鎖の操作を止めると、すでにクリアしていたらしいヒソカが声を掛けてきた。「変装しなくていいのかい?」「他の受験生が来るまではいいよ」などと交わされる会話を耳に入れながら屈んで自分の足枷を外す。

 この試験で落ちる人がいることを考えれば楽してクリアだーって喜ぶべきなのかもしれないけど、正直一人で攻略したかったなあ……。

 割と本気で落ち込む気持ちを抱えて立ち上がると、視界の端にこちらを指すように動く親指が映った。

「彼、操作系?」
「ファッ!?」

 突然俺の系統をヒソカに尋ねたイルミに愕然とする。いやいや何聞いてんの!? つか何でヒソカに聞く! そりゃ俺に聞かれても答えないけどさ!

「放出系じゃないかな? どうしたんだい、急に」

 お前も答えてんじゃねーよ! しかも合ってるし! 

「試験中ずっと鎖操作してたから。単純な操作とはいえ系統の違うこと七時間も普通しないでしょ」
「へえ、それはすごい」

 そう言うとヒソカは僅かに目を丸くした。何その小学生並みの感想。お前そんな語彙力ない奴じゃなかっただろ。全然褒められてる気がしないんだけど。

「でも能力を見る限りは放出っぽいけどね?」
「ふーん」
「あーあーあーやめてくださいー本人の目の前で系統予想とかやめて」

 会話を遮ろうと声を上げれば、意外にもそれ以上突っ込まれなかった。しかし、ヒソカが独り言のようなトーンで呟いた言葉に眉を顰める。

「七時間ねぇ……基礎修行はマジメにやってたってことかな?」

 なんか含みのある言い方だな。基礎修行"は"? いや確かに基礎修行は真面目にやってたし本来ムジナさんから言われてた実戦経験の方はダメダメだったけどね? 何でそんなに訳知り顔なのかって話ですよ。

「ヒソカって俺の師匠と知り合いかなんか?」
「違うよ」

 じゃあ何でそんなに俺の修行事情を把握してる風な発言すんだよやめろ。意味のわからなさに精神が削られる感覚を覚える。ヒソカは世間話をするような軽さで続けた。

「師匠とはまだ一緒にいるのかい?」
「え」

 いやそれイルミの前で話したくないんですけど……別にヒソカにも話したくないけど、全く事情を知らない人間の前でわざわざ手の内明かすようなこと言いたくない。

 空気読んでどっか行ってくれないかなとイルミの顔を窺えば、大きな猫目でじっと見返されただけだった。何? なんでお前らそんなに人の修行事情知りたがるの? あ、そっか、イルミは教育方針に興味あるって言ってたもんな。キルアの家出のせいで俺のプライバシーが侵害されるなんて考えもしなかったよね。

 はぐらかしても引き下がってくれなさそうな雰囲気に、どうせ言わなきゃいけないなら自分からさっさと言ってしまおうとため息をついて答える。

「いない。十ヶ月くらい前から別行動取らされてる」
「また? 放任だなァ」
「何か指示出されてないの?」
「実戦経験を積めとは言われたけど」

 出来てないんだよなあ、と口には出さず唱えていると、イルミが「うわ」と呟いた。

「有り得ない。実戦なんか一番きちんと管理してやらなきゃいけない部分なのに」
「え」
「期待されてないんじゃないの? それか単に師匠のレベルが低いんだね」
「は? え、あ、いや、期待されてないはあるかもしれないけど」

 ムジナさん達のレベルが低いという発言に一瞬素の反応をしてしまい、慌てて取り繕う。え、マジで期待されてないのかな。いやいくら俺でも期待されてなかったらわかる……だろ、たぶん。そりゃめちゃくちゃ期待されてるとは思わないけどさ。

 突然投げ込まれた爆弾にもやもやと思考を捕られていると、イルミが何かを思いついたと言わんばかりにポンと手をついた。その動作好きだな。

「オレわかったかも」

 何が? 俺がムジナさん達に期待されてるかどうかってこと? イルミの上げた声に内心身構える。

「キルって家出するときに『縛られるのが嫌』みたいなこと言ったらしいんだよね。従順な弟子作りには管理を緩めることが大事なのかも」

 あ、そっち……でも当たってるんじゃね。ていうかさりげなく名前言ってるぞ。俺まだ聞いてないのに。色々と微妙な気分になりながらイルミの教育論に耳を傾ける。

「でもそれで死なれちゃ意味ないし、従順さは諦めよう」

 つまりそれって今までと何も変わらずってことですよね。キルアドンマイ。


prev / ---
[ back ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -