ロマノン | ナノ

21


 ムジナさんに押し付けられたのは、手紙を運ぶだけの簡単なお仕事というやつだった。笑顔全開で「ね、簡単でしょ?」と言われたが、ならば何故自分でやらないのか。答えは一つ、渡す相手が面倒極まりない人物だからである。

***

 俺は今、ハンター協会の本部まで来ていた。ハンターではない俺が何故こんな場違いなところにいるのかというと、手紙の受取人がハンター協会のお偉いさんなためだ。

 ライセンスを持っていない俺は、建物に入ってすぐのところにある受付で足止めされた。ここから先は正式なハンターのみが入れるとのことだ。仕方ないので用件の伝言と呼び出しを頼み、エントランスホールに並ぶソファに座って待つこと30分。奥から現れた長身のシルエットに、思わず眉根が寄りそうになった。

「いやーお待たせしました、申し訳ありません! ムジナさんの代理の方ですね?」
「……はい」

 実は、宛先を聞いたときから嫌な予感はしてたんだよね。聞き覚えのある名前だったからさ。でも一年以上も前の記憶だし、レギュラーメンバーとは言えないキャラだったから気のせいかもと自分を慰めていた。

 でもやっぱり俺この人知ってるよ! 30巻で見た新キャラ。初登場したその回にジンを脅してた人だ。ウザいの代名詞みたいな人!

「ボク、ハンター協会副会長のパリストン=ヒルと申しますー」
「あっご丁寧にどうも。ムジナさんの代理で来ました、アカル=フジサキです」

 座ったまま手で顔を覆ってしまいたい気持ちを抑えて腰を上げ応対しようとするが、こちらが名乗る前に笑顔で名乗られてしまった。目上の人から先に挨拶されたことに内心焦りながらも、挨拶と同時に渡された名刺を両手で受け取る。名刺には、えーと、これ箔押しって言うんだっけ? ハンター協会のロゴらしきものが大きく箔押しされていた。あまりの豪華さに「この名刺一枚いくらくらいするんだろ」と思考が逸れる。

「アカルさんですかー。あのムジナさんが代理に立てるなんて、とっても信頼されてるんでしょうね!」

 いや、あれは単に「嫌いな奴に会いたくない」って顔だった。頭に浮かんだムジナさんの表情に本来の目的を思い出し、鞄から手紙を出す。

「わざわざ来ていただいてすみません。これがそうです」
「いえいえ、仕事ですから。アカルさんもご苦労さまですー」

 手紙を渡そうとすると、パリストンさんはわざわざ腰を屈めて下から受け取った。

 この人めちゃくちゃ下から来るなあ……本来俺が取るべきであろう態度をされると皮肉られているような気分になる。ちゃんと出来ない俺が悪いんだけどさ。社会人経験ゼロなんです、ごめんなさい!

「どうぞおかけになってくださいー」
「あ、ありがとうございます」

 これぞ貼り付けた笑み、といった表情でソファに座り直すよう勧められる。これだけあからさまな作り笑いなのに、何を考えているのか全く読めないってすごいと思う。あえてわざとらしくしているんじゃないかとすら感じるな。

 自分もソファに腰かけると、パリストンさんは真っ直ぐこちらの目を見ながら半月型に口を開いた。

「アカルさんはライセンスを持っていらっしゃらないんですか?」
「ハンター試験受けたことないので」
「アマチュアの方ですかー、でもアカルさんならきっと受かりますよ! お強そうですものね! 残念ながら今年の分は終わってしまいましたが、来年受けてみては?」

 怒涛の社交辞令。アマチュアっていうか、そもそもハンターじゃないけどね。一応来年試験を受けるつもりではあるけど。

 しかしこの人も目が笑わないな。クロロとどっちがマシだろう……表情との落差がある分、この人の方がひどい気がする。確かこの人って頭いいんだよな? しかも悪い方向にそれを利用してる風な描写があったような。あんまりぺらぺら喋らない方がよさそう。

「考えておきます」

 とりあえず否定も肯定もせずに流すことにした。本気で社交辞令だったのだろう、パリストンさんもそれ以上掘り下げることなく本題に入る。

「ではお手紙を読ませていただきますので、そのままお待ちください」
「はい」

 パリストンさんは、ムジナさんからの手紙を相槌を打つように頭を上下させながら読んだ。いちいちわざとらしいと感じてしまうのは原作知識が生み出す偏見だろうか。

 まあ、様になってるんだけどね。イケメンめ! どうせ世界は顔面格差さ!

 俺が世の中の不条理を嘆いていると、輝かんばかりの笑顔でパリストンさんは顔を上げた。その白い歯の間から発せられた言葉に耳を疑う。

「結構です! 正式にムジナさんの代理とのことで、これからよろしくお願いします!」

 はい? 余計なことは言わないでおこうと思った途端これだよ。話について行けない。これから? よろしく?

