ロマノン | ナノ

32


 結局、二次試験には43名が合格した。

 苦労して手に入れたクモワシの卵を用いたゆで卵は美味しいなんてものではなく、突然「あれ、グルメ漫画かな?」と思ってしまうほどの感想コメント合戦が起こるのも仕方ない味だった。俺は美味しいと黙るタイプだから黙々と食べたけど。

 全員がゆで卵を食べ終わると、受験生は再び飛行船に乗ることになった。一箇所に集められた受験生の顔を見渡すネテロ会長につられるようにして周りを確認する。

 一次試験が始まる前は全員の顔を確認するなんて無理だったけど、これだけ人数が絞られるとそれも可能だ。大方一クラス分だし。学生の集まりに例えるには強面が多すぎるけどね!

「次の目的地へは明日の朝八時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使いください」

 マーメンだかビーンズだかのこの台詞を皮切りに、受験生は各々まとまりなく動き出した。その足取りはごく一部の者を除いて重く気怠げだ。

「ゴン!! 飛行船の中体験しようぜ」
「うん!!」

 除かれた一部側であるお子様二人が叫ぶように言って駆け出す。俺が疲労の滲む体を持て余しながら元気ダナーと半目になっていると、横にいたレオリオとクラピカが口を開いた。

「元気な奴ら……オレはとにかくぐっすり寝てーぜ」
「私もだ。おそろしく長い一日だった」

 張りつめていた緊張の糸が切れると途端に疲れが押し寄せてくるもので、そう呟く二人の顔からは言葉通りの疲労が見て取れる。確かに長い一日だった、と割と散々な目にあった気のする今日を思い返していると、クラピカが尋ねてきた。

「アカルはどうする?」
「俺は……何よりもまず汗を流したいかな」

 我ながら女の子のような発言だが、普段こんなに大量の汗をかくことがないので切実な問題だった。念の修行中にかく汗とは質が違う。イベント中とか一秒でも長くパソコンに貼り付きたいときに風呂を抜くことはあったけど、その場合も汗をかくことはほとんどないのでまた別の話だ。

 俺なんかよりも余程サバイバル慣れしている二人は「風呂は後回しでいい」という結論を出したため、その場で別れることになった。周りを見ても寝る場所を探す者や食堂へ向かう者ばかりで、皆風呂は後回しにするらしい。

 俺は二次試験中のほとんどを食事にあてたこともあり、食堂へは他の受験生が減ってから行くことにした。だって受験生が多い時間帯は臭そうなんだもん。

***

 無事にシャワーも浴びて一息つき、食堂は避けて適当に船内をうろついていると、遠くの方にゴンとキルアらしき人影を見つけた。二人は友情育みタイムか、と来た道を引き返す。

 そういえば、キルアって家出するときにミルキのこと刺したんじゃなかったっけ? ミルキ何にも言ってなかったけど、記憶違いかな。

 漫画情報について思いを馳せていると、突然右腕を掴まれた。そしてそれを認識したときには既に背中へと捻り上げられており、抵抗すれば捉えられた右腕が曲がってはいけない方向へ曲がってしまうであろうことは明らかだった。

「は!? え!?」

 なになになに!? つか今全然気配なかったんだけど!

 うろたえながらもなんとか首だけで振り返れば、世紀末に「ヒャッハー! 汚物は消毒だーー!」と叫んでいそうな髪型の男と目が合った。己を拘束しているのがギタラクル――イルミだと知り、先程とは違う動揺が心に滲む。

「99番に近寄るな」

 その目がしっかりとこちらを捉えていることに内心驚いていると、イルミは抑揚のない声で囁くように言った。掛けられた言葉に急いで頭を回転させる。99番……ってキルアか。なんでキルア? 兄弟なのは知ってるけど俺たいした接触してなくね? まさかさっきの挙動を不審に思われた? それとも近づく奴全員に警告してるとか? いやでもゴン達は何も言われてなかったよな、としばし混乱した後、俺が念能力者だからだと思い至る。

「返事は?」
「わ、わかった! 絶対危害を加えない、から離して」

 そう言葉を返せば、意外なほどあっさり解放された。後ろ手に捕られていた右腕を庇いながら、一歩二歩と下がって距離を取る。気配どころか殺気もない、完全に作業といった様子で脅しをかけてきたイルミを前に、速くなった鼓動を抑えた。

