ロマノン | ナノ

20


 俺のこの一年の成果の話が終わると、店長は買い物に出かけてしまった。今日はここで晩ご飯を食べるつもりらしい。

 俺も一緒に行こうとしたんだけど、ムジナさんの「他に問題はなかった?」という言葉に、いろいろ聞きたいことがあったのを思い出した。店長の前では聞きづらいこともあるし、今のうちに聞いておこうかな、とネトゲ用ハイスペックパソコンを興味深そうに眺めるムジナさんに声をかける。

「あの、クロロ達に会ったんですけど」

 そう言うと、ムジナさんを纏う空気が一瞬だけピリッと張り詰めた。なんか俺まで緊張しちゃうんだけど。ていうか本来この話ってムジナさんから聞いてくるべきことじゃない? 俺の修行話より先にさ。

 力加減を間違えてマウスを握り潰されてはたまらないので、パソコンの前ではなくソファの方へ座ることを勧める。無事ポジション交代が済んでから話を切り出した。

「えーと、まず、結論としては依頼破棄してくれました。元々乗り気じゃなかったところに、俺が幻影旅団のメンバーの一人と仲良くなったことで見逃してもらったって感じです」

 俺の話を聞くムジナさんの表情は、納得しているようでも、していないようでもあった。何を考えているのかが全く読めない。相槌どころか何の反応も返さないムジナさんの横顔を見つめながら、ずっと聞きたかったことを尋ねようと続きを話す。

「で、そのときいろいろびっくりするような話を聞いたんですけど」
「……何?」

 聞いていいのかな、また流されちゃうかな。

「ムジナさんが元男だって……」
「あー、はいはい」

 軽っ! いや、軽いだろ! 「なんだ、その話ね」みたいな顔してるけど、結構重要な話じゃない!? あしらうように右手をひらりと振る姿に愕然とするが、なんとか気持ちを切り替えて言葉を重ねた。

「あと、お二人が東ゴルドー共和国の軍人って本当ですか?」
「それに答える前に、こっちの質問にも答えて。誰と仲良くなったって?」

 そう言うとムジナさんはこちらに向き直った。かち合う視線の強さにたじろぎながらも、決して目を逸らさないよう意識して口を開く。

「シャルです」
「軍人とか性別の話は誰から?」
「シャルとクロロ……あ、その二人がここに来て依頼破棄の話になったんで」
「ふーん……シャルって子とはなんで仲良くなったの?」
「ネトゲで」
「は?」
「ネトゲで一ヶ月半もの間一緒に行動して行くうちに、お互いにとって掛け替えのないパ――」
「はいはい。なるほど? シャルって子は情報関係強いんだ」

 めちゃくちゃ被された。ていうか、「シャルって子」って……

「知り合いじゃないんですか?」
「前に来たのはクロロ一人だったから。ふーん。まあ、嘘じゃなさそうだね」

 そうだったんだ。シャルの口調的に知り合いなんだと思ってた。シャルが一方的にムジナさんのことを知ってたのか。

 先程とは打って変わって、納得したと言わんばかりの表情で姿勢を崩したムジナさんは、目を細めると吐息のような笑みを零した。

「ふふ」

 わ、悪い笑みー。俺の周り悪い笑みする人多すぎ! 思わず漏れたといった様子に内心身構える。

「な、なんです?」
「いい拾い物したなって」

 拾い物=俺ですねわかります。わかるけど、今の話に何がどう繋がってその判断に至ったのかは謎だ。説明プリーズ、と心の中で唱えていると、ソファに肘をついたムジナさんが意外そうな声色で言った。

「キミももっと喜びなよ。友達冥利に尽きるじゃない」
「へ?」
「そのシャルって子は情報処理担当でしょ? そりゃあ幻影旅団に所属してるんだから弱くはないだろうけど、メンバーの中では武闘派じゃないはず。だから最初のときも、二回目のときも裏方だけして表には出てこなかった。それが今回になって突然出てきたのは、その子が来たいって言ったんじゃない?」
「え……」
「キミのためでしょ?」

 ま、マジで!? 確かクロロに無理やりみたいな言い方だったと思うけど……え、どうなの? どこからが引っかけだったのかとか、もうわけがわからない。

「乗り気じゃない、大義名分もある、貴重な情報処理担当が嫌がっている。依頼破棄の理由として充分だね」
「大義名分……?」

 って何だ?

「幻影旅団は流星街が生んだ組織。流星街の住人にとって、同胞と外の世界の人間の価値は同一ではない。私が言うまでもなく、キミなら知ってるでしょ?」
「……あ」

 流星街出身の人間だと思われてるんだっけ。大義名分ってつまり、「同胞を殺さなければムジナ達にたどり着けそうにない」みたいな感じ? 「ムジナ達につくのが悪い」で一蹴されそうだけど、そこは本当に名分としてだけの理由付けって感じなのかな。

 流星街の仕組みについて考え込んでいると、ムジナさんがぽつりと零した。

「クロロは驚くくらい合理的思考の持ち主だね。組織の頭として理想だよ」

 クロロさーん、褒められてますよー。ムジナさんが突然クロロを褒めだしたのでびっくりする。なに、今どういう流れでクロロを褒める時間になったの?

