ロマノン | ナノ

23


 ベニグノをたったの一撃で昏倒させたクロロは、今日も好青年スタイルだった。とてもじゃないが、自分より背丈のある人間を何の躊躇もなく刺し殺そうとした人間には見えない。

「年越し以来だな」

 含みのある声色でクロロが言う。

 そういえばそうだった。例の、黒歴史に新たな1ページを刻んだ事件の日ね。ばっちり覚えてますとも。酔ってるときは気にならなくても、素面になってからは思い出すたびに枕に顔をうずめてバタバタしたくなるんだからな! 減るものじゃないからいいみたいなこと言ってたけど、俺のHPが減るわ!

 一人優雅にナイフを仕舞うクロロをジト目で見つめる。すると、クロロは俺がベニグノの安否を気にしていると思ったらしく、涼しい顔で続けた。

「安心しろ。寝ているだけだ」
「……それはよかった」

 しまった、思考が逸れてた。本当によかったよ、うん。はじめての仕事が中倒れするところだった。

「コイツが死ぬとマズいことでも?」
「仕事。条件に生け捕りがあったから」
「なるほど、それであんなまどるっこしい戦い方をしていたのか」

 見てたのかよ。

「いつから見てたの?」
「『無数の火花がお前を襲う』、のあたりから」

 ちょ、やめて。素で言うのやめて。厨二臭いとは自分でも思ってるんだよ。でもその方が効果ありそうなんだもん!

 クロロは少し考えるような素振りを見せた後、思いついたように言った。

「もしかして気絶させたかったのか?」
「うん」

 特に知られて困ることではないので素直に頷くと、クロロの口から驚くべき言葉が放たれた。

「電気による刺激で人を気絶させるのにはテクニックがいるぞ。拷問に電気ショックがよく使われるのは、相手の意識を飛ばすことなく激しい痛みを与えられるからだ」

 なん、だと……プチ拷問状態だったとは……俺の予想とは正反対なことに。ベニグノすまん、許してくれ……と思ったけど、この人連続殺人鬼だった。別にいいか。

「ヒソカとの戦いを観たときも思ったが、面白い発だな」
「えっ、試合観てたの?」
「年末に動画でな。年越しのときにいたメンバーは全員観ているはずだ」

 えええええ。何それ怖い。そして恥ずかしい。なんでわざわざそんな……皆暇なの? 予想外の言葉に戸惑っていると、クロロが興味深そうな、それでいてさりげない目線を寄越した。

「オーラを電気に変えるのは容易なことではないと思うが……拷問を受けたことでもあるのか?」
「…………」

 もちろん無い。そんな経験の無い俺が何故オーラを電気に変えることが出来るのか。それは俺の発がスペルの持つ強制力を肝とするものだからだ。強制力とは、文字通り強制する力のこと。操作系能力者が相手の意思を無視して操作を行うのと同じことを能力の発動に対して行っている。

 スペルの強制力が経験のなさからくるイメージ不足を補い、強制力の高さは放出系能力の熟練度に起因する。火の付いた煙草の先に当たったとか、静電気でビリッときたとか、その程度しか火や電気に馴染みのない俺が、お粗末なものとはいえオーラを性質変化させられるのはこの強制力によるものだ。

 ただ、この話をクロロにするつもりはない。そして、拷問の有無について答えることは発にからくりがあるかどうかを答えることと同義になる。つまりイエスともノーとも言うべきではない。

「秘密」
「……ふむ」

 俺の答えに、クロロは何やら複雑な表情で考え込む素振りを見せた。何それ、どういう感情になってるの? はぐらかすんじゃねーよって感じではないけど。

「やはり、オレに対しては一際警戒心が強いな」

 え、ええー……いやまあそうだけど。頭の回転が速すぎるんだもん。一を聞いて十を知る相手に迂闊なことは言えないだろう。それにクロロって何考えてるのかわからないし。立ち位置が謎なんだよね。

「出会いが悪かったのか?」
「た、たぶん」

 聞くなよ。聞くなよ! 思わず肯定しちゃったじゃん! まあでも、実際出会いは悪かったよね。あれのせいでどうしても警戒を解く気になれない。あと滲み出る威圧感ね!

