ロマノン | ナノ

22


『【祝就職】何日かイン出来ないかも』

 仕事先であるリア市へと向かう汽車の中から、シャルとミルキへメールを送信した。フェイタンの連絡先はわからないけど、シャルに言えばフェイタンまで伝わるだろう。

 送信完了の文字が表示された携帯から目を離し、窓の外を見やる。ポツポツと間隔を開けて立つ木々や草原の緑が現れては流れるように消えてゆく。のどかだなー。ていうか何もない。郊外に向かっているから当然と言えば当然なんだけど、今まで現代日本はもちろん、こちらの世界でも比較的都会にいた俺としては些か不思議な光景だった。

 この世界は交通機関の発達が遅い。まず飛行機がないし、電車もヨークシンみたいなごく一部の都会にしかない。あとは路面電車か汽車、それに車だ。ジャポンには行ったことないけど、ノブナガやマチの話を聞く限り現代と江戸時代が混ざったようなノリだったから、分刻みの時刻表とその通りに来る電車はないだろう。

 満員電車がないのはいいけど不便だよなーなんて物思いに耽っていると、手の中の携帯が震えた。ディスプレイを確認すれば、メールのマークとミルキの名が。さすが、早いな。さっそく届いたメールを開くと、そこにはたったの二文字でミルキの心情が表されていた。

『嘘乙』

 嘘じゃねーし! あんまりな言葉に『本当だよ』と打っていると、シャルからも返信がきた。

『もしかして寝ぼけてる?』

 酷すぎる。夢じゃない、現実だよ! 俺=ニートみたいな決めつけはやめようよ! 魔法使いとニートは同義語じゃないから! たぶん!

 内心の叫びをそのまま打っていたが、途中で思い直してやめた。ここで反論したらきっと延々と続いてしまう。それよりも仕事のことを考える方が建設的だし、ミルキ達にも真面目に仕事してる感が伝わるだろう、と思ったからだ。言葉より行動で示す。これが今年の俺のモットーだ。今決めた。

 携帯を鞄にしまって、かわりに依頼内容の資料を出す。移動中に資料を見るのって出来る男って感じでかっこいいよね!

 資料は全部で三枚。一枚目がハンター協会から正式に依頼を受けた人間であることの証明書で、二枚目が協会からの依頼内容の詳細、三枚目がパリストンさんからの依頼内容の詳細だ。証明書にはハンター協会のロゴが印刷されている。たぶん紙幣みたいに偽造防止の加工がされているんだろう。

 行き先を調べるために汽車に乗る前にもチラッと見たけど、再び協会からの依頼内容に目を通すことにした。

 依頼内容は危険犯罪の被疑者逮捕代行。被疑者の罪状は連続殺人ね……27人も殺してるんですけどこの人。被害者は必ず小指を切り取られ……うえー。いわゆるシリアルキラーってやつか。理解不能だ。名前はベニグノ=マラド、43歳。写真も付いてるけど、人当たりのよさそうなおじさんにしか見えない。

 つかどうやって捕まえたらいいんだろ。相変わらず絶下手だし尾行とか出来る気がしないんだけど。普通に探して普通に捕まえたらいいのかな。あらかじめ拘束用の鎖か何かを用意すべきなんだろうか。それならゆっくり念込めておけるし。

 雑な計画を立てながら、パリストンさんからの依頼についても確認する。えー、りんご2個、グラニュー糖24グラム、シナモンパウダー少々、レモン汁お好みで、パイ生地4枚……おいこれアップルパイのレシピだろ。なに、何なの? 俺おちょくられてるの?

 思わず口元が引きつるのがわかった。アップルパイのレシピをどうしろと。作れってか。人を小馬鹿にした感のある人だけど、さすがにそれはないだろう。暗号か何かだと考えるべきかな。

 しばらく手書きの文面に目を落とすが、一体何が何を暗示しているのか、全く想像出来なかった。違和感を探そうにも、お菓子作りなんてしたことないから分量や材料が合ってるかどうかわからないし。りんごとパイ生地っていうのでなんとなくアップルパイかなって思う程度の知識だ。

 ここは、本来この仕事を受ける予定だった人に聞くべきだろ、うん。

 少しとは言え他に乗客もいるので、電話ではなくメールにした。レシピの内容と助けを乞う文面を送る。もし目的地付近まで来ても返事がなかったら電話しよう、と思っていると、五分ほどして返信が来た。ムジナさん暇そうだな。仕事しろよ。

『掲示板の位置と伝言者名』

 簡潔すぎる! もうちょい詳しく!

