ロマノン | ナノ

33


 昨日は運気が12星座中最低だったとしか思えないほど散々な目に合った俺は、誰にも絡まれることなく朝食を終えたことで気分を浮上させていた。

 平和って素晴らしいよね! このために晩ご飯も食べずに寝たのだから、目的を達成出来て万々歳というものだ。そこ、ぼっち乙とか言わない!

 俺が一人で時間を潰していると、起きてきたらしいレオリオとクラピカに声を掛けられた。適当に話をしたり外を眺めたりしながら待つこと二時間。予定の時刻を一時間半過ぎた頃、受験生は皆トリックタワーと呼ばれる円柱状の建物の天辺に降ろされた。

 屋上ではなく天辺という言葉が相応しいこの場所には、下へ降りるための階段や梯子といったものが全く見当たらず、引きで見ると建物というよりはでかい柱のようだ。実際飛行船から見た限りでは外壁にも窓や扉の類はなく、中がどうなっているのかわからなかった。

 この、どこをどう降りたらいいのかわからない塔から生きて下まで降りること。これが三次試験となる。制限時間は72時間、つまり三日間だ。

 一見何のとっかかりもない壁と床に見えるが、床にはいくつかの隠し扉があり、体重を掛ければ下に降りられるようになっている。ちなみに壁の方は怪鳥の餌食になるルートだ。強化系でオーラ量化け物級なら行けないこともないかもだけど、たぶんそんな人は素直に正規ルート通った方が安全だし楽だと思う。

 そんなわけで強化系でもオーラ量化け物級でもない俺は一番最初に見つけた扉を使ってさっさと建物の中へ入った。降りた先は石造りの小部屋になっており、なんとなくデジャヴというか懐かしさを感じる。

 無数の穴などない部屋の中を見渡す。ハンター文字の書かれたパネルと長い鎖で繋がれた腕時計のようなもの――それにしては大きいような気もするけど、が二つあるだけで、部屋から出るための扉などはなかった。主に鎖の部分に対して嫌な予感に苛まれながらも、パネルに書かれた文字を読む。

 ――ここは″二人三脚の道″。君達二人はここからゴールまでの道のりをお互いを助け合って下まで降りなければならない。

 予感的中ですよ。今日も12星座占い最下位かな? 信じているわけでもないのにそう思わなければやっていられない己の不運さに頭を抱える。

 いや、まだ望みはある。このタワーを攻略出来るだけの実力があって、気さくな性格で尚且つ精神的にも成熟した人物が来れば……そもそもそんな人受験生にいたっけ?

 思わず遠い目になっていると、頭上で微かに天井のずれる音が響いた。動くかどうか試したらしいそれは本当に微かなもので、音の主がかなり洗練された身のこなしであることがわかる。

 あっ、来る? これ来るよね、前知識なしでこのタイミングはかなり早いだろうし、実力は問題なさそう。問題はこれが誰かって話なんだけど誰だれ誰あっハンゾーとか!? 忍者だし、審査員からの評価もかなり高かったし、性格は短気っぽいけどこの際贅沢言わないからハンゾー来いハンゾーお願いします神様ハンゾーでハ

「カタカタカタカタカタ」

 ……うん、まあそんな気はしてた。ヒソカかイルミのどっちかかなって。どっちがマシだったんだろうね。

 全く着地音をさせずに降りてきた人物を前に、ほとんど自棄になりながら心の中でそう呟く。恨むよ神様。星占いと同じくらい信じてないけど! それとも信心がないから祈りが届かないのだろうか。

 現実逃避に神の存在について考察していると、パネルの文字を読み終わったらしいイルミが呟いた。

「カタカタカタ……うわ最悪」

 本来ならここでシャベッタアアアア! って反応をすべきなんだけど、昨日流暢に話すとこ見てるしな。昨日は昨日でそれどころじゃなかったし、驚くタイミングを逃してしまった。

「これって腕に付けるんじゃ駄目なのかな」

 イルミの独り言とも問いかけとも取れる発言にどう答えるか迷っていると、天井の隅にあるカメラからザザッとノイズが鳴った。続いてスピーカーを通した男性の声が部屋に響き渡る。

『駄目だ。文字通り二人三脚をしてもらう。その分鎖の長さは長めにしてある』

 長くしたら二人三脚じゃなくね? と思ったが黙っておいた。男とくっついて喜ぶ趣味はないし。

「二人三脚にさえなってればいいの? もしそうなら足だけあれば充分なんだけど」
「いやいやいやいやお互いを助け合ってって書いてるしそもそも二人三脚って協力するって意味の慣用句だからね!!」

 物騒な発言に全力で突っ込む。これなら鎖の長さにも説明がつくし、我ながら意外と当たってるんじゃないかな!

