ロマノン | ナノ

26


 ムジナさんの言う通り、ハンター協会には富豪からの依頼がゴロゴロしていた。協会に依頼する人って基本金持ちだもんな。俺が受けれる依頼の中で、特に念能力者を雇っている数の多いものを選ぶ。協会にある依頼のいいところは難易度別に振り分けられていることだ。必ずしも正確というわけではないだろうけど、参考にはなる。

 そんなわけで、俺は今マクレランという人の屋敷にいる。マクレラン氏って長いよな。しかも噛みそうだし。

 漫画でクラピカがノストラードファミリーに雇われた時みたいに採用試験的なものがあるかと思ってたんだけど、そこは協会効果か、特に揉めることなく採用された。

 仕事内容は屋敷の警備。本来の契約期間は三ヶ月で、期間ごとに更新するかどうかを決められるらしい。そのため、ある程度古株で依頼主に信頼されている者数名が護衛になるようだ。

 俺の場合は特殊雇用で、期間は一ヶ月、協会を通しての雇用となる。一月過ぎた時にお眼鏡に叶っていれば、マクレラン氏と改めて個人契約するわけだ。

 特殊雇用と言っても火急の事情があるとかじゃなくて、大体この手順で本契約まで持っていくらしい。協会を通せば少なくとも念を使えない人が来ることはないからだろう。協会の信用がかかっているから、明らかに実力不足な人を回される可能性も低いしね。

 警備は屋敷の中と外とをブロック分けして、それぞれ二週間ごとのローテーションでまわすことになっている。俺は屋敷の中、東棟の北ブロックが担当だ。

 あれ、もしかしなくても結構暇な所じゃない? 外の方が忙しいよなたぶん。

 念能力者との戦闘という目的を達成するには微妙な配置だ。とはいえ新入りの立場で配置換えを要求するのは憚られるうえ、仕事をしに来たと言うより修行をしに来た感の強さを自覚しているので尚更わがままを言う気になれない。だからこの二週間は円の修行に励むことにした。

 まず地図で周辺の間取りを暗記し、それを頭の中で立体的に再構成する。構造のイメージが固まったらオーラを広げ、触れた物を感覚的に捉える……出来るだけ詳細に論理的構築をすることで、この感覚的な部分を補っていた。俺ってばセンスというものが皆無なんだよね! これだけやって、捉える感覚を掴むのに二週間丸々かかった。

 俺にとって、円で辺りを探る感覚はゲームで言うマッピングに近い。頭の中に靄のかかった地図があって、自分を中心に丸く詳細がわかっていき、地図が完成していく感じ。

 一度イメージが固まったら発動自体は楽に出来るようになった。範囲はかなり狭いけどね。

 たぶんこれ円って言わないな……確か半径二メートルくらい体から離さないと円とは呼べないみたいなこと漫画に書いてあった気がする。俺の円もどきは半径一メートルあるかないかと言ったところだ。

 もどきとはいえやっとマッピングが出来るようになったのに、明日から警備場所交代っていうね。

 また地図の暗記からスタートなのか、いきなり円もどきでもマッピング開始出来るのか……。それは明日確かめてみるとして、交代の人が来たので入れ替わりに警備担当者用の詰所へ行く。ちなみに、この交代は場所ではなく遅番早番的な交代だ。

 詰所の共用スペースに着くと、見知った顔があった。

「こんばんは」
「よー、お疲れさん」

 新人紹介の顔合わせ的なことはしなかったので正確な人数は把握していないが、屋敷の警備には少なくとも俺以外に四人の念能力者と、六人の非念能力者があたっている。

 皆個人主義なのか、単に俺が嫌われてるのか知らないが、ほとんどの人とは会話が成立しない。その中で割と友好的な態度で接してくれるのが今挨拶を返してくれたビリーさんだった。

 ビリーさんは俺より二ヶ月ほど前に雇われた細マッチョ系男子だ。大学によくいる、痩せすぎて筋肉が浮いてるだけの自称細マッチョではなく、本物の絞り込まれた細マッチョ。顔はイケメンとは言い難いが、愛嬌たっぷりの笑顔が素敵なナイスガイである。

 この人は全員に友好的な態度をとっている大人だ。俺には冷たい他の念能力者も、ビリーさんには普通に話している。そう考えるとちょっとへこむわ……体力自慢みたいな人に嫌われるのは今更だから別にいいけどね。

 ビリーさんは下戸らしく仕事終わりの一杯はお茶なので、勝手に親近感を覚えている。俺下戸じゃないけどね。これから会う人に対しては下戸という設定でいくことにした。

 ビリーさんはお茶を飲みながら朗らかに笑う。俺も冷蔵庫からお茶を取り出して、自分のグラスに注いだ。

「今日も何事もなく終わったな」
「ですね」

 俺としては何事かあってくれてもいいんだけど……と警備担当として最低なことを考えながら答える。だって、早く帰りたいんだもの! ネトゲ! 店長!

