ロマノン | ナノ

02


 宣言通りお姉さんに公園の脇にあるこじんまりとした事務所に連れていかれた俺は、自分のことを何と説明したものか非常に悩んでいた。

 いやーどうも次元の壁超えちゃったみたいで? 二次元の世界に来れちゃったみたいです、お姉さんどう見ても三次元の方ですけどねHAHAHA! 駄目だこれ、よくて殴られ悪くて病院行きコースだろ。

 そして連れていかれたと言っても別に手錠をかけられたり腕を固められたりはせず、普通にお姉さんの後ろを歩いてきたわけだが、後ろに目が付いているのかと思うほどお姉さんはこちらを振り返らなかった。俺がついて来ていることを確信している様子だ。

 このお姉さんハンターって言ってたもんな。ならかなりの実力者なわけで、後ろの気配を読むことくらい朝飯前なのかもしれない。事実言動や立ち振る舞いがいかにも強そうで、試しに離れてみようという気は起きなかった。

「ここで待ってて」
「はい」

 そう言ってパソコンを置いたデスクの前に座らされたと思ったら、お姉さんは事務所の奥に消えていった。今逃げたらどうなるんだろ。いや逃げないけどね怖いから。

 全く理解出来ない状況への不安が言葉の通じる人の登場で解消し、現状把握も済んで心に余裕が出来ると、今度は沸々と不満が生じてきた。なんでハンターなの? という不満だ。

 だってさ、どうせ二次元にトリップするならネトゲの世界でもいいじゃん! ネトゲは画面の向こうに人がいるから二次元扱いではないとでも言うのか……くそ!

 ハンターは漫画の中では一番よく読んだと思う。同じバトル漫画でも、新しい敵が出てくるたびに新技で勝つようなものではなく、駆け引きのあるバトルが好きだからだ。キャラの心象描写もうまいし、さらっとも読めるが深読みもできる、色んな楽しみ方のできる漫画だと思う。

 けど漫画として好きなのと、実際にその世界に行ってみたいと思うかは別だ。どうせならネトゲの方がよかった。ネトゲと出会う前ならともかく、今となっては漫画はあくまでも雑魚狩りのときに読む暇つぶしだったのに!

「どうせなら魔法使いになりたかったな……」

 ぼそっと魂の叫びを漏らす。現実では絶対に出来ないのはこれだろう。詠唱してどかん! どのネトゲでも最強アタを目指すなら魔法使いポジに行き着く。某ネトゲではPKしたいならコレと言われるくらいだ。まあだからこそ逆にあのネトゲはすぐ引退したんだけど。戦略で埋められないほどに職業格差がひどいと楽しくない。

 そういえば、この世界の念ってどこまで出来るんだろう。場合によっては魔法使いっぽいことも出来たりするのかな。そう考えると俄然やる気が出てきた。

 正直、前の世界にあまり未練はない。それこそネトゲに関することぐらいだ。人生このままじゃやばいと思いつつも逃避し続けて、後にはつらいことばかりが溜まっていた。いわばこれは再スタートできるチャンスではないだろうか? そんな気持ちが溢れてくる。

 育英会の皆さんごめんなさい。借金踏み倒します。俺、この世界で頑張るわ……!

 一人決意新たにテンションを上げていると、お姉さんが戻ってきた。その手にはマグカップが一つ握られている。一瞬俺のかと思ったが、歩きながら口を付けたのでその線は消えた。自分の分だけかよ! と内心つっこみを入れる。まあ客じゃないもんな俺。不審者だもん。

 ……よく考えたら、頑張るのはいいけど幸先悪すぎる。ハンター語わかんないし不審者なうだし。あれ? 詰んでる? いやいやまだ修正は利くはず、諦めるな頑張れ! と己を鼓舞する。

