ロマノン | ナノ

28


 同僚に毒を盛られて死にかけるという、SAN値直葬トラウマ一直線な体験をした俺は、それでもムジナさんの言いつけ通り似たような依頼をこなしていた。といっても難易度は下げたんだけど。

 ただ、難易度を下げたせいか単に運の問題かはわからないが、念能力者とまともに戦う機会に恵まれることなく月日が過ぎてしまった。途中ネトゲで大規模アップデートがあったのも大きいよね。ホテル住まいで暮らしていけるだけのお金を持っていたというのもある。

 まあつまり、大した修行にはならなかったというわけです、ハイ。そんなこんなで迎えた1999年1月7日。ハンター試験その日。

 いや、基礎修行は欠かさずしてたよ? 一人で出来るやつ。あと銃持った非念能力者の対処に慣れたりとか、全く何の成果もなかったわけじゃない。わけじゃないけど、胸を張って「実力アップしました」とは言えないよね。

 店長の元へと帰れるのはまだまだ先だな……と憂鬱な気分でザバン市内を練り歩く。俺は今、シャルからの情報を頼りに、ハンター試験の会場を目指して歩いていた。

 シャルによれば、試験会場は『ザバン市ツバシ町2-5-10にある定食屋"めしどころごはん"』で、合言葉は『ステーキ定食を弱火でじっくり』。会場がどっかの定食屋ってことならともかく、さすがに番地までは覚えていなかったので助かった。持つべきものは友達だよね!

 せっかく試験内容知ってるんだから、と途中のコンビニで少し買い物をする。肩から胸元へ下げたウエストポーチに買ったものをしまってしばらく歩くと、目的の定食屋が見えた。

 ついに、ついに漫画で見たシーンを体験出来るのか……! 嬉しさ半分、怖さ半分で高鳴る胸を押さえて深呼吸する。

 しかしこの店、"めしどころごはん"って……そのまますぎるだろ。思わず笑いながら中へ入ると、店主らしきおじさんの威勢のいい声が響いた。

「いらっしぇい!」
「ステーキ定食。弱火でじっくり」

 すかさず合言葉を唱えれば、店員の女の子に奥の部屋へ行くよう促される。漫画と同じ展開にテンションを上げながら店の中を観察すると、一部の客が不思議そうな顔をするのが目に入った。まあ、ステーキを弱火でじっくり焼いたりしたら絶対不味くなるもんな。変わった注文をする奴だと思われたに違いない。だからこそ合言葉なんだろうけど。

 食材もったいないよなーと思いながら奥の部屋に入ると、予想に反して部屋の真ん中には鉄板があった。その上でジュウジュウと食欲をそそる音を立てる肉。どう見ても弱火でじっくりでないのは、あのおじさんの料理人としてのプライドなのかな。

 せっかく美味しく焼き上げてくれたステーキだけど食べる気にはなれなくて、ナイフフォークには触れることなく壁に凭れかかる。

 少ししてガコンと部屋全体が揺れた。そのままゆっくり下へと降りていく。このエレベーターって元々あったものを使ってるのか、試験に合わせて作ったのかどっちだろ。全く実用的でない深さを考えたら後者かなとも思うけど、謎の地下道に精通している人を師匠に持つだけに悩む。

 チンと高い音を立て、エレベーターの扉が開いた。途端に大量の視線に晒される。強面の人から敵意ある視線を送られることに大分慣れてきたとはいえ、いかんせん人数が多すぎる。内心気圧されながらマーメンだかビーンズだかを探すために視線を落とした。目的の人物(?)はすぐに見つかり、「どうぞ」と番号札を渡される。受け取った札には"358"と書かれていた。

 えーと、ゴン達がラストで400番代だったからかなり後ろの方ってことだよな。結構余裕をもって来たつもりだったんだけど、一桁の人とか前日から来てるってことだろうか。徹夜組は迷惑だからやめろって会場側から言われてるだろ! いや知らないけどね。

