ロマノン | ナノ

25


 再びハンター協会本部に訪れた俺は、行きでもやったように受付で用件の伝言と呼び出しを頼み、エントランスホールのソファに座って待っていた。今度は15分ほどでパリストンさんが現れる。

「アカルさん、お疲れ様でした! いやー仕事が早いですね。さすがムジナさんが自らの代理に選んだ方です!」

 一般的な所要時間がわからないため社交辞令かどうかの判断がつかないが、何度も言うように、ムジナさんが俺を代理に立てたのは単にこの人がウザかっただけだ。間違いない。

 電話越しに聞いたムジナさんの声を思い出しながら、軽く頭を下げる。

「連絡先渡すの忘れてすみません」
「いえいえ、お気になさらないでください! ボクもすっかり失念してました!」

 絶対嘘。隙を見せたら笑顔で突っついてくるタイプに違いない。会ったばかりだと言うのに、そういうイメージが完全に出来あがっていた。

 はー、疲れた心にパリストンさんの笑顔がしみるわー。もちろん悪い意味で。早く帰りてー。

 それでも自業自得なのはわかっているので、大人しくテーブルに携帯の番号とメアドを書いた紙を置いた。メアドはいらないかなと思ったんだけど、電話じゃちょっと……とか適当な理由を付けてまたムジナさんに連絡されても困るので書いておいた。マイパソコン壊されたくない。

「これ連絡先です。今度からムジナさんへのお話は内容の如何に関わらず俺を通してください」
「わかりました! では!」

 ただのメモを名刺のように下から両手で受け取ったパリストンさんは、そう言うと懐から携帯を取り出して番号を打ち始めた。少しして、ポケットに入れた俺の携帯が振動する。

「…………」

 てっきりワン切りするのかと思っていたら、携帯を耳に当てたまま輝かんばかりの笑顔を向けられた。……え、出ろってことだよな? なんで? お互いの目と目が合った状態でなされる行為に激しく動揺しながらも、通話ボタンを押し左耳に当てる。

「……はい」
「『依頼の達成ご苦労様です! ムジナさんにもお伝えしましたが、ボクの分はすでに入金しましたので、後は窓口で依頼破棄をお願いします。手続き確認後規定の報酬を入金させていただきますね!』」
「わ、わかりました」

 目の前と左耳からステレオで聞こえてくる声に眩暈がした。

 それそうやって言う必要ある!?

 今日何度目かの顔を覆ってうずくまりたい衝動を抑え込む。真っ直ぐ目を合わせたまま電話をされるとは……この人ほんと意味不明なんだけど。

「『よろしくお願いします! では失礼しますー』」
「は、はいー」

 通話が切れる際、つい癖でお辞儀してしまった。パリストンさんはしてなかったのに。恥ずかしい。

「では、ボクはもう失礼しますね」
「はい」

 携帯を懐にしまった後、再び目を合わせて言われる。そのたびに心にダメージを受ける錯覚を覚えた。もうやめて! 俺のライフはとっくにゼロよ!

 颯爽と建物の奥へと消えていく長身を微妙な気分で見送った後、その足で受付に向かった。依頼破棄の手続きをするための用紙を貰い、破棄理由の欄を適当に埋めていく。その他必須事項も埋め、受付の女の人へと渡した。

「はい、結構です。次は頑張ってくださいね」
「すみません」

 前もそうだったけど、受付の人って普通の人なんだな。纏してないし。警備的なことは大丈夫なのか……と思ったけど、入り口も入り口なとこだし問題ないのかも。

 お局様とかいるのかなーとか考えながら本部を出た。

***

 やけに精神的ダメージの多い一日を過ごしたが、無事にムジナさん達の待つ家へと帰ることが出来た。ちなみに家とは前にいた本屋ではなく、別の場所にあるムジナさん名義の家である。聞けば各大陸に二つは隠れ家があるらしい。もはや意味がわからない。便利でいいけど。

 数日経って、ムジナさんにお手伝い料として500万ジェニー貰った。桁間違えてるんじゃ? と思ったけど、パリストンさんからの個人的な依頼がかなりの報酬だったようだ。

 天空闘技場でもそうだったけど、この世界の――特に武闘派の人達の金銭感覚ぶっ飛んでる。正直な話、いつでも引きニート出来るよね。家も現金一括払いで買えるだろうし。GIクリアしたらそうしようかな。

 そんなことを考えながら再び修行とネトゲの二色生活を過ごしていると、一ヶ月ほどしたある日、ムジナさんが「そろそろ次のステップに進もうか」と言い出した。

「な、何をですか?」

 昼食後のまったりとした時間に突然なされた宣言に身構える。何故か、以前見た恍惚とした表情が脳裏を過ぎった。おかしいな、普通の表情なのに。これが虫の知らせというやつだろうか。

