17
どこかの奇術師さんが予定より一ヶ月も早く勝手にエントリーしてくれたおかげで、ムジナさん達が帰って来るまでにしなきゃいけない試合の数が増えた。しかも既に三敗してるし。負けられない闘い……! というやつだ。
ネトゲ中にチャットでシャルに相談してみたところ、「ヒソカ以外強そうな奴はいないから、あとは誰と当たっても勝てるよ」とのことだった。ならいいや、と再び戦闘準備期間ギリギリに日時指定して放置。
ほら、怪我もしてたし。医者の言う通り一ヶ月弱で治ったけどね!
格下相手になら苦手な火属性魔法でも勝てると思う。オーラを炎に変化させようとすると、一度の詠唱で温度を充分に上げられないんだよね。何回か強化スペルを唱えるという無駄な手間が掛かる。強化スペルなしだと「ちょっと熱い?」程度で、なんか火っぽい形のオーラが纏わりついてくるわーウザイ、程度の印象になっちゃう。
つまり、詠唱する時間さえあれば、相手に付けたままゆっくり温度を上げられる。俺は放出系だから、リング程度の距離なら時間的にも数的にもいくらでも付けてられるし。
しかし、俺みたいなモヤシに格下扱いされるってどうよ……と自分でも思う。なんか申し訳ない。この世界じゃなきゃ、そして俺が漫画の知識を持っていなかったら口が裂けても言えない台詞だ。
一勝三敗という残念な成績ながらも無事に四回目の試合を勝ち抜き、年越しまであと一週間となった日のことだった。
珍しいことに、シャルから電話が掛かってきた。いつもはメールか、ネトゲ中のチャットなのに。不思議に思いつつ、強化系の修行である石割りを中断して電話に出る。
「はい、アカルですよー」
『もしもしー、アカル31日暇?』
「特に予定はないけど」
『ほんと? じゃあさー、バントーホテルまで来てよ』
「バントーホテル……って」
どこだ? と、電脳ネットで検索する。
「別の大陸じゃん」
『うん。前後の仕事の関係でそこになっちゃうけど、一緒に年越しさたくてさ』
なん……だと……。そんな風に言われたら行かないわけにはいくまい。速攻で勢いよく返事をした。
「行く!」
『よかった。18時以降に来てねー』
通話を切りながら、友達とリアルで年越しって初めても! オンでカウントダウンとかはしたことあるけど! とはしゃぐ。その後すぐに飛行船の手配をした。
前日の夜から当日の昼にかけて大陸を渡り、プリントアウトした地図を頼りにバントーホテル付近へ向かう。
ていうか、調べたらバントーホテルってかなりいいホテルだった。絶対ドレスコードある、と思ってシャルに聞いたら「あ、ごめん言い忘れてた。正装で来てね」と言われたので、慌ててスーツを買う。せっかく買うなら、と一着3000ジェニーとかのやつじゃなくてそこそこのやつにした。まあ普通なんだけど、前の俺なら考えられない値段だ。
時間も頃合いになったのでホテルへ行くと、入り口にスーツ姿のシャルがいた。
「シャル!」
「あ、来た来た」
「待っててくれたんだ、ありがとう」
「突然誘ったのはこっちだしね」
そう言って笑うシャルの姿をまじまじと見つめる。漫画だとスーツは童顔にあまり似合ってないように感じたけど、実際に見てみるとうまく着こなしていて、あまりのイケメンっぷりに少し腹が立った。俺なんかどう頑張っても就活生にしか見えないのに……。
入り口のホテルマンの視線にドキドキしながら無事にシャルと一緒に中へ入る。よかった、止められなかった……!
ホテルの内装は一度ホームページで見てたけど、実際に見ると三割増で煌びやかに見えた。ふかふかの絨毯が足音を吸収することに感動していると、シャルが「こっち」と言って先導するように歩き出したので後ろをついて行く。
「ところで、年越しって何するの?」
「あはは、年越しと言えばひとつしかないでしょー」
笑って流されたが、非リアな俺にとって年越しと言えば自宅で年越し蕎麦と紅白なので、ホテルでする年越しがわからない。まさか蕎麦を食べるためにこんなところに来ないだろう。かといって自分から「非リアだからわかんない」とは言いたくないので、黙って歩くことにした。
すると、少ししてラウンジっぽいところに出た。表には「幻影旅団様貸切」と書かれた紙が貼ってある。
いやっ……ちょっ、つっこみ所が多すぎるんだけど。幻影旅団の名前で借りていいの? 賞金首でしょ? ネタだと思われてるんだろうか……つかシャルだけじゃなかったのかよ! 蜘蛛の皆さんもいるわけ!? 何それこわい! そしてこんないいホテルのラウンジ貸切っていくらかかるんだよ!