「えっと……話が見えないんですけど」
「おや、何も聞いていらっしゃらない? 協会からの依頼を、ムジナさんの正式な代理人として受託していただけるとのことですが」

 初耳ですけど?

 俺の困惑などどうでもいいのだろう、パリストンさんはそのまま立て板に水もかくやな勢いで喋り始めた。

「ボクらハンター協会では国や市単位での依頼を受けさせていただいてるんですが、それをアカルさんに達成していただきたいんです! アカルさんはプロハンターではいらっしゃらないので直接報酬を渡すことは出来ませんが、そこはムジナさんとご相談くださいね。また、同様の理由でアカルさんご自身で受託出来る依頼の難易度は制限されますのでご了承くださいー。裏ワザとして、ムジナさんが受託したものをアカルさんがこなすことも可能ですが、その場合も報酬・実績共にムジナさんのものになりますことをご理解くださいね! あとこれボクが話したって言わないでくださいねー、あくまでも裏ワザですから! さらに、あ、仮定の話なので気分を悪くなさらないでくださいよー。もしもアカルさんが依頼を失敗した場合ですが、ムジナさんがご自身で直接その挽回をするか、実績に傷を残すという形で責任を負うかもあらかじめご相談しておくことをおすすめいたします! 残念ながらアマチュアであるアカルさんに責任の所在を置くことは出来ませんので! もちろんアカルさんの実力がプロと比べて遜色ないことはこちらも重々承知しているのですが、何分ハンターという身分が皆様の信頼で成り立っているものですので……以上、ご理解ご同意いただけましたらこちらの誓約書に署名をお願いします! ちなみに今言った内容はそのまま記載されておりますので、今一度確認したい場合は誓約書をご覧ください!」
「は、は、はい……」

 なっげぇぇぇぇぇ! ノンブレスで言い切ったよこの人……ていうか、誓約書に書いてあるなら無理に一度で言わなくてもよかっただろ。めちゃくちゃ頑張って聞き取ったわ! なんとなくウザい気がするのは思い込みによるものかと思ってたけど、これは気のせいではないと確信した。やっぱりウザかった! 短気なムジナさんではこの人の相手は無理だろうな。

 そもそも今更な話、代理人として契約するだなんて聞いてないんですけど……手紙を届けるだけの簡単なお仕事じゃなかったのかよ! ムジナさん俺のこと騙したの!? と心の中で叫んでいると、想像上のムジナさんが「世の中キミが思うほど甘くないよ」と言ってきた。

 ……言いそー。

 仕方ない、いい加減脱ニートすべきだしな……たぶんこれって、割と新しめの巻でチラッと出てきた協専ハンターの契約だよね? 腰抜けとか言われてるくらいだし危ない仕事は少ないだろう。しかもわざわざ難易度下げてくれるらしいし、割といい条件かも。

 目の前でニコニコと微笑むパリストンさんを上目使いに見る。目が合うとさらに笑みを深くされた。……この人が上司っていうのがいまいち不安だけど。

 ため息をつきたいのを我慢しながら、パリストンさんが言った内容(裏ワザ除く)プラス命の危険云々について書かれた紙、誓約書にサインする。死んでも文句言いませんってやつね。文句言うよ、超言うよ!

 俺が名前を最後のスペルまで書き終えるのを見届けてから、パリストンさんは口を開いた。

「では早速ですが、今回の依頼のお話を致しますね!」

 え、まだ本題に入ってなかったの。今日は契約だけじゃないんですか。いや誰もそんなこと言ってないけどさ。俺の希望だけどね。しかもパリストンさんが依頼の説明するの? 契約はまだわかるよ、責任者だからとかさ。依頼の話は普通下っ端というか、それこそ受付みたいな人がするんじゃないの? それとも今回は契約ついでだからとか? いや、いいけどね別に。

「アカルさんには危険犯罪の被疑者逮捕代行をしていただきたいんです」
「危険犯罪……」

 話された依頼の内容に、今までなんとか取り繕ってきた表情が今度こそ完全に固まるのがわかった。命の危険もないってムジナさん言ってなかったっけ……ムジナさぁぁぁん!

「あ、危険と言ってもあくまでも警察ではというだけですので、おそらくアカルさんならぱぱっと出来ちゃうと思います!」

 いやいやどこからその俺への信頼が出てくるんだよ絶対適当に言ってるだろ、とパリストンさんの変わらない笑顔を凝視していると、今まで瞼を閉じること以外で逸らされたことのなかった視線が、ゆっくりと左下に逸らされていった。

「犯罪者のほとんどは非念能力者ですのでアカルさんほどの実力者なら問題ありません。ごく一部例外もいますが、まあまず当たらないので!」

 視線の先を辿ると机の上で軽く握られたパリストンさんの右手に行きつくが、その光景に違和感を覚える。反射的に凝をすると、右手から伸びたオーラによって『捕縛後指定時間・指定場所に連行』という文字が形取られているのが見えた。