『その問いには答えられない――が、"鎖が切れたら失格"だとは言っておこう。それが故意によるものでも、事故であってもだ。では、健闘を祈る』

 おざなりな社交辞令を残してブツッとマイクの切れる音が響いた。つか、うわあ。「鎖が切れたら失格」ってこれから鎖が切れるようなことが起こるってことじゃないですかヤダー。

 明らかに面倒臭そうな試験内容にイルミの機嫌が悪くならないかとその顔色を窺うが、焦点の定まらない目からは何も読み取れなかった。あれちゃんと前見えてんのかな。

「ま、いいや。聞きたいこともあったし」
「え」

 俺が余計な心配をしていると、イルミが予想外の台詞を放った。それと同時に顔に刺さっていた針を引き抜く。ずるっと耳障りな音を立てて抜かれた針の先端に気を取られている間にビキビキと筋の張る音が響き、次いで目に映ったものに悲鳴を上げた。

「うわっ、わっ、わわわわ」

 それは、身近な例を挙げるならホラーゲームの中ボスが形態変化をするシーンのようだった。顔の中に何かいるのかと思うほどの勢いで部分部分が膨れ上がっては縮むのを繰り返す。

 根元から立っていた髪は勢いよく伸び、痛んでいそうなものから艶やかな黒髪へと変化した。黒い髪が重力に従って肩へと落ちる頃には顔の変化も終わり、焦点の合わない小さい目は黒く大きい猫目に、歪だった輪郭もすっきりしたものへ――イルミ本来の姿になっていた。

「あーすっきりした」

 目の前で冒涜的な変身シーンを見せられた俺は1d100のSANチェック、ってあのさあ……。相手がイルミでさえなければ声に出していた文句を飲み込む。グロ注意にもほどがあるんですけど。

「えっと……」
「この姿のこと、誰にも言わないでね」
「アッハイ」

 イルミはコメントに困る俺を無視してマイペースに自分の要求を口にした。突然元の姿に戻った理由が知りたいところだけど、答えてくれる気がしないので口を噤む。キルアの目さえ欺ければそれでいいってことなのかな。

 俺の返事を聞いたイルミが腕時計のようなもの――実際はタイマー付きの足枷だったわけだが、を手に取って投げてきたので、自分の足に付けようと屈む。ふとどちらの足に付けるべきか悩んだが、早々にイルミが左足に付けていたため右足に付けることにした。まあ魔法使いだし別に利き手の自由が減ってもいいんですけどね、ちょっとね。

 さて、二人の足を繋いでいる鎖だが、この部屋であればお互いが端から端まで行っても問題なさそうなほど長いものだった。切れたら失格というルールがあることを考えれば、むしろ長すぎると言ってもいい。

「あのさ、この鎖だけど、操作してもいい?」

 少し悩んだ末の提案に、足枷を付けると同時に現れた扉の方へと歩き出していたイルミが振り返る。立ち止まってから顎に手を当て斜め上を見ると、「んー……」と逡巡するように言った。

「まあいいか。どうぞ」
「どうも」

 突然念を込めたら警戒されるだろうから一応確認を取っておく。ジャラジャラと引きずるのは邪魔になるし、周をしておけば早々切れることもなくなる。別に俺がしなくてもいいんだけど、実力差的にイルミが操作しちゃうと俺の死亡率がマッハだ。イルミも仮に俺がイルミを裏切っても問題ないと判断したらしく、あっさりと了承してくれた。

 宣言通り鎖にオーラを送る俺を眺める視線に「別に待ってくれなくてもいいのよ?」と居心地悪くなっていると、視線の主であるイルミが口を開いた。

「操作系?」
「えっ……なんで? これくらいなら系統違っても出来るよね?」

 尋ねられた内容に驚きながらも、慎重に言葉を選んで返す。実際複雑な命令をせずにただ浮かすだけなら操作系の修行を真面目にやってれば誰でも出来ると思うんだけど、あんまりサラッと聞いてくるもんだから危うく否定するところだった。思考の読めない能面顔で真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳と目が合う。

「出来る出来ないで言ったら出来るけど、普段からやってないと発想として出てこないでしょ」

 な、なるほど! 鋭すぎて怖い! 流石エリートは頭の出来が違うな、と内心冷や汗をかく。扉の前で待つイルミの元まで歩きながら、話題逸らしも兼ねて尋ねてみる。

「俺の能力のことヒソカから聞いてるかと思ってた」
「アイツの趣味の話なんかしないしされても聞き流してるよ」
「あ、なるほど……」

 扉に手を掛けるイルミの言葉に納得する。扉は普通の引き戸だった。壁に隠してある構造上仕方ないけど、高校とかの教室の扉みたいでちょっとシュールだ。

 つか、イルミって思ってたより話しやすいな。マイペースな分話題の転換が唐突だけど、打てば響くというか、普通に会話してくれることに驚いた。あと弟が多いからなのか、説明が丁寧でわかりやすい。

 現れた通路を縦に並んで歩きながら、これは聞けば答えてくれるかも、と先程の疑問を口にする。

「さっき聞きそびれたんだけど……今の姿が本当の姿ってことでいいの?」
「そうだよ」
「何で変装してたのか聞いてもいい?」
「好奇心旺盛だね」
「あっ聞かない方がいいなら答えていただかなくて結構ですハイ」