一瞬でそこまで思考していると、ラウンジの中が見える位置まで着いた。
う、うわー、漫画で見た皆さんがいるよー。俺今日生きて帰れるの?
「おっシャル来たか!」
「そいつか? 例のアカルってのは」
強化系コンビが叫ぶ。ウボォーギンのスーツって特注だろうな。規格外すぎてめちゃくちゃ高そう。
「あ、あの、シャルさん?」
「ん?」
「年越しってもしかして……」
「蜘蛛のメンバーでするよ!」
いい笑顔入りましたー! おま、お前絶対わざと黙ってただろ! ていうか俺すげー場違い!
朗らかに告げられた事実に愕然とする。
「まだ来てない奴も、そもそも来ない奴もいるから全員じゃないけど」
とりあえずウボォーギン、ノブナガ、フランクリン、フィンクス、フェイタンは視認できた。驚きのあまり立ちすくんでいると、背中を押されてラウンジの中へと入れられる。今日のシャルってばすっごい強引! 何これこわい!
「団長は?」
「女共と来るってよ」
怯える俺を無視して辺りを見渡したシャルが尋ねると、フィンクスが答えた。本当に眉毛ないな。そしてクロロリア充にも程があるだろ。両手に花かよ! 爆発しろ!
「フェイタン! これアカルだよ」
そう言ってシャルに腕を掴まれ、手を振らされる。奥のカウンターに座っているフェイタンは、チラっとこちらを見ると一瞬考えるような素振りをした後、「ああ……」と抑揚なく言った。
「魔法使いね」
「そうそのアカル」
「こ、こんばんは」
目が合った。こわい。緊張で顔が強張る。どういう判断を下されるのかと不安で胸を痛めていると、鼻で笑われた。
「ハハ、準廃て顔してるよ」
どんな顔!? 絶対ほめ言葉じゃないよね!
「シャル! オレ達にも紹介してくれよ!」
「はいはい」
ウボォーギンに言われて、真ん中のテーブル席に座る。ソファふっかふかだな。ちなにテーブル席にいるのはウボォーギン、ノブナガ、フランクリン、フィンクスだ。このテーブル席の顔面スカウター振り切れてる。強面揃いにもほどがあるだろ。
「アカル、この大きくて獣っぽいのがウボォーで、黒髪ロン毛がノブナガ。前に言ってたジャポンフリークね。で、大きくて改造人間っぽいのがフランクリンで、眉毛ないのがフィンクス」
「シャル、てめっ」
「は、はじめまして、アカルです」
明らかに気後れしながら言うと、ウボォーギンに背中をバン! と叩かれた。痛い。
「そんなに堅くなるなって! それより、さっさと飲もうぜ!」
「えっ!?」
の、飲む……?
「ビールでいいだろ?」
まさか、と青褪めていると予想通りの言葉がかけられた。慌てて主張する。
「い、いや、待った! ダメ! 俺酔い方最悪だから!」
「へー初耳」
呑気に言ってる場合じゃないですよシャルさん!
「暴れるとか? この面子なら問題ないよ」
「それはないけど……と、とにかく、友情ブレイカーだからダメ!!」
俺だって大学入りたての頃から引きこもってたわけじゃない。それなりにサークルの新歓コンパとか行ってたんだ。ぼっちになりたくないし。でもあまりにもひどい酔い方で、しかも記憶飛ばないタイプだから気まずくて行けなくなった。引きこもるまでにいろんなエピソードがあるんだよ!
