01
1日約15時間。俺がネトゲにインする時間だ。
風呂や食事の際は離席宣言だけしてログアウトせずにするから、起きて顔洗ったりなんだりしてから寝るまでずっとインしてることになる。
大学生って人生で一番自由な時期だと思うの。学生万歳! でもそのせいで単位はボロボロ。ギリギリ奨学金もらえるレベルにするためにたまに大学行く。親に学費も生活費も貰ってないから奨学金ないと生きていけない。
親が金持ってないわけじゃない。親の望む大学に受からなかったからこうなったってだけ。子どもの頃は結果が全てで努力を認めない親が大嫌いだったけど、何でもかんでも環境とか親のせいにする時期は終わった。でも一度ついた逃避癖は全然治らなくて現在に至る。そんなこんなでもう4回生の秋。就活? なにそれおいしいの?
奨学金返済のこととか老後のことだとか、このままじゃやばいって思ってるうちにもう手遅れかもわからんねな時期になっちゃって、ますます現実と向き合えなくなっていた。
「『メンテに備えてもう寝ます』、っと」
俺がやってるネトゲは30代から40代あたりの層がメインターゲットだから、深夜はあまり人がいない。それに明日は大型メンテナンスの日で、色々アップデートされるからメンテ明けすぐにインしたい。そう思っていつもより少しだけ早く寝ることにした。
『おやす〜』
『おつ!』
『メンテ明けに^^』
流れるチャットログを見ながらログアウトするのを待つ。ログアウトまであと一秒、というところで対話が入った。
『よい夢を』
送り主を確認すると、見たことのない名前だった。誰かのセカンドかと思ったけど、ログアウト直前だったので疑問を解消することなくゲームは終了する。まあ明日聞けばいいか、と特に気にせず眠ることにした。
*** 目が覚めたら公園にいた。正確には、家のベットで寝たはずが起きたら公園のベンチだった。寝ぼけ頭に「もしかして:夢遊病」の文字が浮かぶ。え、こういうのってある日突然なるもんなの?
しかも見覚えのない公園だった。近所にはショッボイ寂れた公園しかないはずなのに、なんかパッと見ただけでデカい公園だとわかるようなところだ。海外ドラマとかで出てきそうなやつ。
寝たままどこまで歩いたの? ひょっとして起きているときより体力あるんじゃ? と自分の中に隠されていたポテンシャルに驚かざるをえない。
13時半にはメンテが終わるはずなんだけど、それまでに帰れるかな。もし寝てる間中ずっと歩いていたとしたら泣ける。絶対に帰れない。夢遊病するために早く寝たんじゃないのに。
いつまでもここにいるわけにはいかないので、タイミングよくベンチの前を通ったおばさんに声をかけた。
「すみません、ここって何町ですか?」
「××? ×××××?」
「えっ?」
「×××××××」
や、やばい、外国人だ。しかも何言ってるか全くわからない。同じ日本人との意思疎通さえ満足に出来ないのに、知らない言語を話す外国人と会話なんて無理ゲーすぎる。
「う、えと、あー、いいです、はい。すみません」
身振り手振りで話を切り上げると、なんとか伝わったのか付き合う気が失せたのか、おばさんは肩をすくめて去って行った。寝起きに外国人とかやめてくれよ……そういうのは国籍なんか関係ないぜ! 誰でも出会ってすぐ友達! なリア充にこそ起こるべきイベントだろ、変な汗かいたわ。
仕方ないので適当に公園内を歩いていると、向かい側からおじさんがやってきた。今度こそ、と話しかける。
「すみません、ここって……」
「×××××!?」
この方も外国人ですね、ハイ。しかもさっきの人より機嫌悪そうっていうか短気そうっていうか。何言ってるかわからないうえに怒鳴られてるっぽくて、正直ちょっと泣きそうになった。何これいじめ? トラウマになるわ。つかさっきの人と同じようなこと言ってる気がする。たぶんだけど。
再びボディランゲージを最大限活用してその場を切り抜け、目を皿のようにして日本人を探す。よく考えたらさっきの二人は彫りが深かった、うん。もっと見るからに日本人って感じの人に話しかけよう、としばらくの間あたりをうろうろしていると、開けた場所に出た。そして向かい側正面に大きな地図版があることに気付く。
これだ! 人に聞くより地図! と飛びつくように近寄るが、目に入ったものに思わず足が止まった。
「何これ」
地図なのは間違いない。けど、書いてある文字が全く読めなかった。日本語でも英語でもなくて、むしろ記号に近い気がする。え、なに、ここ日本じゃないの? 夢遊病で海を渡ったわけ? もしそうなら論文書けるレベルの大発見だろ。
あまりのことに呆然と立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。それがまた例の聞き覚えのない言語だったから振り返りたくなかったけど、肩を掴まれてしまったのでその力に逆らうことなく後ろを向く。すると、金髪のお姉さんがいた。うわ、綺麗な人、と思ったのも束の間、意志の強そうな瞳に見据えられてたじろぐ。
「××××?」
「な、何言ってるかわかんないです」
普段だったらこんな美人に話しかけられたらテンション上がりすぎて挙動不審になるけど、今はそれすらも難しい気分だった。常にこれくらい落ち着いていられたらと思わなくもないが、これは落ち着いてるんじゃなくて落ち込んでいるわけだからやっぱり嫌だ。
「あー、もしかしてキミ、ジャポン人?」
「えっ」
ふと、待ち望んでいた言語で話しかけられて一瞬思考が止まる。えっ、今この人日本語喋ったよね? なんかジャポンとかフランス語みたいな言い方されてるけど日本語しゃべっ、てか日本語!
「お姉さん日本語喋れるの!?」
「質問に質問で返すな。国籍答えて」
「ジャ、ジャポン! ジャポン人です!」
予想外に口悪いっていうか怖い人だけど全然問題なし! ついに日本人……ではないなどう見ても。でも日本語喋れる人が!
今まで落ちていた分ものすごい勢いで上がったテンションに、思わず抱きつきたくなったがなんとか堪えた。気持ち悪がられてどっか行かれたら困る! それでも手は震えるし目潤んでるのわかるしで、変質者だと思われて通報されたらどうしようと余計に焦った。
「キミハンター語話せないの? キミが通じもしないジャポン語でそこらの人に話しかけるから不審者として通報があったんだけど」
「えっ」
すでに通報されていただと……。そしてまた何か聞きなれない単語があった気がするんだけど、聞き間違いだろうか。
「つ、通報を受ける側ってことはお姉さん警察官か何かですか?」
「ハンター。それよりまた質問返ししてる。わざとなら実力行使で尋問するけど」
「わっ、わざとじゃないです、すみません!」
思わず謝りながらも内心かなり混乱していた。ハンター? やっぱハンターって言ったよなこの人。
ぐるぐるとする頭に今までのことが蘇る。見覚えのない場所、知らない言語、記号のような文字、ハンター語、ハンターという身分。ひとつに繋がったそれらが導き出した答えにスッと頭の芯が冷える。
そんなことあるか? いや、そもそも今この状況がかなり非現実的だ。そうでもないと説明がつかない。
黙ってしまった俺を冷やかな目で見ていたお姉さんは、一度目を細めるとハスキーな声で会話を続けた。
「……ま、いいや。言った通り私はハンターだから、キミを拘束する権利がある。身分証明する気がないみたいだし、事務所まで来てもらうから」
「は、あの、」
あの、ここってハンターハンターの世界ってことでFAですか?
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