 漫画では受験生で念能力者なのはヒソカとイルミの二人だけだった。二人は協力関係にあるから改めて脅す必要はない。俺というイレギュラーがいたから警戒しただけで、俺の行動に何か問題があったわけじゃない、落ち着け。俺にキルアを害する気はないし、これ以上イルミの警戒レベルが上がることはない。

「心配しなくてもアカルはそういうタイプじゃないって言ったじゃないか」

 現状把握を兼ねた理論武装により少し落ち着いてきたところで聞こえた、特徴的な高い声に再び鼓動が速くなる。だから気配消して後ろに立つのやめろってええええ。

 俺の頭越しに後ろを見つめるイルミの視線を辿れば、予想通りの笑みを浮かべたヒソカがいた。

「ヒソカの人物評価なんか当てにならないよ」
「ヒドイなァ、現に今だって敵対行動を取る素振りもなかっただろ?」

 和気あいあいと言っていいのか、俺を挟んで気安げな様子で会話を交わす二人。ピエロとモヒカンという凶悪な絵面に眩暈がしつつも、細く息を吐き出してイルミを見上げた。

「あ、あのさ、99番のことだけど……試験で協力する分にはいい?」
「好きにすれば」

 得られた許可にホッと息をつく。全く関わらないようにしろというのは中々無茶な話だ。受験生の数が減れば自然と関わる機会は増えるし、試験内容によっては協力が必要な場合もある。そして何より、協力は問題ないということは俺の予想は当たってたってことだ。正しい答えを弾きだした己の頭を褒めたい気持ちになる。

 つか、よくよく考えたらここって本人に気づかれずにキルアを見張れる距離だよな。イルミの行動が完全にストーカーの域なんですがそれは……

「なんで脅されたか聞かないんだ」

 漫画からは読み取れなかった事実に空恐ろしい気持ちになっていると、当のイルミからそう声を掛けられた。思わず落としていた視線を上げる。が、ギタラクルとしての名状しがたい姿に顔ごと視線を逸らした。

 見た目と声とにギャップがありすぎだろ。声だけ聞いてたら抑揚のなさ以外は普通なのに。テンション高いのは髪型だけだなと思いながら言葉を返す。

「理由はだいたい予想つくし……俺は全然その気ないから、脅しが現実になることもない」

 その気がないのだから脅しの内容まで聞く必要はない。聞いたってSAN値が減るだけだし、挑発にとられる可能性もある。俺的には聞く理由の方が無いんだけど、何故かイルミは「変わってる」と呟いた。お前に言われたくねーよ。

「変わってるけど、ヒソカの好みと違うくない?」

 イルミの自らの棚上げっぷりに内心突っ込みを入れていると、さらに突っ込みたくなるような発言が出てきた。何その不穏な話題、ヒソカの好みとか知りたくないんですけど。つかイルミの若者言葉に違和感しかない。いや若者なんだろうけどさ。

「まあね」

 まあね!? 好みだと断言されるのも嫌だけど、違うって言われるとそれはそれで怖いというか、虫けらのように殺される可能性を考えて背筋が凍る。あれ、俺って一応ヒソカに勃起されなかったっけ、って何で俺が勃起された事実をいいことのように感じないといけないんだよ俺まで変態みたいだろやめろ。

 今までとは違う種類の焦りや戸惑いにハラハラとヒソカの言葉を待つ。

「違うんだけど、イロイロあってさ」

 俺とお前の間に色々なんて無かったですよねその言い方マジでやめろください。

「ふうん。まあどうでもいいや」

 誤解されたらどうするのかという俺の心配をよそに、イルミは心底どうでもよさそうに言った。こんなにうれしい「どうでもいい」があるとは思わなかったよね。別に知りたくもなかったけどね。

「えっと、もう行っていい?」
「いいよ。ちゃんと身の程をわきまえてるみたいだし」

 この場を離れたくてそう問えば、イルミはあっけらかんと言って頷いた。念のためヒソカにも視線を送ると笑顔で手を振られたので、後ろを警戒しつつ足早に立ち去る。

 ほとんど駆け足になりながら、うんざりと顔を歪めた。

 もう誰にも会いたくない。お腹減ってないしすぐに寝よう。食堂へは朝ご飯だけ食べに行こう。

 こうして、割とどころかかなり散々な目に合った俺の一日は終わったのだった。


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