「仮に達成不可能だと感じた場合はそちらの窓口にて依頼破棄の手続きをなさってくだされば結構です」

 俺が読むのを待っているのか、少しの間を置いてからオーラの形が変わる。『指定事項については現地で接触あり』。……おそらく、国や市単位での依頼とやらは口頭で述べているもので、パリストンさん個人からの依頼がオーラの方だろう。逮捕代行って言ったら身柄は警察に引き渡すのが普通だと思うけど、それをせずに連れて来いってことだ。

 右手側は壁、反対には植木があり、後ろからはパリストンさんの体でオーラの文字は見えない。前には当然俺がいる。なるほど、わざわざパリストンさん自ら話をした理由がわかった。

 文字に落としていた視線を上げる。底知れない瞳と目が合った。

「受けていただけますか?」

 ムジナさんは仕事をするように言った。その相手がこの人であることもわかっている――受けるしかないだろうな。

「わかりました」
「ありがとうございます! いやー、助かります。頑張ってくださいね!」

 二重の意味で了承の意を伝えると、パリストンさんは無駄に白い歯を見せて笑った。全体的に輝きすぎだろ。同じイケメンの笑顔でも、常に輝いていると照れることもなく微妙な気分にさせられる。やっぱりギャップが大事ってことなのかな。

***

 その後依頼について詳しい資料の入った封筒を渡され、すぐに協会を出た。すると着信の入ったらしい携帯が軽快なメロディを奏ではじめる。

 やべ、音切ってなかった。話の途中で鳴らなくてよかったー。笑顔でものすごい圧かけられそうだよね! しかしすごいタイミングだな。

 ディスプレイを見ると、着信はヒソカからだった。……運命感じたくない。とはいえ出ないわけにもいかないので通話ボタンを押す。

「はい」
『メール見たよ。どういうことかな?』

 うおっ、もしかして怒ってる? 「やぁ」がないし、声もちょっと怖い。

 ちなみにメールとは『師匠が迎えに来たので天空闘技場の登録消します。さよなら』というものである。無断で消えたら怒られそうだから一応教えておいたのに、結局怒ってるし。

「どういうことって……そのままだよ。元々好きであそこに居たわけじゃないし」
『そうなんだ?』

 いや、見たらわかるだろ。あからさまにやる気なかったじゃん俺……と言おうとして、そういえば「用事があるから仕方なく試合を引き伸ばしてるんだー」みたいな言い訳をしていたことを思い出した。それでヒソカとの試合も延ばしたし。いらない火種を放り込むところだった、危ない危ない。

「うん。元は師匠のところで暮らしてたんだけど、師匠に長期の仕事が入っちゃって。住むところなくなったから修行ついでに期間限定でって感じだったんだよ」
『へえ。これからはどこを拠点にするんだい?』
「また師匠と一緒に暮らすけど、場所とか周りの人に教えちゃだめって言われてるから」

 嘘、言われてない。けどたぶん教えてもいいか聞いたらそう言われると思う。まあいいって言われても教えないけどね!

「とにかく、俺これから仕事だから」
『仕事してたんだ』
「……今日就職した」

 俺の歯切れの悪い返事を聞いて、電話の向こうでヒソカが喉を鳴らして笑っているのがわかった。ムカつく。

『ま、師匠の言うことじゃ仕方ないか。いい子にしてるんだよ』
「お前は俺の何だよ」

 思わず素でつっこんでしまった。気持ち悪すぎる。いい子って! いい子にしてるんだよって!

『いい師匠なのはキミを見てればわかるし……もっと強くなって欲しいからね』

 電波を通して聞こえた言葉に、携帯を持つ手の親指が激しく痙攣した。危うく電源ボタンを押すところだった。今の衝動を抑えるなんてすごいな俺。

 もっと強くなったらどうするんです? 収穫されちゃう感じ? 自分で言ってて震えが止まらないわ。確かに俺青いのは青いだろうけど、赤くなってもおいしくないから! スカスカだよきっと!

 叫びだしたい衝動を抑え、なんとか平静を装った声を絞り出す。

「あの、本当に、もう仕事だから」
『バイバイ』

 別れの言葉を聞いてすぐに電話を切った。全身総立ちになった鳥肌を両腕で強くさする。

 マジヒソカ気持ち悪い! 普段は割とまともなのに! 意外にも! 本当に意外だけど!

 ヒソカと細いながらも付き合いが出来てしまってからわかったのは、奴は戦闘が絡まなければ比較的常識人だということだった。残念なイケメンとはまさしくヒソカのことだろう。戦闘狂(それも重度の)でさえなければ……この際あのピエロスタイルには目をつぶる。どうせこの世界には素でコスプレめいた格好の人なんかたくさんいるし。

 それにしても、騙し討ちみたいなノリで仕事先紹介されるし、上司はめちゃくちゃ胡散臭いし、ヒソカには気持ち悪いこと言われるし……なんか幸先悪いよ。しかもヒソカの声聞いてすっげー運気下がった気がする。さすがに偏見か。


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