「誤解を解く必要があるな」

 わざとらしく出されたその提案に、「それはどうだろう……」と思ってしまった俺を責めないでほしい。

「とりあえず、依頼主にこの人渡さないとだから、話の続きは後にしてもいい?」
「ああ」
「……『浮揚せよ』」

 クロロの前でベニグノを浮かせるかどうか、少しだけ迷ったけど結局スペルを使うことにした。元々その予定だったし。手で引き摺っていくなんて、魔法使いのポリシーに反する。「話の続きは後」と言ったからか、道中能力についての質問をされることはなかった。

 誤解を解く必要がある、って何でだろ。鵜呑みにする気はないけど、普通に考えたら仲良くしたいってことだよな。

 俺はシャルとは仲が良いと胸を張って言える。フェイタンにも、なんだかんだ言いつつそれなりに認められてると思うんだよね。ただ、どちらの中でも一番大事なものになっているとは思ってない。

 そもそもこの歳で友達が一番大事なんて人は少ないと思うし、俺もそういうタイプではない。ミルキもそうだけど、皆それぞれ絶対にブレることのない軸を持っている。ミルキなら家のこと、シャルとフェイタンなら蜘蛛のことだ。俺がそれらに危害を加える立場になったら皆躊躇なく俺を殺すだろう。だから敵対する立場を取らないようにお互いが気をつけるし、それが相手への誠意だと思ってる。

 クロロの場合、蜘蛛の頭としての働きかけなのか、クロロ個人の心情によるものなのかの判断がしづらい。もし頭として俺を観察している場合、手足のシャルやフェイタンとは違う視点で俺を見ているはずだ。それが手足の感情を尊重するものになるとは限らない。

 だからつい警戒しちゃうんだよね、と何度目かの結論を出した。個人的には、クロロは好きなタイプだし仲良くしたいという気持ちはある。

 一つの会話もなくシナモンの待つアパートの前に到着し、俺はクロロを振り返った。

「ここで待ってて」
「わかった」

 まあここまで来たらあまり変わらないけど、一応ね。俺一人でやれって指示はないし、たぶん問題ないとは思うんだけど。

 あまり高い位置まで浮かせていなかったので、ベニグノの足を何度か階段にぶつけた。目が覚めたら足首やらふくらはぎやらが痛いかもしれない。ごめんね!

 201号室を軽くノックして、そのまま扉を開ける。シナモンは前と同じ体勢だった。ずっとこの体勢だったのかな……それともノックを聞いて慌ててこのポーズに戻ったのか。どちらにしても笑える。

「ベニグノで合ってます?」
「ああ。ご苦労。後は俺がやる。今後の手続きについては依頼主から直接指示があるからその通りにすればいい」

 パリストンさんって、俺の連絡先知らないよな……? ムジナさんの方に連絡いっちゃうのか。後で怒られそうだ。

「じゃ、後はよろしくお願いします」

 そう言って部屋を出る。とりあえず、仕事はこれでオッケー。案外あっさり終わったな。問題はこれからだ。

「お待たせ」

 アパートの前に戻ると、クロロは映画のワンシーンのようにアンニュイな雰囲気で佇んでいた。なにこの正統派イケメン。並んで歩きたくない。ふと、思いついた質問を投げかけてみる。

「そういえば、クロロはなんでこの街にいるの?」
「オレも仕事だよ。その下見さ」

 仕事って蜘蛛の活動のことだよな? 危うく被るところだった……もしそうなったら街が混乱してやりにくかっただろう。早く終わってよかった。

「ちなみにどこで?」
「美術館だ。一緒に行くか?」
「いやいい。俺センスないし」

 芸術への造詣が深いであろうクロロと違って、見ても理解出来ないし感銘を受けることもない。中高と遠足で二回美術館行ったことあるけど、どちらも苦痛なだけだった。

「それより他のメンバーは?」
「後で来る。と言っても、条件は『暇な奴』だから数は来ないだろうが」

 言いながらクロロが表通りの方へ歩き出したのでついて行く。ほぼ無意識だったけど、どちらにせよもう裏通りに用はないので問題ない。

「話の続きをしたいな。表のカフェに入ろうか」
「…………」

 クロロとカフェって悪いイメージしかないわ……と思っていると、自覚があったらしく、笑顔で振り返ってきた。

「悪いイメージを払拭しないとな」

***

 クロロの誘導によりおしゃれなカフェに入ると、その後はスマイル大盤振る舞いのウエイトレスさんによって奥の席を案内されるなど、ひたすらデジャヴな光景が続いた。なにこれ、これで俺が途中で帰ったら完全に再現VTR状態だろ。同じ手で帰らせてもらえる気は全くしないけどね。

