ロマノン | ナノ

19


 正月早々アレな事件もあったけど、その後は特に問題なく過ぎた。年末に一気に知り合いが増えて、年始にその人達の前で醜態をさらすってなかなかひどい話だと思う。この歳で黒歴史増やすとかもうね……あ、駄目だ、沈む。あまり考えないようにしよう。うん。

 ちなみに、去年増えた知り合いの一人であるヒソカとはメル友のような関係になっていた。ヒソカが限りなく暇なときにメールを送ってくるので、それに俺が返信するという形だ。俺から自主的にコンタクトをとったのは、メアドを半強制的に渡されたその日に社交辞令として「これからよろしく」と送った一通のみ。ほら、俺忙しいし。

 そのヒソカは今、ハンター試験に行っている。例の、試験官半殺し事件の年だ。

 一緒に行くか聞かれたけど、丁重にお断りしておいた。ほら、俺忙しいし。特にお正月はお年玉として獲得熟練度二倍キャンペーンするって告知あったからね!

 とっくにレベル完ストした俺にとって、経験値は無用の長物だ。必要なのは技能レベルを上げるための熟練度! これを完ストするのに二年かかると言われている! まあ俺は課金アイテム使って時間短縮してるけど。お金って素晴らしい。

 そんなこんなでネト充しながらムジナさん達を待つこと二週間。俺は基本的に他の面子に合わせて行動するので、周りが夜型活動時は昼に修行、朝型活動時は夜に修行、という生活サイクルを送っていた。

 それとは別に、ネトゲ中にながらで修行したりもする。ながらって言うと集中してないとか、適当にやってるみたいなイメージを抱きがちだけど、同時に複数のことを行うのはいい修行になる。特に、俺みたいに純粋なパワーより戦略性が重要になるタイプだと、情報処理能力を上げる意味でながら作業は有効だ。

 最近皆が夜型なので昼に修行をしていると、部屋の扉がノックされた。悲しいかな、拠点としている場所に人が尋ねてくるという状況からロクなことになった試しがない。いい意味半分、悪い意味半分でドキドキしながら扉へと向かう。ヒソカがもう帰ってきたのか? それとも待ちに待ったムジナさん達か?

 扉の向こうにいたのは、この一年間待ち望んだ人達だった。

「店長……! ムジナさん……!」
「や、久しぶり」
「元気にしてたか」

 懐かしさすら感じる姿に、ぶわっと涙が滲むのがわかった。店長の深みのある渋い声久しぶりに聞いた! 惚れる! 感動して思わず抱きつきそうになるけど、店長の前にはムジナさんが立っているので無理だ。

 くっ……相変わらずのディフェンス!

 いいや、ムジナさんごと抱きついてしまえ! とそのまま抱きつこうとしたら片手で止められた。相変わらず見た目にそぐわない怪力。ビクともしない。

「……なんか、しばらく見ないうちに押しが強くなったね」

 こちらの動きを封じたまま、冷ややかな目で言われる。あっ、その顔傷つく。正月に付いた心の傷が疼いちゃう。周りに押しの強い人しかいないから影響されたのかも。

 立ち話もなんなので、とりあえず部屋に入ってもらった。この部屋には店長が座れる椅子がないため、ベッドに座ってもらう。ムジナさんは普通に椅子で大丈夫だ。なんかもう、店長に対する椅子のサイズの小ささとか、そこに普通に座れちゃうムジナさんとの体格差とか、一つ一つのことが嬉しくて堪らない。店長久しぶりすぎてテンション下がらないんだけど……!

「お、お仕事終わったんですか?」

 高鳴る胸を押さえながら二人へ視線を送る。すると、店長もこちらを見ていた。その事実にときめかずにはいられない。ベッドの横に一人掛けソファを移動させたムジナさんが、長い脚を組みながら言う。

「とりあえずはね。それより、ちゃんと修行してたみたいだね」
「えっ?」
「だな。随分とオーラが洗練されている……頑張ったな」
「…………っ!」

 かけられた言葉の温かさに、一度締まったはずの涙腺が再び緩んだ。俺、このときのために頑張ってきた、本当に! 店長に頑張ったなって言ってもらうために頑張った!! 幸せすぎて怖い。まさか幻覚か? と頬を抓る。痛かった。

「……相変わらず変な子だね」

 まあいいけど、と呟くムジナさんも心なしかいつもより穏やかだ。ムジナさんの呆れ顔も久しぶり! なんか嬉しい! って自分でもどうかと思うけど!