 話の流れについて行けない様子の俺を見て、ムジナさんが唇の端を吊り上げた。

「なんで私が幻影旅団についてこんなに詳しいと思う?」
「え……」

 そういえば、確かに謎だな。なんでだろ。

「クロロが喋ったからだよ。幻影旅団は元々、流星街出身の人間で構成されてたって」

 そこまで聞いて、まさか、と思った。引き寄せられるようにして視線がぶつかる。

「まさか初めからこうなる可能性を見越してたってことですか?」
「正解。もちろん一番いいのは身内に被害を出さずに私を捕まえることだけど、それが難しいと悟って種を蒔いたんだろうね。正確にお互いの力量を測り、それによる利害得失まで見越した上で様々な選択肢を作っておく……くだらないプライドにこだわるタイプの人間には出来ない芸当だよ」

 賢いとか、そういう次元じゃないだろそれ。意味がわからない。ただ、俺は正確にムジナさん達と旅団員の実力差を測れるわけじゃないけど、蜘蛛の手足を失ってまですることじゃないって判断だったんだろうことはわかった。

 俺、絶対クロロと化かし合いしたくない。頭の出来が違いすぎる。何手先まで考えてんだよ、とクロロの頭の良さに呆然としていると、ムジナさんが「で、私達のことだけど……」と呟いた。

 はっ、本題! あまりのことに本題を忘れかけていた! 一気に引き戻される思考で目の前の人物を捉える。ムジナさんは、晩ご飯の献立を発表するかのような軽さで話し出した。

「まず、私が元男なのは本当。なんでかは秘密」
「うっ……はい」

 そう言うと思った。組み替えられる脚に視線を落としながら続きを待つ。

「軍人云々は私からは言えない。ウィルが帰って来てからね」
「あ、あと……」
「まだあるのー? 腹いせに個人情報ぶちまけて行ったとしか思えないな」

 正直、それもあると思う。クロロは思いっきり言ってやったって顔だったし。

「て、店長とムジナさんが親子だって」

 これ重要! 俺にとってすごく重要! 明らかに動揺しながら言う俺を見て、ムジナさんはニヤリと笑って肯定した。

「そうだよ?」

 て、店長が子持ち……いや、年齢的におかしくないけど、ちょ、ちょっとジェラシー。息子ポジションジェラシー!!

「ふふふ。がっかりした? 息子ポジション埋まっててがっかりした?」

 ムジナさんがねぇねぇ今どんな気持ち? のAA状態に見えるのは俺の被害妄想だろうか? 勝ち誇った笑みを浮かべている気がするのも被害妄想だろうか? 現実だとしたらムジナさんって結構なファザコンだよな。いや、あんな素敵なお父さんじゃファザコンにもなるだろうけどさ!

 とりあえず、その後は出来るだけ心を無にして店長が帰って来るのを待つことにした。しばらくしてノックの音とドアノブの回る音が部屋に響く。

「おう、帰ったぞ」
「おかえりなさい!」
「おかえりー」

 店長とビニール袋って一見ミスマッチなんだけど、内面から滲み出るお父さんオーラが絶妙に似合わせるんだよね。自分でも何言ってるかよくわからないけど、要は何しても素敵ってことだ。

 いまだ若干現実逃避モードに入っている俺を尻目に、ムジナさんが店長へ間延びした声をかける。

「ウィルー。バレちゃったよ」
「何がだ」
「いろいろ」

 店長と目が合う。いろいろでわかったらしい。すごいな。

「どの程度まで知ってんだ」
「詳しいことは……お二人が軍人で、親子で、ムジナさんが元男性だってくらいです」

 店長が買ったものを袋ごと机に置き、ひと息つく。

「ま、さわりだけか」

 そう言うと、店長は俺の方へ歩いてきた。そのまま頭に大きな手が乗せられる。

「お前が信用出来ねえから隠してたわけじゃねえ。余計なことを知ると危険だからだ」
「はい……」
「知りたいなら教えてやる。そのかわり一生俺達から離れらんねえぞ」

 なにそれプロポーズなの? 突然の嬉しすぎる宣言に目を輝かせた俺を見て、ムジナさんがため息をついた。

「その言い方じゃ喜ばせるだけだよ。要は、何かあったときにお互い影響が出る。いくら物理的に距離を取ろうとね。離れられないっていうのはそういう意味。一蓮托生ってことだよ」