 慌ててそう言えば、聞かない方がいいことだったらしく通路に沈黙が下りた。はい、答えてくれませんでしたー。好感度が足りなかったか、ってこのくだり前にもやったな。

***

 その後しばらくは黙々と通路を進んだ。途中分かれ道があったりクイズに正解すれば扉が開くとか部屋のどこかに扉に流れる電流を切るスイッチがあるよとか色々仕掛けがあったんだけど、先導するイルミが無理やり扉を開けてしまっていたのでサクサク進んだ。何このゴリ押しオンライン、クソゲーすぎるんだけど。正直こういうギミックを解くことを楽しみにしていた俺は「やっぱりチートは駄目だな」と虚しくなりながら後ろをついて行っていた。

 現状を楽しもうという気概が皆無なイルミの様子に、イルミにとっての娯楽って何だろうとか考えながら歩いていると、ホールのようなだだっ広い空間に出た。広い部屋の壁中に扉があり、その数はざっと見積もって四、五十ほどだ。これまでとは毛色の違う部屋の造りに、これから起こることを予想する。

 まあ、そろそろ来るかなとは思ってたよね。忠告までされてるんだし。全く意に介さない様子で部屋の真ん中へと歩くイルミについて行けば、予想通り全ての扉から体格のいい男達が現れた。この試験ちょっと華がなさすぎませんかねえ……つか皆手に鉈持ってるんだけど。ここって長期刑囚の収容所って設定じゃなかった? 囚人に武器持たすなよ。

 鎖を切るためなんだろうけど、明らかにそれ以外の用途に使いそうな囚人達の雰囲気にため息をつく。念能力者同士のペアだから難易度上げてるとかかな? そんな気遣いはいらないです。

 いろんな意味でやる気満々な感じの男達の中から一人素手の男が歩み出てきた。男はよく通る声で叫ぶように言う。

「我々は審査委員会に雇われた"試験官"である! 今我々が出てきた扉のうち下へと繋がる正しい扉はひとつ! 君達がその正しい扉を選ぶには我々の中にいる"案内人"を見つけ出さなければならない!」
「全員を倒しても扉は開かないってこと?」

 イルミの言葉に周りの男達がゲラゲラと笑った。やめろー、余計な挑発やめろー。戦々恐々とする俺や実力差を理解出来ない者達とは対照的に、素手の男だけは冷静にイルミの問いに答える。

「そうだ。"案内人"を言い当てることが出来て初めて正しい扉が開く仕組みになっている」
「ふーん」

 今度こそゴリ押し不能かと思いきや、言葉とともにイルミが構えた針を見て思い直した。駄目だ、この試験イルミの能力と相性良すぎる。念のため鎖に送るオーラを増やしながら、事を見守る態勢に入る。

「では――はじめ!」

 素手の男の宣言に合わせて周りの男達が動くよりも早く、イルミの投げた針が先程笑った者の一人に刺さった。そのあまりの速さと見た目のえげつなさに、イルミ以外の全員が動きを止める。イルミは普段通りの抑揚のない声で尋ねた。

「お前は"案内人"? 違うなら誰がそうか知ってる?」
「シッ、しラなイ、ヒハハ」

 顔中の筋を伸ばされて歪な音を立てる男を見て戦意喪失したらしく、次に針を構えられた男が慌てて叫ぶ。

「ちっ違う、俺じゃねえ! アイツだ!」
「!!」

 指された男があからさまに動揺した。男が何か言うのを待つことなく針を投げたイルミが再び尋ねる。

「お前が"案内人"?」
「そ、ウデス」
「じゃ案内して。それとも名前を言わなきゃ駄目なの?」
「いや結構。開けてくれ」

 今度は素手の男を振り返っての問いに、冷や汗に頬を濡らした男がそう返した。それに合わせて奥の扉の一つが音を立てて上へと開く。

「どうも」

 雰囲気の悪さに気分が重く沈みつつも、まあ死人でなかったし……とポジティブに捉えてイルミの後について行く。が、ふと感じた殺気に慌てて振り返り発をした。

「『守れ』!」

 イルミ目掛けて飛んできた鉈を周した鎖で叩き落す。鉈が視界から消えたときには既にその持ち主であった男は顔面を針だらけにして倒れるところだった。後味の悪さに歯噛みするが、致し方ないと無理やり視線を外す。目的の扉をくぐればそれは自動的に閉まった。

「余計なことしなくても避けたのに」

 落ちてきた言葉に顔を上げる。今しがた起こったこと全てに対して何とも思ってなさそうな様子のイルミと目が合った。その顔を見ていられなくて目を逸らす。

「咄嗟だったし……鎖引っ張りすぎるほど操作下手でもないから」
「みたいだね。やっぱり操作系?」
「秘密。そっちこそ操作系っぽかったけど」
「まあそう見えるだろうね」

 厭らしい返しに何とも言えなくなって口元だけで笑う。下り坂になっている通路を歩きながら、湧き上がる感情には蓋をした。


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