***

 リア市の警察署に着いた後、依頼証明書を見せて名乗ったら、ええ? コイツが? って顔で見られた。仕方ないよね。だってお手伝いに来た俺より現地の警官の皆さんの方がガタイいいもん。端から見た俺は社会見学に来た学生って感じだと思う。

 その上プロハンターじゃないってわかったらキレられそうになったので、「魔法が使えます」って言って警官が腰に差してた警棒をスペルで曲げたら許してくれた。器物破損とか言われないかドキドキしたけど大丈夫だった。

「ではよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

 警棒を曲げたのとは別の警官から区画名が記入された地図と無線を受け取る。A-4とかってやつ。捕まえたら無線で区画名を伝えるためだ。残念ながら、使う予定はないけどね。

 建物を出るとまず地図を確認した。

 ムジナさんいわく、暗号にレシピを使うのはよくあることらしい。そして今回のように誰かと接触する場合、足のつかない街の掲示板で連絡を取り合うとか。その場合レシピに出てくる数字は番地で、数字のない部分は連絡を取る際の名前になる。

 えーっと、掲示板の場所は2の24の……結構近いな。

 指定された掲示板を目指して歩く。街の掲示板なんて初めて聞いたんだけど、こっちでは一般的っぽい。

 そういえば昔テレビで世代別常識比較みたいな番組やってたけど、あれに駅の掲示板って出てたなー。携帯なんかない時代に、待ち合わせ時間書いたりするやつ。不便すぎだろって驚いた覚えがある。ロマンはあると思うけどね。

 歩きながら街の様子を見ると、連続殺人鬼がいるとは思えないような賑やかさだった。汽車に乗ったときはどんどん何もなくなっていったからどれだけ田舎に行くのかと思ったけど、着いてみたら意外にも大きい街だ。街と街の間に何もないところが多いらしい。いかにも開発途中って感じ。狭い島国である日本から出たことがなかったからわからないけど、広い大陸だとそういうものなのかもしれない。

 しばらくすると、大きい通りから広場のような場所に出た。五本ほどの通りが合流しており、出店のようなものが並んでいる。たぶん市場かな。人もすごく多い。

 うーん、27人も死んでるのにと思ったけど、街の人口を考えたら関係者以外には大した数字じゃないのかも。恐ろしいな。

 一番開けた場所に目的の掲示板を見つけたので、人の波を避けながら近づいていく。

 えーと、『先に行きます』、『30日に会いたいな』、『たあくん大好き』、おいこれ連絡事項じゃないだろ。リア充爆発しろ。チョークで書かれたそれらを手で擦り消してやりたくなりながらも、それらしきメッセージがないか探す。……あ、これだ。

『1.9/1-201 シナモン』

 たぶんここで待ってるって意味で、また番地だろう。最後のは部屋番号っぽいからマンションかホテルかな。区切りが変なのは他の人に意味を読まれないようにするためだろうか。しかしこの街、予想外に広いし人も多いぞ。ベニグノ探すの大変そうだなあ。

 また地図を見ながら次の目的地へ向かうと、明らかに表通りとは違う雰囲気の路地へと入らなければならなくなった。何度も地図を確認するが、この路地で間違いない。恐る恐る、昼だというのに薄暗いそこへと足を踏み入れる。

 これっていわゆる裏通り的なあれだよね。いかにも犯罪が起きそうな……そういえば被害者のほとんどはギャングくずれみたいな人なんだっけ。こういう道で殺されてるのかも。

 サスペンスものなら確実に後ろから殴られて頭割ってるな俺、と思いながら薄暗い通りを歩いていくと、指定の住所と思わしき地点まで着いた。少し辺りをうろつけばそれらしきアパートを見つける。こう言ってはなんだが、非常にボロい。そして薄汚い。まあ裏通りに突然綺麗で立派な建物があったら変だけどね。

