ロマノン | ナノ

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 味付けも何もなかった豚だけど、ブハラは「うまいうまい」と言って全部食べてくれた。他の豚を見たら内臓すら出してないのもあったし、俺のはまだ"料理"した方だろう。美食ハンターってすごい、と思いながら計71頭もの豚の丸焼きを平らげたブハラを見つめる。

「あんたねー、結局食べた豚全部美味しかったって言うの? 審査になんないじゃないのよ」
「まーいいじゃん、それなりに人数は絞れたし。細かい味を審査するテストじゃないしさー」

 腰に手を当てて呆れたように言うメンチを、ブハラがおざなりに宥める。なんかメンチ見てるとムジナさんを思い出すんだよな……気の強い美人だからかな。たぶんムジナさんは年上でメンチは年下だと思うんだけど、雰囲気の似た姿についしんみりしてしまう。

「豚の丸焼き料理審査!! 71名が通過!!」

 メンチの履くヒールの高いブーツを見ながら「あれに踏まれたいと思っている男はどれくらいいるんだろうか」などと考えていると、メンチが銅鑼を鳴らしてそう宣言した。

「あたしはブハラと違ってカラ党よ!! 審査もキビシクいくわよー」

 いかにも気の強そうな顔と今までの言動、そして「キビシクいく」という言葉に受験生の緊張が高まってゆく。

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」

 メンチから出された課題に、受験生は皆固唾を飲んだ。一拍置いて戸惑いの色が滲み出てくる。小声で「スシって何だ?」とか「お前わかるか?」「いや……」といった会話が交わされるのを見て、メンチはどこか嬉しそうにヒントを出した。建物の中にズラッと並ぶ調理台。その上に必要最低限の道具と材料があるという。

「そして最大のヒント!! スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!」

 それから為された開始の合図と同時に、受験生が一斉に調理台へと走る。当然のごとくメンチに近い出口側から埋まっていくのをぼんやり眺めながら、一番奥の調理台へ向かった。

 この試験に合格者は出ない。ほとんどの受験生は寿司を知らないどころか料理の"り"の字も知らないような猛者ばかりだし、唯一寿司を知っていたハンゾーが後に寿司の作り方を大声でバラしてしまうからだ。しかも料理を馬鹿にする発言つきで。

 そのことにブチ切れたメンチが「作り方がバレた以上味で審査するしかない」と言い出し、料理の"り"の字も(ryな者達が美食ハンターを満足させるものを作れるわけもなく。

 俺はそれなりに料理出来る方だと思うけど、あくまでも自炊している男としての腕前で、まして寿司は和菓子と同じく職人芸で家庭料理とは全くの別物。挑戦するだけ無駄というものだ。ハンゾーがバラすより先に持っていって展開変わったら嫌だし、大人しく漫画通りの展開になるのを待つことにした。

 あらかじめ用意されていた酢飯をつまむ。流石、いい米使ってるな。

「魚ァ!? お前ここは森ん中だぜ!?」
「声がでかい!! 川とか池とかあるだろーが!!」

 黙々と酢飯だけを食していると、レオリオとクラピカの声が響いた。そういえばあったなこんな会話。二人の漫才のようなやり取りを聞いた受験生が一斉に外へと走り出す。

 川魚なんて泥臭くて生で食べれないと思うんだけどなーと思いながら受験生の後ろ姿を見つめていると、ふとあることに気づいた。慌てて辺りを見渡し、次いで調理台の下を覗く。そこに目的のものが存在しているのを見つけてショックを受けた。

 酒あるじゃん……醤油、その他調味料も。小さい容器だけ持ってきてちょろまかせばよかったのか。マラソン中地味に重かったので落ち込む。

 肩を落としながら顔を上げると、二つの視線が突き刺さっていることに気づいた。視線の元を辿れば、睨むようにこちらを見るメンチと困り顔のブハラが。他には誰もいなくなっている調理場を見て、自分が悪目立ちしているのだと思い至る。……臭み消し用の酒もあることだし、俺も魚取りに行こ。

***

 その後は予定通りハンゾーの暴言でメンチがキレる展開になり、一度合格者はゼロだと言い渡された。結果に不服を申し出た賞金首ハンター志望の男をメンチが挑発し、キレた男がブハラに張り飛ばされるという事件もあったが漫画の通りだ。

 正直、ハンゾーのときも張り飛ばされた男のときも、メンチの言うことって間違ってはないんだよな。美食ハンターに向かって「美食ハンターごとき」って言っちゃったらそりゃ挑発し返されるし、寿司をお手軽料理とか誰が作っても味に大差ないとかハンゾーお前本当に日本人かよって感じだし。いや正確にはジャポン人で日本人とは違うかもだけど。

 作り方がバレただけならともかく、「味に大差ない」とまで言われたら自分の舌に自信を持ってるメンチはその味で審査するしかなくなる。試験官としての義務がある分メンチに非がないわけじゃないけど、どっちも必要以上にメンチを挑発しすぎた。手のひらのオーラを消して男を張り飛ばしたブハラの優しさに感動しながら思う。