 ふと、ビリーさんと二人だけというめずらしい状況に、聞いてみたいことがあったのを思い出した。いつも誰かしら俺に友好的でない人がいて聞きづらかったんだよね。辺りにビリーさんしかいないことを改めて確認してから、声を落として尋ねてみる。

「ここって念能力者の警備多いですけど、何か理由でもあるんですか?」
「まー金持ちってのは大なり小なり恨まれてるもんだからな。足の引っ張り合いもある。氏は大なりの方ってこったろ」

 おお、ムジナさんと同じようなこと言ってる。マクレラン氏の印象は穏和な紳士って感じで、悪いお金持ちのイメージじゃなかったんだけど……人は見かけによらないしな、うん。この世界では特に。

 ビリーさんは先程俺がしたように辺りを確認した後、声を潜めて言った。

「ここだけの話、同じ金持ち連中や馬鹿な鉄砲玉以外にも狙われてるらしいぜ」
「ほうほう……どういう人にですか?」
「盗賊だよ」
「盗賊?」

 ん……? なんか、いらないフラグが立ちそうな予感。

「かなりえげつない趣味をお持ちって噂だ。その趣味に関わるお宝を狙う奴らにも狙われてるのさ」

 えげつない趣味と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、ネオンの顔だった。それってまさか、人体収集とかですか……フラグビンビンですやん。

 実力が近い人に来て欲しいのであって、A級首の人とかいらないです。もし来たら即白旗をあげよう。ムジナさんも強い人来たら逃げていいって言ってたし。ていうか俺蜘蛛とのブッキング率やばいだろ。もし今回も遭遇したらお祓いとかした方がいいかもしれない。

***

 旅団襲撃フラグが立った! と戦々恐々としながら円の修行兼屋敷の警備をすること十日。相変わらず屋敷内の中でも特に暇そうなところをうろうろしていた。

 その内、大丈夫じゃね? という気持ちになってきた。邪魔しなければそのまま帰れるだろ。敵対してないし。

 それより、俺は働きに来たんじゃないんだぞ。かっこよく言えば賊を捕らえに来たんだぞ。このペースだと、仮に一ヶ月に一人戦えたとしても十ヶ月かかるじゃん。一緒にいる期間より離れている期間の方が長すぎて心が折れそう。ホームシックなう。つい何でもいいからさっさと来いよ! とやさぐれた気分になってしまう。

 この、何となくやる気の無さそうな雰囲気が嫌われる原因かもしれない。ただでさえ弱そうなモヤシなのに「仕事したいです!」って感じじゃないからな。

 そんなことを考えながら円もどきをしていると、後ろから足音が聞こえてきた。円に引っかかる前に音で気付くとか、円の意味ねー。

「アカル!」
「ビリーさん。どうしたんですか?」

 振り返ると、人好きのする笑顔を浮かべたビリーさんがこちらに歩いて来ていた。何やら大量の缶を抱えている。

「マクレラン氏から差し入れだってよ」
「おお」

 そう言って持っていた缶を一つ俺に渡すと、ビリーさんはそのまま「他の奴にも渡しまわってる途中だから」と言って去っていった。

 慌ただしいな。缶のラベルを見ると、お茶だった。ちょうど喉も渇いてたので、プルタブを開けて一気に呷る。

「……!? っげほ、」

 途端に舌を刺激する痛みに口を離すと、缶に唇の皮が少しくっ付いて剥がれた。痛い。

 びっくりして少し飲みこんじゃったんだけど……。この痛みと喉の細胞を壊される感じ、覚えてる。スピリタスだ。アルコール度数96のウォッカ。なんだこれ、スピリタスのお茶割りか? ストレートではないよな? いや、酔わないよ? 下戸ってのは嘘だもん。でもこれ酒というより劇薬だからね。

 なんだこれ嫌がらせか? と困惑していると、指先が痺れてくるのがわかった。

 スピリタスをちょっと飲んだくらいでそんな症状は出ない。出る人もいるかもしれないけど、俺は出ない。

 体の異変に頭がついて行かず呆気にとられていると、玄関の方が俄かに騒がしくなった。銃声も聞こえる。……タイミング的に、ビリーさんが手引きしたってことでいいのかな。なんだかなー。人間不信になりそう。てことは賊は蜘蛛じゃないのか。俺の知らない団員の可能性も無くはないけど、原作まで一年切ってるしなあ。

 この状況で本当に差し入れなわけないし、考えられるのはスピリタスの痺れ薬割りとかか? ちょ、俺どっかの暗殺一家と違って毒の耐性なんかないぞ?