 前と同じく、やけに気合の入ったウエイトレスさんに注文する。

「プリンアラモードとコーヒー。ホットで」
「……ホットコーヒーください」

 なんでプリン? 確かにクロロって童顔だとは思うけど、プリンってキャラじゃなくない? イケメンにスイーツというギャップでモテアピールなの? モテ自慢はお腹いっぱいだよ!

 クロロとこういう店に入るとお姉さま方の視線が集まってつらい。チラチラとこちらを見る視線が気になって落ち着かないよー。

 そういえば、俺未だに団長モードのクロロを生で見たことないな。最近は口調だけそれっぽい感じけど。 団長モードだとこんなに見られないのかな? 顔は同じだけどかなり雰囲気違うだろうし……やっぱりこういう好青年風の方がモテるんだろうか。

 クロロの額に巻かれた真新しい包帯を見つめながら思考しているうちに、注文した物がテーブルに届いた。あれ、結局一言も会話してないんですけど。

「えーと、何の話だったっけ」

 尋ねると、クロロはプリンから目を話さずに言った。

「ああ……今更だと思わないか?」
「何が?」
「オレを警戒することが」

 サラッと落とされた爆弾に身構える。プリン食べながらする話じゃなかった……せめて食べ終わるまで待つべきだったな。クロロはプリンを口に運びながら話を続ける。

「キスまでした仲だろう」
「ぶっ……」

 飲もうとしていたコーヒーを思いきり吹き出した。一度口に含まれたコーヒーがカップの中に戻る。ちょ、汚い……もうこれ飲めない、つか突然何を言い出すんだこの猫かぶり系イケメンは。

「ばっ、おま、なに……げほっ」

 思わず口調が荒れる。

「変な言い方すんなよ!」
「事実だ」
「いや、あ、あれは俺の意思じゃ……」
「おっと、酔ってたからってそれはないんじゃないか? 人の唇を奪っておいてその言い方はないだろう」
「奪ってって、クロロ抵抗してなかったじゃん! むしろ楽しんでただろ!!」
「完全にレイプ犯の言い分だな」
「れっ……!?」

 あまりの言いように愕然としていると、周りがざわめいていることに気がついた。え、いや違うよ? レイプ犯どころか童貞だからね俺。未使用です!

 しかし混乱した頭ながらに、クロロの言う通りかもしれないと思い直した。前にテレビでレイプ犯が「自分の意思ではなく相手の方から誘ってきた。事実相手も楽しんでいた」みたいな発言をするのを見たことがある。

 それに、確かにクロロは口では平気みたいな言い方をしていたけど、本心もそうとは限らない。もしかしたら実はすごく嫌だったかもしれないし、そうでなくても俺が加害者であることは間違いない。たとえ俺にとっては事故のようなものでも、加害者が被害者に向かって忘れたい事実であることをアピールするなんて許される行為ではない。

「っご、ごめん……。俺、最低なこと言った」
「……そうだな、アカルは詐欺に気をつけた方がいい」

 そうだよね、俺は詐欺に気をつけた方が…………は?

「まさか信じるとは……思っていたよりもオレのことを信用しているのか?」

 まさか信じるとは?? なに、もしかしておちょくってたわけ? いや落ち着け俺。俺は加害者、俺は加害者……怒っていい立場じゃない。クロロのこれは俺の良心への気づかい、もしくは傷ついた自分への虚勢だ……きっとそう……

「気づいてないだけで既に詐欺被害にあってるんじゃないか?」

 んなわけねえええ! 完全におちょくってる! 間違いない!!

 己を落ち着かせるために下を向いて視界からクロロを消していたが、思わず顔を上げてしまう。目が合ったクロロは完璧な笑みでこちらを見ていた。その笑顔に、何を言っても無駄だと悟って再び俯く。

「クロロ嫌い」
「心配してやったのに」
「ハイ嘘!」
「よくわかったな」
「…………」

 もう帰りたい。


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