『それにしても、合格者ゼロはちとキビシすぎやせんか?』

 メンチが四本の包丁を目にも止まらぬ速さで振り回しながらハンターの気概について演説していると、突然空からスピーカー越しの声が聞こえた。それに慌てて受験生が建物の外へ出れば、ハンター協会のマークがプリントされた飛行船が上空を飛んでいるのが目に入る。

 そこから降ってきた高下駄の老人に受験生がどよめく。ドォン! と大きな音を立てて着地したおじいさんの体は洗練されたオーラで包まれており、そのあまりの流麗さに息を飲んだ。漫画で見たときはすっとぼけたじいさんにしか見えなかったけど、こうして目の前にするとそのすごさがよくわかる。

 一体何者なのかとおじいさんの骨の堅さに驚愕する受験生の声に、メンチが緊張した面持ちで「審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」と答えた。

 その後何故こうなったのかについての問答があり、試験をやり直すことが決定された。メンチ自身も実演という形で参加することを条件とした再試験では、ゆで卵が課題となる。ゆで卵、とだけ聞くと一気に難易度が下がったように感じるけど、問題はそれに使う卵だ。

 ネテロ会長が乗ってきた飛行船でマフタツ山というところまで来た受験生のほとんどは、目の前に広がる雄大すぎる景色に顔色を悪くした。もちろん俺もその一人だ。というのも、目の前にあるのは底が見えないほど深い谷であり、課題に使うクモワシの卵はここを飛び降りなければ取れないからである。

 ゴン達をはじめ、なんらかのネジがぶっ飛んでる人種は嬉しそうに飛び降りていってしまったが、普通の神経ではこんなところを飛び降りるのは不可能だ。念を修得している分他の受験生より丈夫であろう俺でさえ足が震えるというのに、念能力者じゃないのに飛び降りた人は頭がどうかしているとしか思えない。

「残りは? ギブアップ?」

 実演としてすでに一回飛び降りたためブーツを脱いで生足を惜しげもなく晒しているメンチが、飛び降りずに残っている者達を振り返って問う。その際に目が合って怪訝そうな顔をされた。てっ、纏してれば大丈夫だよねやっぱり! ね! ね!

 時間切れになっても困るので、心の中で悲鳴をあげながら飛び降りる。大丈夫、クモワシの張った糸は丈夫だし絶対俺よりヒソカとかの方が筋肉ある分重いしもし落ちても下は川だから死ぬことはないってメンチ言ってたし!!!

 風圧による生理的なものと心情的なもので涙が滲む目を見開きながら、眼前に迫った糸を掴んでぶら下がる。思ったより揺れて声が出た。視認出来るくらいの距離だったらスペル使って取れたのに、とつくづく谷の深さを恨む。

 無事に卵を取りウエストポーチにしまい、未だ収まらない涙を目から零さないよう出来るだけ瞬きをせずに崖をよじ登る。ポーチの空きがギリギリで浮かすかどうか一瞬迷ったんだけど、精神状態がよろしくない今それをすると何かに驚いたときに落とす可能性があるのでやめた。俺ってなんだかんだ言って魔法使いとしては肉体派じゃね? と思いながら手足を動かす。

 地面まであと少し、というところで上からレオリオが覗き込むようにしてこちらを見ていることに気がついた。若干笑いを堪えるようなその表情を不思議に思いながらも、差し出された手を掴んで崖を登りきる。

「あ、ありが――」
「ぶっは、もうダメだ。笑う!」
「失礼だ馬鹿者」

 お礼に被せて言われた台詞に目が点になった。レオリオの後ろではキルアも笑っており、ゴンとクラピカが笑いを堪えながら二人をたしなめている。予想外の光景を前にクエスチョンマークを飛ばしまくる俺に、腹を抱えたレオリオが言った。

「わりぃわりぃ、アカルお前、すっげー顔して飛び降りてたもんだからよ」

 その言葉にこれまでの動揺を思い出し、恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかった。文字通り手を貸してくれた事実に感動する暇もなく、今すぐどこかに消え去りたい気持ちになる。絶! 絶が使えたらよかったのに!

 ハンター試験がはじまってからこっちいらぬ注目ばかり集めている自分が嫌になり、もっと真面目に絶の練習しようと心に決める。そんな俺の決意など知らないレオリオは、目尻の涙を拭うとクラピカを振り返って言った。

「ま、でもこれではっきりしたろ? こんなにビビリな奴がヒソカの野郎の仲間なわけねえって!」
「まあ、そうだな」

 唇を震わせながら同意したクラピカはコホンと一つ咳払いをすると、「先程はすまない」と眉を下げて微笑んだ。その顔は完全に俺への警戒を解いたもので、胸を渦巻く恥ずかしさや後ろめたさに「いや、警戒心が強いのはいいことだよ」とどこかで聞いたような台詞を吐いてしまう。

 ――俺は、確かにヒソカの仲間ではないけど、クラピカにとってはもっと悪いものの仲間みたいなものであって。

「ちょっと、あんたで最後なんだから早くしなさいよ!」

 沈みかけた思考をメンチの怒鳴り声が遮った。慌てて卵を渡しに行く。走る俺の背中を追って刺さる、三日月型の視線には気づかないフリをした。


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