ロマノン | ナノ

24


 すっかり警戒するのが馬鹿馬鹿しい気持ちにされた俺は、クロロが再びプリンに集中している間、やさぐれた気分でお冷やを啜っていた。前に不可抗力とは言え無銭飲食の片棒を担がせてしまったため途中で帰りづらいのだ。

 だって、俺が帰ったらそれを理由に食い逃げしそうなんだもん。俺への嫌がらせでやっているであろう相手に「盗賊様がショボい犯罪しますなあ」なんて嫌味は通じないだろう。

 プリンを食べ終えたクロロは、コーヒーを一口だけ飲んだ。そんな優雅な飲み方しなくていいから一気飲みしてさっさと帰らせてくれよ、という俺の願いとは裏腹に、クロロはコーヒーカップをソーサーに戻すと会話を再開した。

「アカルの発は魔法をモチーフにしているんだったか?」
「そうだよ」

 結局、発の話を聞きたいから警戒を解けなんて言ったんだろうな。半ば諦め気味に答える。クロロの"盗賊の極意(スキルハンター)"の発動条件ってどんな感じだったっけ? 四つか五つあるって漫画でゼノが言ってたような。

 シャルの友達だし、無断で盗まれるようなことはない……と思いたい。そんなことは団長命令の前では些細なことかもしれないけど、果たしてそこまで盗みたいか? という疑問も湧く。

「操作可能な対象に制限はないのか?」
「…………」

 投げかけられた問いに急いで頭を回転させた。クロロはヒソカとの試合を動画で観たと言っていた。俺はその動画を観ていないから画質とかがどの程度のものなのかわからないけど、この質問が出るってことは俺が石盤や砂を操作したことは知っているはず。そしてさっき俺はベニグノを操作した。つまり、質問の意図は「対象が無生物か生物かとは関わりなく操作出来るのか」だ。

 普通、操作系の能力で生物を操作する場合、その能力で無生物を操作することは出来ない。逆もまた然り。これは、操作系能力が最初に発動条件を作り、それを満たすことで操作を行えるようになるという性質であることに由来する。シャルが自作のアンテナを対象に刺せば相手の強さに関係なく操作出来るのはこのためだ。

 発動条件を満たすことで能力者本人の力量に関係なく最初からマックスの力を発揮出来る操作・具現化・特質系能力と違って、強化・放出・変化系能力は能力者本人の実力に影響される割合が大きい。ゴンの"ジャジャン拳"はまさにその典型だろう。

 俺の発である"口先の魔術師(ブラックスペル)"も例に漏れず、スペルの強制力が俺自身の力量に左右されるため、結果的に出来ることもその時によって変わってくる。

 地下に潜っていた頃は無生物しか操作出来なかったけど、今は生物でもオーラの流れが微弱なものなら操作出来るようになった。ベニグノを浮かせて運べたのも、あの人が非念能力者で、なおかつ気絶していたからだ。要は対象との実力差が関係すると言ってもいい。そのため、たとえ気絶していようとクロロ本人の操作は出来ないし、ヒソカのオーラが込められたトランプの操作も出来ない。

 まあもしベニグノの操作が無理だったらあの人の服を操作するつもりだったんけどね。それだと操作をミスったときにいやーんなことになるおそれがある。オッサンのポロリなんか断固御免だ。しかもクロロの目の前で。どんな空気になるのか考えるのも恐ろしい。

 俺の回答としては二通りある。あれは服を操作したのであって、ベニグノ本人を操作したわけではない、つまり生物の操作は出来ないと嘘をつく。もしくは、正直にどちらもある程度は出来ると話す。

 どうしようか、と自問しながらクロロの黒曜石のような瞳を見つめる。俺黒曜石見たことないけど。よくある言い回しだし、言葉のイメージだ。吸い込まれそうでもあり、何者も寄せ付けなさそうでもある不思議な瞳だ。

 相変わらずその瞳からは感情が読めないことを確認して、はぐらかすことにした。

「あるような、無いような。これ以上は秘密」
「フ……」

 様々なものに係かるこの言葉なら、クロロには条件の推測が出来るだろう。だがそれはあくまでも推測であって、確定事項じゃない。

 この微妙なラインが、今の俺に出来る最大限の譲歩だった。きっぱり切り捨ててしまってはこれまでのやり取りが無駄になるし、かと言って全てさらけ出すにはクロロは謎が多すぎる。

「ま、これだけでも収穫だな」

 言葉に含めた意図全てを読み取ったらしいクロロが、唇の端を吊り上げた。頭のいい人との会話って好きだけど疲れるんだよなあ、と顔を背け細く息を漏らす。

「実は、場合によっては手伝ってもらおうかと思っていたんだ」
「へっ?」

 手伝うって……まさか、蜘蛛の活動を? そんな、戸籍がないこと以外真っ白クリーンな経歴の俺に何を仰るのやら。予想外の発言(しかも喜ばしくない)に激しく動転する。

「いや、うん。あれだよ、そんな便利な能力じゃないよ」
「そういうことにしておこうか」

 いやマジで! 買いかぶりすぎ! 魔法ったって出来ないことたくさんあるし! 某小説の魔法みたいに日常生活から戦闘までオールオッケーなわけじゃないからね!