 大した量飲んでないけど、耐性ゼロということもあってジワジワと背中を焦りが走る。そうしている間にも指先の痺れはひどくなっていて、慌てて思考を巡らせた。

 とりあえず、円もどきで把握していた雑多に物の多い部屋へと入り込む。鍵がかかっていたようだけど壊した。わざとじゃなくて、オーラの調整が上手くいかなくて壊してしまったのだ。そのことに二重の意味でギクリとする。

 物の配置を視覚で再確認しているうちに、段々気分が悪くなって来た。思わず手に持ったままの缶を眺める。これ、痺れ薬じゃないの? それとも痺れ薬には気持ち悪くなる効果もあるの? 毒のこと全然わかんない。

 銃声と悲鳴が近づいてくるのを聞きながら酷くなる寒気をやり過ごしていると、息が荒くなってきた。心臓もうるさい。壁に手をついて出来るだけ細く息を吐き出す。

「っは、はあ……俺は、耐えられる。『耐えられる』……大丈夫、『耐えられる』」

 ここは二階、たぶん飛び降りれる。でも下に誰かいたらアウト。この辺りに価値の有りそうな物をしまっている部屋はなかった。つっても半径一メートル弱しかわからないから部屋の奥にあったらお手上げだけと。ああ、賊が目当ての物の置き場を知らなかったら虱潰しに来る可能性もあるのか……やっぱりうまく頭働かないな。

 どのくらい時間が経ったのか、状況把握をしているとバタバタと足音が聞こえてきた。

 座りたい、けど座ったら立てない気がする。遠くの部屋の扉を開け閉めする音が聞こえた。その音はこちらへと近づいてくる。

 早く来いよほら、さっさと来い。しんどいから。そっちじゃねえよ隣だ。苛々と扉が開くのを待つ。

 扉の前で一瞬足音が止まり、遂に開かれた。そこにいるのが先程まで話していた人物であることを認識した瞬間に発をする。

「"危険な遊び(プレイングチャイルド)"!」
「『振り払え』!」

 どこからともなく現れた無数のナイフが飛んでくるのを、周で強化したカーテンで振り払う。いくつかはカーテンを貫通し壁に刺さった。やっぱりオーラの流れにムラがある。

「ほお……薬が効いてない様子でもないのに、たかがカーテンで俺のナイフを凌ぐとは」
「…………」

 ビリーは少し嬉しそうな色を滲ませて言った。そのままおどけた様子で尋ねてくる。

「何か聞きたいことはあるかい?」
「無い」

 あえて言うなら発のネーミングセンスだけど、人のこと言えないし。

「そうか……じゃあお別れだ、なっ」
「『灼熱』!」
「うおっ!?」

 ビリーが再びナイフを具現化して飛ばしてくるのと、俺がスピリタス入りの缶を投げつけるのは同時だった。時間をかけてたっぷり缶に込めたオーラを炎に変化させる。96度のアルコールのおかげで、俺の作ったショボい炎は激しい火柱になった。

「『守れ』、『弾き返せ』!」

 そのまま近くにあった椅子で頭を守り、カーテンでナイフを弾き返す。何本か間に合わずに体を動かして避けるが、左腕を掠った。すると、突然左腕の感覚が消える。

「あっぶねえ……よく動くこって」

 ビリーはそう言うと、左腕を大きく前に突き出した。それに合わせるように俺の左腕も前に飛び出し、肩ごと引っ張られて倒れる。

 操作と具現化の要素がある発だったのか。まずった。

 頭を踏まれるが、倒れてしまったことで起き上がる気力も体力も失せた。全身が怠いし寒いし暑い。唯一主導権を奪われた左腕だけが何の感覚もない。

「なんだ、他の奴らはまだやってんのかあ? とろくせえな」

 上でビリーが何か言っているが、音が遠ざかったり近付いたりしてよくわからない。断片的にはっきり聞こえたのはそれだけだ。

 ふと、地面が微かに揺れているような気がした。それと同時に音が戻ってくる。

「あばよ」

 言葉に被さるように鈍い音がし、何かが体に降り注いだ。少しして頭を抑えつけていたものが無くなったのがわかったけど、それでも体は動かせそうにない。

 すると、頭の下からブーツの先が差し込まれた。そのまま器用に足で顎を回し、軽く持ち上げられる。

「何かとおもたらお前か」
「フェイ、タン……?」

 特徴のある喋り方に、疑問をすっ飛ばしてそれだけを理解する。

 スッと爪先が引き抜かれ、再び床に頭を戻した。ずっしりと重い全身を床に委ねればまた微かな振動を感じるが、それは遠ざかっているようだった。思考が纏まらないまま、迫りくるひどい眠気に抗うことが出来ず、意識を手放す。

 今、フェイタンがいたような気がしたけど、気のせいだったのかな。


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