 足を組んで座ったお姉さんはコーヒーの入ったマグカップをデスクに置くと、パソコンに目を向けたまま話しかけてきた。 

「で? キミ名前は?」
「フジサキ……あ、アカル=フジサキです」
「はい、じゃあアカル。私はムジナ。契約ハンターで今はこの地区の警備を担当している。だから不審者のキミをここまで連行してきた。オーケー?」
「は、はい」

 突然はじまった自己紹介に困惑する。あれか、警察と一緒で身分証明してからじゃないと正当な権利行使が出来ないとかかな。警察手帳よろしくハンター証らしきものをこちらに突きつけてくるお姉さん、もといムジナさんの横顔をまじまじと見つめる。

「というわけで身分証、もしくは国民番号の提示」
「あの、えっと……」

 お姉さんはパソコンで何かを調べようとしている。状況的に戸籍なのは間違いない。戸籍……ないよな。あったら逆にびっくりだが、仮にあったとしても国民番号がわからない。

「どっちもない、んですけど」

 この世界において、戸籍がないのは流星街出身者だけだったはず。で、流星街の人間は普通の街ではもれなく犯罪者扱いだったような。とはいえ、ここで適当な嘘をついて一般人として解放されても、身分証明が出来ないことに変わりはないから結局仕事に就けないし、そうなれば幸せな未来が待っているとは思えない。

 これは賭けだった。なんとかしてくれそうな、出来そうな力を持った人に縋るしかない。今後またハンターに会えるかなんてわかんないし、今を逃したら駄目だ。

「キミさあ、行くあてあるの?」

 どう切り出そうか悩んでいたところでかけられた声にはっとする。ムジナさんはパソコンから目を離し、こちらを見据えていた。

「ないです」
「今無職?」
「は、はい」

 無職という言葉の威力に胸を抉られる。全然行ってないとはいえ一応学生だったけど、在籍している大学がない以上今はただの無職だ。つい昨日まではほぼニートで済んだのに、今や正真正銘のニートである。

 ムジナさんはうーんと唸ったあと、「テロとかしに来たんじゃないよね?」と尋ねてきた。んなわけないと慌てて否定しながら、流星街の人間が自爆テロを起こした話を思い出した。そう、こういう危険視される要因があるから賭けなんだよ。

「バイトしたくない?」
「えっ!? し、したいです!」

 突然かけられたまさかの望んでいた言葉に、脊髄反射で返事をした。俺この世界に来てから「えっ」って言いまくってる気がする。

「じゃ紹介してあげる」

 何でもないことのように言うムジナさんの顔からは感情が読みとれない。え、そんなあっさり決まることじゃなくね? 俺怪しくね? とあまりにもうまい話に思わず尋ねていた。

「あの、何でか聞いてもいいですか?」
「私としてはキミが街の人間に危害を加えるおそれがなければそれでいいの。見たところ武術の心得もないみたいだし、本来なら放置案件。ただ公用語も話せない、行くあてもない、身分証明も出来ないじゃ、生きるためには窃盗か強盗をするしかなくなるでしょ。最低でも公用語が話せるようにならないと普通の店では働けない」
「な、なるほど……」

 やっぱそうだよな、と待ち受ける悲惨な現実に眩暈すら覚える。そう思うとこの人に出会えたことがひどく素晴らしい奇跡に思えてきた。

「幸いジャポン語が堪能な知り合いもいるし、紹介くらいならしてあげるよ」
「ありがとうございます! すごく助かります!」

 心からお礼を言えば、ムジナさんはなぜか一瞬妙な顔をしてから脚を組みかえた。さっきからこの人、仕草がいちいちかっこいいんだよな。色っぽいというよりはかっこいい。仕事の出来る人感がよりそう見せているのだろうか。

「あくまでも紹介するだけだから、その後クビになっても知らないよ。ただ次私の担当地区で問題起こしたら死んでもらう」
「は、はい」

 あばば……「死んでもらう」とかリアルに言われたのはじめてなんだけど。どこにも力の入っていない、淡々とした物言いが脅しじゃないことを示しているようで怖い。

 ムジナさんの知り合いってのが気難しい人じゃありませんように!


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