 他に部屋番号の必要そうな建物は見当たらなかったので、錆びついた扉に手をかけた。中を覗くと裸電球が申し訳程度に廊下を照らしている。今度はホラー色が強まってきたな。

 軋む床板を気にしながらも、201号室の前まで特に問題なく辿り着きホッとする。一応ノックをしてみたけど、返事はない。ドアノブを回すと鍵が開いていたので、そのまま中に入った。

 ボロい部屋の中は埃っぽく、人は住んでいなさそうだ。家具もほとんどない。部屋の真ん中に椅子があり、そこにこちらを向く形で座っている人物がいた。フードを被っているから顔がわからないけど、体格を見る限り男だ。結構がっしりしている。

 え、この人がシナモン? シナモンって体じゃないだろと思いつつも、後ろ手に扉を閉めて声をかける。

「……シナモンさんですか?」
「ああ」

 俺の呼びかけに、男が顔を上げた。なんとフードの下はマスクにサングラスまでしており、髪の毛一筋すら見えない。とりあえず、シナモンって声ではないことだけがわかった。思わず笑いで唇が歪みそうになるのを堪える。ちょっと震えたけど許して欲しい。

「ベニグノを捕らえたらここに連れて来てくれ。あとは俺が手配する」

 かっけー。かっこいいよこの人。なのにシナモン。いや人の名前を笑うなんて最低だ。でもこれたぶん偽名でしょ? この人のセンスだよね?

「警察にはなんて言えばいいんですか?」
「何も。そのまま帰ってくれて構わない。それも含めて俺の仕事だ」

 俺はバックレか……バックレ、ダメ。絶対。今回は本来の仕事がこっちだから仕方ないけどね!

「基本的に裏通りを使えば警察には遭遇しないし、気絶した人間を引きずっているのを見て通報するような奴もいない」

 裏通り治安悪すぎだろ。警察仕事しろよ。完全に住み分けってことなのかな。

「逆にベニグノは裏通りを好んで使う。表に逃げられないよう気をつけさえすればいい」
「なるほど、ありがとうございます」

 確かに、人混みに紛れられたら見つける自信ないな。気をつけないと。

***

 シナモンのアドバイス通り、いかにもな裏通りを選んで歩きまわる。ていうか鎖とか縄がその辺に落ちてないかなー、マジで。なんだかんだ言いつつ買ってない。どこに売ってるかわかんなかったってのもある。

 今更だけど、普通に警察署で手錠貸してもらえばよかったんじゃない? ベニグノが念能力者だったら手錠も意味ないけど……いや、よく考えたらキルアとかゴンとか非能力者の時点で馬鹿力だったな。まあいいや。俺の仕事はシナモンにベニグノを渡すところまでだし、その後移送中の逃亡対策はシナモンがするだろう。

 そもそも警察からベニグノ横取りした後どうするんだろ。まさか逃がすわけではないと思うけど……わざわざ横取りするんだから、何かに利用するんだろうな。

 それにしても、薄暗いとはいえ一応昼間なのに、裏通りには人っ子一人いない。狙われるのが裏通りの人間ばかりだからなのか、単にこういうところにたむろするタイプの人は夜型なのか。絡まれちゃうタイプの俺にはありがたいけど。

 しばらく歩き、ふと人探しに最適なものがあったことを思い出した。円だ。

 何よりもまずオーラ量の増加と発だってことで一年半近く堅以外の応用技使ってなかったけど、今こそ使うべき時じゃない? なんで普通に足で探してるんだ。しかも修行についてムジナさんに聞きたいこといろいろあったのに、それも聞けずじまいで仕事に来てしまった。

 まあやってみても損はないだろ、とオーラを広げてみる。が、予想外の難しさに足を止める。おそらく纏と練の応用技だろうからいけると思ったんだけど、堅とは全然違う感覚だ。オーラを薄く広げるのが難しい。立ち止まっても思うように扱えないオーラに、自然集中が途切れてくる。

 そういえば俺、薄くする系は苦手なんだった。時間の無駄だな。やめよ。

 そう思い円もどきを解こうとした瞬間、背後で何かが引っ掛かった。慌てて後ろを振り返る。

「…………」
「やあ」

 背後には男が立っていた。肩を叩こうとしたのか、腕をこちらに伸ばした状態で止まっている。振り返った瞬間は驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔を作った。