 意図を掴もうとよくよく観察するが、指に髪を巻きつけて遊んでいる姿は元男とは思えない、という感想しか出なかった。あと、すごく気まぐれに見えるポーズだよね。

「修行に決まってるでしょ。いい加減基礎修行もマンネリじゃない? あー私って出来た師匠だわー」

 いや、俺ルーチン化した作業とか苦痛じゃないタイプなんで……と思ったが、ムジナさんはどう見ても俺の意見は聞かないモードに入っている。

 視線だけで店長を探すと、お湯を沸かしながらこちらを見ていた。特に驚いた様子はないので、ムジナさんに視線を戻す。ムジナさんは俺の視線が自分に戻ってくるのを確認してから、ゲンドウ座りで口を開いた。顔の前で指を組むあれだ。

「キミって、圧倒的に実戦経験が足りてないよね」
「天空闘技場ェ……」

 かけられた言葉に思わずそうこぼすと、ムジナさんは組んだ指の上に顎を乗せて否定した。頭の位置は同じなのに相手を見下せるポーズてある。似合うな。

「格下じゃなくて、実力が拮抗した相手との実戦経験だよ。しかも、それだって言うほど経験ないでしょ」

 ぐぬぬ。その通りなんだけど、嫌な予感がヒシヒシとする今、否定材料を探してしまうのは仕方ないだろう。

「……組み手してくれるんですか?」

 違う気はしたが一応聞いてみる。

 実は、再会してから一度も組み手をしてもらっていないのだ。最初の方にお願いしたら「差し迫った理由がない」と断られた。差し迫った理由とはつまり誰かに狙われているとかそういう物騒な状況下にあるということなので、確かに現状それはないんだけど。

「しない。私達が相手じゃ実力差があるし、系統が偏るから」

 実力差あったっていいじゃん! 格上との実戦経験になるじゃん! より命の危険が高い状況に対応出来るじゃん!

 一瞬でそこまで思い浮かんだが、系統が偏るの部分には反論出来なかった。予想通りとはいえすげなく断られたことに若干落ち込む。

「実力の拮抗した人間と戦う機会があって、系統も偏る可能性が低い。しかもお金も稼げる。一石三鳥の方法があるよ」

 組んだ指に顎を乗せたまま、指ごと顎を下げて綺麗な笑顔で言われる。忙しないな。

 つか何それ、天空闘技場の上位互換施設でもあるんですか。ぶっちゃけ今の預金残高的にお金を稼げることには大した魅力を感じないけどね。

 前の世界ではあり得ない気持ちになっていると、ムジナさんは軽い調子で言った。

「富豪の護衛をすればいいんだよ」
「え」

 ご、護衛……? と思いもよらない言葉に面食らう俺を無視して話は続く。

「屋敷の警備でもいいよ。ポイントは富豪ってところね。金持ち連中っていうのは必ず誰かしらの恨みを買ってるし、盗賊が好むお宝を持ってることも多い。念能力者を数人護衛に雇ってるってことは、裏を返せば念能力者に狙われてるってこと。幸いハンター協会にはそういう依頼はゴロゴロしてるし、片っ端から受けてきなよ。強すぎる奴が来たら逃げればいいから」

 つっこみ所はたくさんあったけど、流れるように言葉を重ねられて喉まで上がったそれらは引っ込んでしまった。

 これってつまり、ムジナさんの代わりにたくさん仕事してこいよってことじゃないの?

「ついでに円の練習もしたら? 闇雲にやるより、既にある程度把握している場所を調べるようにする方がやりやすいよ。地図見ながら屋敷内を探索、とかね。まずはそうやって円の感覚に慣れること」
「は、はい」

 おお……師匠っぽい発言。時々ただのパシりでは? と思うことがあるけど、たまにこうして師弟らしい雰囲気になるんだよね。気まぐれオンリーの発言ってわけでもなかったか、と少しホッとしていると、手遊びをやめたムジナさんと目が合った。

「最低十人の念能力と戦うように。それまで帰って来なくていいから。それと、能力を見ない限り戦ったとカウントしない。後で相手の能力聞くからね」

 ちょおおおおお! また店長と離れ離れかよ! かわいい子には旅をさせろにも程があるだろ! かわいくないからこその仕打ちなんだろうか。

 半泣きになりながら店長を見れば、力強く頷いて「頑張れよ」と言われた。

 店長にそう言われたら頑張るしかないじゃない……!


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