「よっ! 君、新顔だね」

 一人で脳内ノリつっこみをしていると、上から声をかけられた。そちらを見れば、壁を走るパイプの上に小太りのおっさんが。あ、トンパですね、わかります。

 トンパは座っていたパイプから降りると、体型のわりに軽い身のこなしで着地した。

「オレはトンパ。よろしく」
「……どうも」

 人の良さそうな笑顔で握手を求めてくるトンパに、擬態うまいなあと悪い意味で感心する。ここ一年ほど人間不信気味な俺としてはあまり関わりたくない人種だ。

 トンパは握手に応じない俺に気を悪くしたような素振りは見せず、むしろ「警戒心が強いのはいいことだ」と親戚のおじさんかお前はと言いたくなる態度で笑った。

「でもせっかくの出会いだ、アドバイスのひとつくらい聞いていってくれよ」

 めげない、そして上手い……! お前その才能を他に活かせよ、マジで。

 どうしよう、このまま会話続けてたらピンポイントでトラウマ刺激されそうだよな。かと言ってここまで友好的な態度をとってくる相手をあからさまに無視するのは気が引ける。

 あれは誰これは誰と講釈してくれるのを右から左に流し、視線だけで辺りを探る。――あ、いた。

「ヒソカ!」
「いっ……!?」

 俺が突如出した名前に、トンパは盛大に顔を引き攣らせた。今までの仮面が嘘のように剥がれ、全身で嫌悪感を露わにしながら後ずさっている。ヒソカの名前効果テキメンすぎだろ。知り合いを見つけたからそっちに挨拶しますね、という雰囲気を出しながらトンパの前を去る。予想通り、それ以上引きとめられることはなかった。

「……やあ」
「久しぶりー……、?」

 トンパを避けるための名目半分、挨拶しとかなきゃという義務感半分でヒソカに近づきながら、違和感に首を傾げる。

 じっとこちらを見る表情は今までに見たことのないもので、何故か背筋を冷たいものが走った。恍惚としたものでも、殺気に溢れるものでもない、何ら異常性のない表情なのに。

 ヒソカをダシにして逃げたから? でもそんなことで怒るタイプじゃないよな?

「ヒ、」

 瞬間、目の前を通ったものに仰け反る。一瞬音が消え、そのまま距離を取ると周りのどよめきが一気に意識へ戻ってきた。開いた毛穴から汗が噴き出す。ヒソカの手には、トランプが握られていた。突然のことに声が出ない。

「んー、ギリギリ合格、かな?」

 は!? もう試験官ごっこはじめてんの!? と内心激しく動揺する俺を無視して、普段通りの声色でヒソカは言った。

「久しぶり、アカル」

 言葉と共にヒソカはいつもの薄気味悪い笑みに戻っていた。何事もなかったかのような様子に唖然とする。なに、なんなの? さっきのはヒソカ流の挨拶とでも言うつもりか? 今までこんなことなかったのに。

 どういうつもりで切りかかってきたのか問い詰めたかったけど、いつも通りの表情に戻ったヒソカを見ると、下手に刺激してさっきみたいになるのが嫌で聞けなかった。

「君も受けてたんだね」
「うん。ライセンスが欲しくて」

 だんだん背中の汗が引いていくのを感じながら、出来るだけ平静を装って会話を続ける。普通に会話を交わしはじめた俺達に周りがドン引いているのがわかった。ヒソカの周りは元々スペースあったけど、それがさらに広がっていく。

 お前らの気持ちはわかるけど、地雷を踏みたくないっていう俺の気持ちも汲みとってくれよ! 戦闘狂でバトルが挨拶とかそういうのじゃないから! 安全策をとっただけだから!

***

 しばらくはヒソカと他愛のない会話を続けたものの、元々話す内容が尽きないような間柄ではなく、会話が無くても平気なほど仲良くもないため、話すことがなくなった時点でヒソカとは別れた。

 しかし俺一人になっても遠巻きにされてへこむ。完全にヒソカと同類認定されただろこれ……そもそもヒソカを頼ったのが間違いだった。数十分前の自分を殴りたい気持ちになりながら、壁際に移動し凭れかかる。ついてくる視線が鬱陶しい。

 絶が出来れば気配を消して空気化するのになー。相変わらず下手なので念能力者のいる空間ではとてもじゃないが恥ずかしくて出来ない。

 周りと目を合わせないよう下を向いていると、しつこく頭に刺さり続ける視線があることに気がついた。他の、ちらちらとこちらを窺うものとは異質なそれ。さすがに気になって顔を上げる。そしてすぐにバッと音がしそうな勢いで下げる羽目になった。

 ちょ、顔に針刺さりまくったモヒカンヘアーの逝っちゃった目の人にすっげー見られてるんですけどぉぉぉ!!

 なに、なんで? 俺なんかした? あれって確かイルミだよな? あの見た目の人に凝視されるだけでも相当怖いのに、それが暗殺一家の長男だって知ってると恐怖で足が震えるレベルなんですけど!