 ムジナさんの発言も、俺にとっては店長の言葉とあまり変わりがない。一蓮托生、いい響きじゃないですか。一にも二にもなく「是非聞きたいです」と主張する。

「仕方ないなあ」

 なら話してあげる、と笑ったムジナさんは穴熊というより狐っぽかった。

***

「確かに俺達は東ゴルトー共和国の軍人だ。今は諜報・工作活動を担当している」
「元々は前線で戦うだけだったんだけとね。階級が上がっていくうちに役目も変わっちゃった」

 三人で食事をとり、片付けも済むと店長とムジナさんの身の上話タイムに入った。しかし新たに得られた情報は軍人以上に縁遠いもので、どんなことをするのかいまいちよくわからない。いわゆるスパイとはどう違うんだろう。

「マフィアに恨まれたのは、情報操作によってマフィア同士で潰し合いをさせたから。これはそのとき受けていた別の仕事を隠すためにやった。マフィアの潰し合いに世間の目がいくようにね」

 なんと。マフィア完全にとばっちり。恨まれても仕方ない感がすごいな。今まで勝手なイメージで言いがかり的な恨まれ方してるんだと思ってた。

「話してあげるって言ったけど、キミに聞かせられるのはこの程度なんだ。ごめんね」

 軍人で諜報担当って言ったら扱う情報のやばさもトップレベルだろうし、全然教えてもらわなくていいんだけど、それより何より、ムジナさんが軽くとはいえ謝った、だと……? ってそうじゃない。

「あの、個人的には国家レベルのやばい話より、ムジナさんと店長の関係について聞きたいんですけど」
「大した話じゃねえよ。血のつながった親子ってだけだ」

 いやっ、大した話ですよ!

「まあ……」

 ムジナさんが何かを言いかけたとき、プルル、と高い電子音が鳴った。開けていた口を閉じ、胸ポケットを探る。取り出した携帯の画面を見て、ムジナさんは顔を顰めた。

「電話」

 あ、それは見たらわかります。

 そのままムジナさんは携帯を持ってお風呂の方へ向かった。仕事関係かな。脱衣場の扉が閉まるのを確認してから店長に向き直る。

「あの……ムジナさんって息子さんだったんですよね?」
「ああ」
「女性になって、びっくりしませんでした?」
「まあ驚いたな」

 おお……そらそうだよな。今の泰然とした様子からは全く想像出来ないけど。

「だがよくよく考えてみたら、理由もなく年寄り子供を殴るような屑になったってんならともかく、誰に迷惑かけてるわけでもねえ。騒ぐほどのことでもねえなと思い至った」

 た、確かに……! 言われてみればそう……かも。いや、どうだろ。俺物事のジャッジがかなり店長寄りだからな。そうでもないような気もするけど、なんか説得力があるように感じてしまう。

「それに俺はあんまいい父親じゃなかったからな。俺に出来るのはアイツがどうなっても受け入れてやることだけだ」

 サラッと言われた内容に驚く。店長がいい父親じゃなかったら世の中のお父さん達はどうなるんだと思ったけど、過去形だし昔はいろいろあったのかもしれない。

 それでも、少なくとも今は違うだろう、と確信を持って言える。無意識に笑みの形になる口元はそのままに、溢れる思いを口にする。

「でも、ムジナさんってファザコンですよね」
「……そうか?」
「俺の前ではそうですよ」

 店長は俺の目を数秒見つめた後、ポンポンと頭を叩いてきた。店長の大きい手のひらで視界が遮られて、今店長がどんな表情をしているのかわからない。わからないけど、悪い意味で隠しているとは思えないので、より一層にやにやしてしまった。店長からも俺の表情は見えないのでにやにやし放題だ。

 少しして、苦虫を噛み潰したような顔をしたムジナさんが戻ってきた。同時に店長が手のひらを頭の上から退けたので、急いで顔を引き締める。ムジナさんは何やら考えこんでいる様子だ。

 ふと、ムジナさんの意志の強そうな瞳と目が合った。……何故だろう、嫌な予感しかしない。

「アカル」
「はい」
「キミ今収入ないでしょ? 仕事紹介してあげる」

 ムジナさんはこれでもかというくらい、ニッコリと笑みを貼り付けて言った。作り笑いです、と顔に書いてあるタイプの笑みだ。 内容も聞かないうちからこんなにも不安な気持ちにさせられる仕事紹介がかつてあっただろうか。いや、ない。括弧反語。

「ちなみに、どういうお仕事で……?」
「大したことじゃないよ。簡単だし、命の危険もない」

 どう考えてもさっきの電話と関係のある仕事で、携帯のディスプレイを見たときの顔や戻ってきたときの表情を鑑みれば、面倒な仕事を押し付けられているとしか思えないんだけど。

「一蓮托生って言ったでしょ? 晴れて関係者になったんだし、手伝ってよ」

 先程とは随分意味合いの違う一蓮托生の使い方に、軽く眩暈を覚えた。一蓮托生は面倒事を押し付けるための便利な言葉じゃないですからね……!


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