ロマノン | ナノ

30


 二次試験会場であるビスカ森林公園に到着すると、サトツさんは「健闘を祈ります」と応援の言葉を残して姿を消した。漫画だと木の上かどっかで受験生の様子を見てたはずなんだけど、絶をしたらしく気配に疎い俺では探すことが出来なかった。

 公園には、なにやら獣の唸り声のような音のする大きな建物があった。閉ざされた扉の上には「本日正午、二次試験スタート」と書かれたパネルが掛けられており、時間まで待つ必要があることがわかる。その間に後続集団にいた人達も到着するだろう。

 つか、なんだかんだ言ってスペルなしで完走出来たな。めちゃくちゃ体力ついてるじゃん!

 非念能力者にも関わらず涼しい顔をしているキルアの存在を考えれば大したことじゃないのかもしれないが、元が元なので己の成長っぷりに感動する。

 ちなみにそのキルアは公園に着いてすぐ俺から離れた。たまたま一緒になったから会話したというだけの仲なので仕方がない。名前すら聞かれてないし。

 手持ち無沙汰になった俺は、タイミングを逃してずっと手に持っていたレオリオの服へと視線を落とした。さっきまで霧が深かったから誰にもつっこまれなかったけど、これどうしよう。ここまで持ってきておいて今更どっかに置いていくのはなあ。

 それにシャツはともかくスーツのジャケットって替え持ち歩いてないだろうし、今からでも渡すべきだよな? でもレオリオのところに行ったらクラピカが、と逡巡していると、後ろからポンと肩に手を置かれた。突然のことに思わず飛び上がる。

「ヒッ……、ソカ」
「それ、返してあげるんじゃないのかい?」

 またお前か、と白目になりたい気持ちを抑えながら振り返れば、ニヤニヤしながらそう言われた。「彼ならそこで寝てるよ」との申告付き。気配消して近寄るなよ! 怖いよ! つかこの訳知り顔。どこからどこまで見てたんだろ。

 一応礼をしてからその場を離れ、顔を腫らして木の根元に座るように寝かされているレオリオの元へ向かう。深呼吸を一つしてから屈んで声をかけた。

「お兄さん」
「ん、んあ?」

 レオリオは俺の声に目を覚ますと、少しの間ぼうっと空を見つめた。その後俺に焦点を合わせてギョッとする。

「これ、落としただろ?」
「え、あ、ああ」

 慌てて視線を何度も俺の顔と差し出したジャケットに彷徨わせるレオリオ。その腕に血の滲むネクタイが巻かれていることに気づき、止血用にとっておいたのかと今更ながらに納得する。変態紳士的なあれだと思ってた。ごめんレオリオ。

「わざわざ持ってきてくれたのか?」

 尋ねられた内容に、視線をレオリオの顔に戻す。その表情は意外そうなものだった。

「うん。ほんとはもっと早く渡すつもりだったんだけど、タイミングが掴めなくて」
「……そっか、ありがとな。これ一枚しか持ってきてねえんだ。助かったぜ」

 俺の言葉を聞くと、レオリオはニカッと歯を見せて笑った。警戒していた相手にも躊躇いなく礼を言うその姿に、やっぱり好きだなあと思う。人間が大きいというか、男に好かれるタイプだよね。

 どういたしましてと言おうとしたとき、背後からレオリオの名を呼ぶ声がした。声の方へ目を向けるレオリオに合わせて振り返ればゴンとクラピカが走ってくるところで、緊張に一瞬息が詰まる。

「おお、よう二人とも!」
「あ、さっきのお兄さん」

 朗らかに片手を挙げるレオリオと、俺に気づくゴン、気づいて「何故ここに?」と言いたげな顔で怪訝そうに眉を顰めるクラピカ。どうすべきか思いつく前にゴンが「あ!」と声をあげた。

「レオリオ、そのスーツどうしたの? さっき持ってなかったよね」
「ん、おお。このニーチャンが拾ってくれてたみたいでな。持ってきてくれたんだ」
「そうなんだ! よかったね!」

 レオリオの言葉に意外そうな顔をするクラピカを視界の端に捉えながら、立ち去るタイミングを計る。すると、レオリオが「なああんた」と声をかけてきた。

「トンパって奴から少し聞いたんだけどよ、ヒソカとはどういう関係なんだ? どうも聞いてた話と印象が違うんだが」

 イメージを挽回出来るチャンスに、うおっと声をあげそうになるのを抑える。平静を装いながら、ヒソカを悪く言い過ぎないよう、でも自分は被害者であることをアピール出来るように、内心かなり慎重に言葉を選んだ。

「ちょっとした知り合いってだけ。大した付き合いはないけど、挨拶くらいはしようと思って近づいたら何故か攻撃されて、でも文句言って逆ギレされたら嫌だし流した」
「かーーっ、やっぱあの野郎意味わかんねえな」

 レオリオがそう言って頭を掻くと、今まで黙っていたクラピカが口を開いた。

「トンパは貴方とヒソカが仲間のような言い方をしていたが」
「試験受けてるのも知らなかったし、一緒になったのは偶然だよ」

 本当は漫画で読んだから知ってたけど、連絡を取り合っていたわけではないのでそう言う。ただ、嘘をついているのとは別の理由で目は見れなかった。

「ま、そもそもあのオッサン自体が胡散臭えとこあっからな。あんたはトンパが言うような奴には見えねーし、あいつの嘘か勘違いだろ」
「ありがとう。あれから他の受験生に遠巻きにされて落ち込んでたんだ」