「へーなんだろ、気になる」
逆に興味津々といった様子のシャルにどう言い訳したらいいのかわからず混乱する。焦りすぎて碌な台詞が出てこなかった。
「マジで、嫌われたくないからダメ!」
「皆大概ひどいから大丈夫!」
「いやほんとに……」
「アカル」
「へっ、あ、ノブナガさん」
いつの間にかいなくなっていたノブナガに、後ろから声をかけられた。その脇には一升瓶を抱えている。見覚えのあるフォルムに思わず息を呑んだ。
あれは、まさか……
「おめぇ、ジャポン好きなんだろ? なら日本酒飲めるよな」
「…………!」
「ここのは旨いぜぇ?」
そう言ってノブナガは枡をテーブルに置き、上から日本酒を注ぐ。うっ……木の香りと日本酒の香りが混ざって、なんとも魅惑的な香りに……! 鼻から抜けた芳醇な香りに脳を揺さぶられ、一瞬で口の中に唾液が溢れるのがわかった。
「…………」
実は、日本酒は大好物だ。そもそも、俺は酒に弱いわけじやない。飲み過ぎなければ大丈夫なんだ。
「ちょ、ちょっとだけなら……」
「おう。まあ、まずは呑んでみなって」
自分に言い訳しながら、勧められるまま枡に口を付ける。うわ、すっげーうまい。手首を返してくっと飲みきると、周りで口笛が鳴るのが聞こえた。
「なんだ、イケる口じゃねえか」
「弱いわけじゃないんで……」
「ならもっと呑もうぜ! せっかくの酒だ!」
そうだよね、こんなところで呑める機会なんて自分じゃ絶対作れないし。それにやっぱ、飲まない人がいるとどうしても盛り下がる。適当なところまで飲んで、後でちょっと休憩すればいい。何でかわからないけど、せっかくの歓迎ムードなんだから、こっちも合わせないと。
「そうですよね! やっぱ俺飲みます!」
「おっいいねぇ!」
「乾杯すっか!」
宣言すれば、やはりウボォーギン達は笑顔でそう返してくれた。テーブルを囲む全員で声を合わせて乾杯する。グラスのぶつかる高い音に冷静な思考は奪われていった。
*** クロロ達がラウンジにやってきたのは、適度に体が火照ってきた頃だった。
「本当に来たのか、アカル」
「来たよー」
薄く笑いながらクロロが尋ねてくる。相変わらずイケメン。本当に来たのかって、俺は何も知らずに来たんだけど!
「酔ってるな」
「うーん。ほろ酔い」
「誰?」
知らない声にクロロの後ろを見る。そこにはマチと眼鏡っ子と谷間が眩しすぎるお姉さんがいた。「誰?」とは眼鏡っ子の発言だ。
「シズクは聞いたことなかったか。シャルのトモダチだとさ」
「友達いたんだ」
さり気にひどいこと言われてる。当のシャルは俺に合わせて日本酒飲んだせいで調子が狂ったらしく、少しだけ休むと言って出て行った。たぶん、ここに居ると際限なく飲まされるからだろう。
「アカルね、話には聞いてるわ。想像してたのとはちょっと違うけど。私はパクノダよ。よろしく」
「よろしくお願いしますー」
さすがパクノダ、大人っぽい対応だ。手を差し出されたので握手する。
「アカルって飲めたんだね、意外。甘いもの好きだし飲めないのかと思ったよ」
「日本酒は特に相性いいよ」
マチの言葉に頷く。炭酸系の酒は苦手なんだよね。飲めないことはないけど、酔いが回るのが早い。俺の場合、酔うスピードに度数はあんまり関係ない。
言いながら近くに置いてあった一升瓶をマチからラベルが見えるように動かせば、マチの表情に嬉しそうな色が浮かんだ。
「へえ、いいの飲んでるじゃないか。ノブナガ?」
「そうそう。マチも飲む?」
「ちょっと貰おうかな」
枡と、ちょうど瓶も開きそうだったのでそれも取りにカウンターへ向かう。あ、そういえば。
「フェイタン何飲んでるの?」
一人で呑み続けるフェイタンに声をかける。いかにも宴会っぽいノリで呑んでいる俺達と違って、フェイタンはずっとカウンターで自分のペースで呑んでいるみたいだった。
「白酒」
「あー、聞いたことある。度数高いやつだ」
そう言うと、フェイタンは少しの間こちらを黙って見つめた。読めない表情に首を傾げる。
「……飲むか?」
「ちょっと飲んでみたい」
グラスを渡されたのでありがたく飲む。……おお。
「独特の味だねー。麦?」
「味わかるのか」
「え? うん。スピリタスまでいくと味も何もなくなるけど、50度くらいまでならわかるよ」
俺の答えにつまらなそうな、それでいて穏やかにも見える複雑な表情を浮かべたフェイタンは、鼻を鳴らして俺の手からグラスを抜き取った。
「フン。マチが待てるね、早く行け」
「あ、そうだった。ありがとー」
またね、と手を振って別れる。意外と話しやすかったなー。フェイタンもオンでの付き合い長いからかな。ご機嫌でマチの元へと戻ると、マチは驚いたと言わんばかりの表情をしていた。
「お待たせー」
「あんた、フェイタンの酒飲んでなかったかい?」
「飲んだよー」
「……もしかして、結構強い?」
「弱くはないかな」
「ふーん」
あー、それにしてもやっぱ、ほろ酔いになるのって気持ちいいなー。楽しいし。つか何時くらいまで飲むのかな? 年越しって言ってたし年跨ぐのかも。もー何でもいいけどね!
prev /
next