 あれかな? さっきヒソカと揉めてたからかな? もしくはヒソカと同類とかキモって視線かな? なんでもいいから俺への興味関心をなくしてくれ早く頼む。

 本日二度目の冷や汗をかきながら腕を組んで頑なに下を向き続ければ、突き刺さる視線は消えた。周りに悟られないようホッと息をつく。まだ午前中だっていうのに一日が無事に終わる気がしない不吉さなんだけど。もう帰りたい。

 溢れる不安に拠り所が欲しくなって、携帯を握ろうとウエストポーチから取り出した。自然目に入るディスプレイを見て驚く。圏外じゃない、だと……?

 エレベーターの表記が嘘でなければここは地下100階で、電波が通じるとは思えない。しかし、一本だけだが確かにアンテナが立っていた。感動して今までの落ち込んだ気分が霧散する。シャルすごい!

 さっそくシャルにメールする。返事もすぐ届いてますます感動した。

『シャルすごい』
『でしょ? もっとほめていいよ』

 しばらく即レスメールを繰り返していると、耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。慌てて声のした方を見る。

「アーラ不思議。腕が消えちゃった」

 視界に写ったものに、げえっ、ヒソカ! と叫び出したいのをなんとか堪える。ヒソカの前には両腕の肘から先をなくして言葉を失った男がいた。「タネもしかけもございません」とおどけるヒソカのはるか上、天井には男のものと思わしき腕が張り付いている。

 うわ……と引きながら視線を下に戻すと、ヒソカよりも奥の方に見覚えのある三人組の姿を見つけた。えっ、あれってゴン達だよな!? 主人公キタコレ!! とテンションを上げていると三人と目が合った。

 一瞬浮かれかけるが、三人の表情が引き気味なのとその横にこちらを指差すトンパがいることに気づいて青褪める。おいカメラとめろ。じゃなくて、俺の悪口吹き込むなトンパ。絶対ヒソカとの話されてる。マジでやめろ俺の交友計画に水を差すな。

 ああーどうしよう、印象最悪だろこれと頭を抱えたくなっていると、先程の悲鳴よりも大きな、意識をもぎ取る力を持った音が響いた。

 ジリリリリと音の鳴る方へ視線を向けると、地下道の壁を走るパイプの一つに紳士然とした男性が立っていた。服装や髭の形もさることながら、どことなくゆったりとした動きにも気品が溢れている。

「只今をもって、受付時間を終了いたします」

 その紳士、サトツさんは鳴り続けるベルを止めるとそう言った。続いてハンター試験の開始を宣言する。途端に周りの空気が張り詰め、辺りを静寂が包んだ。受験生は誰も喋らず、サトツさんの試験についての説明だけが明瞭に響く。

 説明は要約すれば「死んだり怪我したりしても構わない人だけついて来い」という話だった。当たり前だが誰も帰らない。今まで散々帰りたいと思っていた俺でさえ、ここまできて帰る気にはなれなかった。

「承知しました。第一次試験、404名全員参加ですね」

 それにしても、一体どうやってゴン達と接触しよう……誰かさんのイメージに巻き込まれ事故したせいで、なんか印象がよくなることしないと難しいよな。でもそんな都合よく好印象を与えられる出来事なんて……などと考えながら周りの流れに沿って歩いていると、はじめはゆっくりだった歩みが早歩きになり、ついには前方集団が走り出した。次いでサトツさんの自己紹介と、一次試験についての説明がはじまる。

 二次試験会場までサトツさんについて行くこと。それが一次試験だ。ただし二次試験会場がどこにあるのか、いつ到着するかは明かされず、受験生に出来るのはただ黙ってついて行くことのみ。これきっついよなあ。「あと何キロ」って気を紛らわすことすら出来ないんだもんな。

 マラソンなんて高校生のときに歩きまじりで20キロ走った以来だ。当時は毎年一回あるそのマラソン大会が苦痛で仕方がなかった。今は念も覚えたし昔に比べたら体力ついたと思うんだけど、いかんせん周りが規格外すぎて自分の実力のほどがよくわからないんだよね。

 走る速さも体力も、何かにつけて一番下だ。この間蜘蛛の腕相撲に参加したときも俺がビリだったし。コルトピといい勝負をした後に負けた。いくら魔法使いは貧弱と相場が決まっているとはいえ、妖精ポジションのコルトピに負けたのは正直ショックだった。

 そのときのノブナガ達の爆笑具合を思い出してムッとする。うう、折角だし、スペルなしでどこまでいけるか試してみようかな。


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