 焦る俺を読めない表情で眺めていたクロロは、ふと視線を切った。

「ふられたことだし、そろそろ行くか」

 そう言ってクロロが立ち上がる。おお行け行け! と思ってしまうのも仕方ないだろう。まあ俺も立つんですけどね。クロロが出る以上、ここにいる理由がない。

 レジへと歩きながらあまりにもさらっと伝票を渡されたので、無意識に受け取ってしまった。

 いや、いいけどさ……! 普通こういうときってイケメンが奢るものじゃない? それか割り勘。別にいいんだけど。

 さらに、レジの女の子が伝票を読み上げる段階になって、クロロの方が明らかに注文していることに気づいた。そういえばプリン食べてたな……いやいいけどね! なんか釈然としないものがあるよね!

 複雑な気持ちを抱えながら二人分の会計をしていると、後ろで待っていたらしいクロロが話しかけてくる。

「もう一度聞くが、美術館へ一緒に行かないか?」
「行かない。マジで壊滅的にセンスないから俺」

 言いながらお釣りを受け取って、クロロへと向き直った。レジの子の視線を意識しているのか、やけに甘やかな表情だ。はーイケメン。腹立つくらいイケメン。 

「そうか。またな」
「……また」

 またがあってもいいけど、平和な出会いであることを祈る。雑踏へと消えていく背中を見つめながら切に願った。

***

 クロロが消えた方とは逆方向にある駅へと歩みを進め、帰りの汽車に揺られていると、携帯に着信が入った。慌てて連結部分へと移動しながらディスプレイを見る。……ムジナさんからだ。

 お怒りの電話としか思えないが、出ないわけにもいかないので、勇気を振り絞って通話ボタンを押す。

「は――」
『馬鹿』

 「はいアカルです」と言う前に明らかな苛立ちを含んだ声が聞こえてきた。予想通りとはいえ怒気に圧倒され、反射的に謝罪の言葉を述べる。

「ごめんなさい」
『……ふーん。心当たりあるんだ?』

 一段低い、なのに語尾は上がった声に、地雷を踏んでしまったことを知る。やっちゃった……でも今更とぼけられないし、誠心誠意謝るしかない。

「パリストンさん、ですよね?」
『正解。そこまでわかっててなんで忘れるかな』

 ムジナさんとパリストンさんが合わないのは一目瞭然だ。正確には、ムジナさんが一方的に蛇蝎のごとく嫌うことは目に見えている。

 しかも、パリストンさんは自分のことを嫌っている人間に進んでちょっかいを出すタイプである可能性が高い。原作知識と、実際に会話した経験がそう言っている。事実、わざわざ直接電話をかけてムジナさんに依頼したわけだから、まず間違いないだろう。

 ムジナさんはパリストンさんとの関わりを極力絶ちたくて代理人として俺を立てたはずなのに、早々にその相手から電話が掛かってきたんだから怒るのも無理はない。自分の非をしっかりと噛み締めながらムジナさんの言葉を待つ。

『なんで私が弟子の管理がなってないとか言われなきゃいけないわけ?』

 う、うわあ……嫌味付きかよ。

 あの作った声で「もー、お弟子さんの管理はしっかりしてくださいよー」と言うパリストンさんと、携帯を握り締めてキレそうになっているムジナさんが頭に浮かんだ。よく携帯壊れなかったな。

「ご、ごめんなさい」
『ビジネスパートナーになれば連絡先くらいその場で教えるのが常識でしょ。弟子の社会常識の管理までしてらんないっての』
「申し訳ないです……」
『こっちに帰って来る前に絶対本部行って。ていうか行かなかったら敷居跨がさないから』
「はい……」
『ちゃんと「話は全て僕を通してください」って言ってよ』
「は……っ、はい」

 ムジナさんの「僕」発言があまりにも似合わなさすぎて少し笑いそうになるが、なんとか気を引き締める。今笑ったら死ぬ……!

『今度こんなことがあったらキミのパソコン壊すから』
「本当に申し訳ありませんでした!」

 気づけば直角にお辞儀をして叫ぶように言っていた。自分からこんなにハキハキとした声が出るなんて知らなかった。

『じゃ、しっかりやってよね』
「はい!」

 俺の返事を聞くか聞かないかというところで通話が切られる。危ない、笑ってたら死んでたのは俺ではなく俺のパソコンだった。

 幸いにもハンター協会本部の最寄り駅はまだだ。引き返す必要はない。ただひたすら「またあの人に会うのか……」という憂鬱だけである。しかもこれからずっと俺が窓口になるとか……いやまあ、ウザいだけで嫌いなタイプじゃないんだけど、精神的に疲れてるときに会いたい人ではないよね。

 何考えてるかわかんないし、空恐ろしい感もあるけど、ムジナさんから何も忠告されてないってことは敵じゃないということだ。……そもそも、あれだけ嫌ってるなら必要に駆られない限り付き合いを切るだろう。

 付き合いを余儀なくされる立場を取っていて、敵対するおそれがない、もしくは限りなく低い関係。仕事関係ぐらいしかありえないような気がするけど、ムジナさんの本業ってあくまで軍人の方で、ハンター試験は身分証欲しさに受けた口だよな? ハンターとしての業績を積む必要はないと思うんだけど……それとも単にパリストンさんが人をおちょくることに全力を注いでいるウザい人って認識でいいのだろうか。それはそれで嫌すぎるけど。


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