 感動の再会とはまさにこのこと、と感慨に浸っていると、ムジナさんが笑顔で思いがけない質問をしてきた。

「で、人を殴れるようになった?」
「へ?」

 人を殴れるように??? 突然何て物騒なことを聞いてくるんだ。穏やかだと思ったのは気のせいかもしれない。俺の中で懐かしさ補正がかかってただけかも、と無駄に綺麗な笑顔で尋ねられた内容の物騒さに戦慄いていると、俺と同じくらい驚いたらしいムジナさんが眉を顰めた。

「へ? って……え、ここまで上がってくるのにどうやったの? 発使ったら相手死ぬでしょ?」
「はい! そう思ったんで、近接物理攻撃を反射する性質を持つようにオーラを変化させて、カウンターで倒……し、ました……」

 あ、あれー。ムジナさんの顔が怖くなっていくよー。割とどや顔で話し出した俺に対して、ムジナさんの顔には思いっきり「はあ?」って書いてある。眉間の皺が深くなるにつれてオーラが波打つように揺らめくのがわかった。肌を刺すそれに、後退りたいのをグッと堪える。

「信じられない……一度も素手で攻撃してないの?」
「ま、魔法使いですから!」

 素手!? 素殴り!? 前から言ってるじゃん、全部魔法使いをイメージして作った能力だって! 内心かなり気圧されながらも、そこだけは譲れなくて震えた声を上げた。今になって突然言い出したわけじゃないんだから、そ、そんな顔しないでください。

 荒ぶる神に祈るような俺の気持ちが伝わったのか、ムジナさんは一旦ざわついたオーラを落ち着かせてから言った。

「殴り合いの喧嘩もほとんどしたことないような人間だって言うから、試合で度胸付けさせようと思ってたのに……キミ、ここにいる意味の半分を失ってるんだけど」

 マジすか。つかそういう思惑があってこんなとこに送り込んだのか。今更ながらに納得。

 俺の様子を見たムジナさんは、呆れたような脱力したような、何とも言えない表情になった。そんな俺達の様子を見て、黙って話を聞いていた店長が口を開く。

「自分から攻撃するのにも度胸がいるからな」

 確かに、そういう意味では明らかに格上の相手はやりやすいんだよね。思いっきり出来るから。ヒソカの腕が飛んだときはアドレナリン出まくってた上、トラウマになりそうな程ヤバい顔をされたから、『自分が人を傷つけた』という事実はそんなに気にならなかった。ある意味いい経験……でもないな。
 
 俺がこの一年一度も素殴りしてなかったことがよほどショックだったらしく、ムジナさんは下を向いて手で顔を完全に覆ってしまった。

「……200階での戦績は」
「い、一勝三敗です」

 絞り出すような声に、ちょっと申し訳ない気持ちになる。『素殴りしない』だけは絶対に譲るつもりないけど。

「内訳」
「時系列順に、二敗不戦敗、めちゃくちゃ強い人に絡まれて一敗、弱い人に一勝です」
「……めちゃくちゃ強い人なんかいるの、ここ」
「ぶっちぎりで場違いな人が一名いますよ」

 俺の言葉にムジナさんがパッと顔を上げる。

「試合のビデオある?」
「あります」
「見せて、今」

 初のまともな試合だったから、一応録画しといたんだよね。ビデオ録画なんて子どものとき以来でちょっと手間取ったけど。

 店長、ムジナさん、俺の三人で並んでビデオを見る。

 ビデオを見ていくうちに、ムジナさんの機嫌は治ったようだった。いつもの、一見つまらなさそうにも見える表情で、呟くように言う。

「ふーん。予想とは違う形になったけど、いい経験だったね。このレベルの相手と大した怪我もせず戦える機会なんてそうないよ」

 喉を守れていることと、ヒソカの腕を切り落としたことがムジナさんの中で高ポイントだったようだ。俺の周りバイオレンスな人多すぎ。

「それにキミの場合、怪我すること自体もいい経験だし」

 ひどい。いや、言いたいことはわかるけど。利き手を負傷することの辛さもつくづく実感したしね! 強ボス狩りに連れていってもらえなかったのは本当にショックだった。

「判断ミスはトランプを避けるときのオーラの配分くらいか」
「だね。これは罠だとわかってたからこうしたんだよね?」
「はい。罠の内容を読み間違えて」
「うん、これでわかったと思うけど、一瞬の判断ミスで戦況は簡単に悪化するから」
「たがその後が好判断だったな。おかげで持ち直した」

 砂を巻き上げたことを言っているんだろう。咄嗟の行動だったけど、こうして見ると自分でも好判断だったと思う。

 最後まで見終わると、ムジナさんは「まあ及第点か」と呟いた。

「一貫して手の内を見せないように戦ってるね。最後に自己強化し直さなかったのもそう」
「はい」
「その慎重さは大事だよ。これからも忘れないように」

 そう言うと、ムジナさんは唇を僅かに開いたまま少しの間黙った。何かを言おうか言わまいかとするその様子に、言葉の続きを待つ姿勢をとる。その口から出てきたのは、思いがけない台詞だった。

「でも、相手が生きている限り、結局どこかで全てを測られる日が来る」

 相手が、生きている限り……? ムジナさんの、意外なまでに落ち着いた瞳と目が合う。

「情報が漏れることを厭うなら、殺さないと駄目だよ」
「殺す」

 その言葉は、なかなか胸に落ちなかった。どうしても現実感のない言葉だと思ってしまう。口に出して言ってみても、心の中で反芻してみてもしっくりこない。

 俺の瞳を覗き込むようにして見ていたムジナさんは、念を押すように言った。

「キミに出来るかどうかはわからないけど、覚えておいて」

 実力的に可能かどうかを度外視しても、自分や他人の身を守るために人を殺せるのかどうか、わからなかった。平和な法治国家で育った俺にとって、人を殺すことはあまりに縁遠いものだ。いけないことだと教えられてはいるけど、正直、善悪の感覚すら実感を伴っては湧かない。

 いつか、必要なときが来るのかな。


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