 横顔に視線が突き刺さるのを感じながら、信じてくれたらしいレオリオに笑いかける。しかしそれもレオリオが破顔するとすぐに外れた。

「そりゃ災難だったな。あ! あんた名前はなんていうんだ? 俺はレオリオだぜ」
「アカル。よろしく、レオリオ」
「オレはゴン!」
「……私はクラピカという」
「二人ともよろしく」

 俺とレオリオが名乗りあったことで自己紹介する流れになり、それに逆らわず二人も名乗った。とはいえ一緒に行動するほどの理由は出来ず、立ち上がって別れを告げる。

「じゃあ、お互い頑張ろう」
「おお、またな」
「アカルさん、バイバイ!」
「しかしなんでオレこんなケガしてんだ? どーも湿原に入った後の記憶がはっきりしなくてよ」

 後ろで響くレオリオの声に、思わず口元だけで笑った。

***

 あれからすぐ時間になり、建物の扉が開いた。中にいたのは人のよさそうな雰囲気の巨漢とスタイルのいい女の人で、それぞれブハラとメンチという名の美食ハンターだ。メンチが二次試験の内容は料理だと宣言すると、受験生の間に戸惑いが走った。

 俺はあらかじめ試験内容を知ってたから他の人みたいな衝撃はないんだけど、メンチの服装が想像以上に際どくて焦る。絵で見るよりかなり刺激的なんですけど! ほとんど下着だろそれ!

 しかし皆はそれどころじゃないのか、メンチ達が満腹になった時点で試験終了、という言葉にざわめきが大きくなった。ブハラはともかくメンチは量を食べれるようには見えないからだろう。

 一体どんな料理を作らされるのかと身構えていた受験生は、ブハラの「豚の丸焼き」というメニューを聞くと脱力した。

 これ漫画見たときも思ったけど、豚の丸焼きの方が普通の家庭料理よりよっぽど難しいだろ。ハンターを目指すようなタイプの人間はサバイバルな生活に慣れているからそうでもないんだろうか。あいにく俺は一人暮らしの長さゆえに自炊は出来ても、サバイバルには慣れていないので豚の丸焼きも充分難易度が高い。

 豚を探して森の中へと走る受験生の後を適当について行くと、そこかしこで豚の唸り声と受験生の悲鳴が聞こえはじめた。一番近くでした声の方へと向かい、群れから離れて受験生を追いかけたらしい豚を一匹発見する。木と豚の間で押し潰された受験生を見ないようにしながら近づけば、草を踏み締める音に気づいた豚がこちらを振り返った。

 えーと、あの巨大な鼻は弱点の額を守るためのもの、だったよな。成程確かに正面からは鼻が邪魔で額を狙うことは出来ない。猪型モンスターによくある攻略法の障害物に突進させるワザは効果がなさそうだ。実際木と自分の鼻とで人一人潰してるわけだし。かと言って風魔法では切れ過ぎるから――

 睨み合ったまま背後に木が来るよう移動し、その木に手をついてオーラを上まで走らせる。豚は前足で二回地面を蹴るようにして勢いをつけると、一気に加速しこちらへ突進してきた。

「『叩け』!」

 鼻息荒く迫りくる豚を飛び上がることで避け、オーラを込めた木の枝を操作し上から額を打ち付ける。通常ではありえないしなりによって額を強打した豚は、甲高い悲鳴を一つあげると目を回して横転した。その隣りに着地して完全に気を失っていることを確認する。

 その後最低限の処理だけして豚を焼くための準備に取りかかっていると、奥から豚を担いだキルアが現れた。豚を棒から吊るしていかにも今から焼きますといった俺の様子に、キルアが目を煌めかせる。

「ねえねえあんたさ、火持ってない?」
「あるよ。ちょっと待って」

 偶然出会った風な反応だけど、キルアの視力的にたぶん姿を現す前から俺に気づいてたんだろうな。焼きあがった豚を掻っ攫うという発想にならなかったことを喜ぶべきなんだろうか。断ったらそうされたかも、と思いながらウエストポーチを漁り、事前にコンビニで買ってきたものを取り出す。

 ジャジャーン、ライター! 俺はオーラを火に変えるのは苦手だけど、すでにある火を操作したり勢いを強化するのは得意だから、火種があるとサバイバルが断然楽になる。メニューわかってたし香辛料の類を買うべきか迷ったけど、まず間違いなく他の受験生は持ってないし、それでも問題なく合格してるんだからいらないだろうという結論に至った。あまり準備よすぎても不自然だしね。実は他にも酒と醤油を買ってあるんだけど、これは後々必要になるから使わない。どっちもミニサイズだから節約しなきゃだし。

 メモ帳を千切ったものにライターで火を付ける俺をキルアは微妙な顔で見つめていた。たぶん、「まだまだ時間かかりそうだなー」と思っているんだろう。豚のサイズに対して火が弱すぎるしね。フハハ、刮目せよ! と内心高笑いしながら詠唱する。

「『火炎』」
「はあ!?」

 途端に勢いを増した炎にキルアは目を見開いた。ドヤ顔をする俺と豚を焼くのに相応しいサイズになった火を見比べて叫ぶ。

「えっ、今のなに手品!?」
「フッフッフ、魔法です」
「は?」

 その後火種を分けて同じようにスペルで火を大きくしてあげたら、「やっぱあんたヒソカと気が合いそう。お似合いなんじゃね」と言われた。ちょっとそれ手助けしてくれた人に言う台詞じゃないんじゃないですかねキルアさん。


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