「こんなところでどうしたんだい? ここは物騒だよ。最近は特に、連続殺人鬼がうろついているらしいからね」
「人を探してて」

 短く切られた黒髪、垂れ気味の青い目。当の連続殺人鬼ベニグノだ。鎖も何もないけど、尾行の出来ない俺では今捕まえるしかない。

「ベニグノ=マラドさんですよね?」

 尋ねた瞬間、ベニグノはズボンの後ろに手を回して踏み込んできた。一気に溢れる殺気に毛穴が開く。

 体を左に逸らすことで上から振り下ろされる物を避ける。軌道を見切ってから確認すると、なんと肉切り包丁だった。いやそれ普通に持ち歩く物じゃないだろ……! 小指を切断されるイメージが一瞬で頭を過ぎる。

 包丁の背が襲ってくるのを屈んで避け、そのまま転がるようにして脇をすり抜けた。

 動きは天空闘技場の選手よりも速い。包丁を持ってるけど、叩き斬ることにこだわらず、鈍器として使うスキルもある。幸いにもパリストンさんの言う通り非能力者だったけど、普通に強いよ! 危ないよ!

「その身のこなし……何者だ?」

 猫を被っていたのだろう、ベニグノの口調が変わった。顔つきも人の良さそうなものから歪なものに変わる。戦闘狂……ではないかな。なぶり甲斐があると言ったところか。

「仕事中の魔法使い」

 挑発のつもりで言ったんだけど、俺の言葉にベニグノは馬鹿にしているのかと怒り出すようなことはなく、逆に笑みを深くした。

「魔法使いを殺すのは初めてだ」

 縛る物がないなら昏倒させるしかない。笑いながらこちらに向かって来たベニグノに向けてオーラを放つ。

「『轟雷』!」

 昏倒させるには電気が一番確実……だと思う、たぶん。ほら、スタンガンでビリビリとかあるじゃん。特に俺の場合大した電圧にならないし、危険も少ない気がする。ショック死なんかしないでね、と祈りながら使う。

 ちなみに俺はキルアと違って生まれたときから電流を浴びたりはしていないので、体から放したオーラをスペルによって性質変化させる形になる。でないと自分も感電しちゃうし。

「グッ……」

 バチっと静電気が起こったときのような激しい音がして、ベニグノが手首を押さえて呻いた。

 いいぞ、そのまま気絶……

「なんだ今のは?」

 あれえ!? 電圧が弱かったのかな?

 ショック死どころか気絶すらしなかったので、今度は装飾付きで唱えてみる。

「『万雷』! 無数の火花がお前を襲う!」
「グアッ!?」

 俺の発はスペルの文字数以外にも、そのスペルを装飾する文による効果増幅が出来る。その法則通り、先程よりも激しく痛そうな音が響いた。にも関わらず、気絶しそうな様子はない。あれれー。

「クソッ」

 ベニグノは大きく舌打ちすると、持っていた肉切り包丁をこちらに向かって思いっきり投げてきた。回転しながら凄い速さで迫る包丁をほぼ反射で避ける。するとベニグノは俺の横を素通りして走り去った。予想外の行動に思わず声が漏れる。

「ちょっ……」
「お前の相手はやめだ! あばよ!」

 壁に刺さった包丁を通り際に抜きながら、ベニグノが叫んだ。

 えええ、ついさっきまで殺す気満々だったじゃん! 逃げんのかよ! 戦略的撤退ってやつ!?

 慌てて追おうすると、ベニグノが曲がりかけた路地から人影が現れた。ベニグノも人影に気がついたらしく、包丁を振り上げる。

 それが誰なのか悟り、サッと血の気が引いた。

「待て! 殺すな!」

 ベニグノが一瞬こちらを見て口元を歪める。馬鹿、お前じゃない!

 正確にベニグノの顎の下へと向けられていたナイフは、直前でその切っ先を翻した。柄で顎を強打する音が響く。包丁を振り上げ笑ったままの状態で、ベニグノは仰向けに倒れた。

 なんでまたこんなところに……つか、あっさり昏倒させやがって。俺全然出来なかったのに。

「偶然だな、アカル」

 ベニグノを昏倒させた人物――クロロはよく通る声でそう言った。


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