ロマノン | ナノ

15


 9月20日、ヒソカとの試合その日になった。

 さすがに昨日はネトゲをする気になれなくて、何度も作戦を練り直したり、体を休めることに時間を費やした。

 ――15時、時間だ。

 控え室からリングへと向かう薄暗い通路を歩いていると、ハウリングするマイクの音が響き、続いて実況の女性の声が聞こえてきた。

『さぁ、本日のメインイベントとも言うべき試合の時間がやって参りました! 戦闘準備期間ギリギリまで試合をしないことや、一度試合をすれば惨劇とまで言われる展開を見せることから付いたあだ名は休みがちの死神! ヒソカ選手の登場です!』

 ヒソカがリングに現れたのだろう、観客席が沸くのがわかった。すごい歓声だ。リングへ出ると、その熱気が肌に直線伝わってくる。やだなぁ……。

『対するは摩訶不思議な闘い方で話題となったアカル選手、ついに200階での初の試合参加です! まさかの二試合連続不戦敗とこちらも話題の多い選手ですが、果たして彼の魔法は死神に届くのか!?』

 届かなかったら死にます。つい、実況のお姉さんの言葉に心の中でつっこみを入れる。観客席はなんと満席だった。うへぇ……皆趣味悪いよ。

 きっと、こういうところで賭けをするタイプの人にとっては、ヒソカみたいに残忍なやり方で敵を舐る選手は見てて楽しいのだろう。他人事だから尚更。向かいにいるヒソカを睨むように見ながら観察する。

「クックック……いいねぇ、その顔。ガッカリさせないでくれよ?」

 自分が今どんな顔をしているかわからないが、きっと余裕のない顔だと思う。返事をする気にもならない。

「ポイント&KO制! 時間無制限、一本勝負!」

 審判の力強い声を聞きながら、改めて大まかな作戦を思い出す。

 気をつけるべきは、ヒソカの"伸縮自在の愛(バンジーガム)"。その名の通りオーラを伸縮自在なガムのように変質させたもので、ゴムとしての性質も併せ持つ。非常に使い勝手がいい能力だ。対戦相手の俺にとってはやっかいなことこの上ない。ヒソカの体は奇術師とか言う割に完全なる武闘派だから、肉弾戦に持ち込まれたら耐えられないかもしれない。距離をとって戦わないと。

 俺の今の総オーラ量だと、10ポイント分くらいなら初めから全力でいってもガス欠することはないと思う。だけど相手がヒソカである以上、初めからマックスを見せるような闘い方はすべきではない。まず間違いなくヒソカは本気で闘わないし、気分が乗ってくる、もしくは飽きてくることで力加減を変えるはず。それに対応するためには、こちらも手の内を隠しながら闘う必要がある。

「――はじめ!」
「『烈』『疾』、『切り裂き』!」

 審判の宣言と同時に、かまいたち状にしたオーラを三つ飛ばす。

『おおっとー!? 今まで一度も自分から仕掛けなかったアカル選手が先制攻撃だーーッ!』

 最初の二つは俺の使えるスペルの中で最速な代わりに、攻撃力は低い。だが、隙を突いた攻撃というものはつい避けてしまうものだ。それが速ければ速い程、反射で動く。

 こちらの狙い通り、ヒソカは速い二つを避けたことで、四文字の『切り裂き』を避けきれずに脇腹を切られた。と言っても、掠っただけなので大したダメージはない。

「クリーンヒット! 1ポイントアカル!」
「へぇ……」

 ヒソカが感心したように呟く。思っていたより攻撃力があった、というところか。ダメージが大したことなくても、"切れる"ということは"ヒソカの纏による防御力より俺の技の攻撃力が高い"ことに他ならない。

 俺の発、″口先の魔術師(ブラックスペル)″は詠唱する際の文字数が多い程強力な技が使える。更に、本来の系統が放出系であるため、放出系の技が一番発動が速く、威力も高いものになる。これで全く歯が立たなかったらどうしようかと思っていたが、それなりに通用しそうだった。

 ただ、慢心は出来ない。ヒソカの場合、わざと喰らった可能性があるからだ。怪我することに全然頓着しないし、楽しむためには自分の体なんかどうでもよさそうなイメージ。その証拠に、ここによくいるタイプの、怪我したことに逆上するような様子は全く見せず、冷静に俺の攻撃を分析していた。

「今のは、魔法使いっぽく言うなら風魔法と言ったところかな?」
「……正解」

 その通り、風魔法をイメージしたスペルなんだけど、風魔法とかわかるんだ。意外。まあでも子どもの頃好きだった駄菓子が発の由来なくらいだし、意外と普通の少年時代を過ごしたのかな。……それはそれで不気味というか、怖いけど。

『なんと、アカル選手、風魔法を使ったとのことです! "格闘スキル:魔法"は伊達じゃないと言うことでしょうか!?』

 ちょ、お姉さんやめて。エントリー用紙読み上げるのやめて。集中切れるから。

「攻撃型の技も使えるみたいでよかったよ。いつも使ってる技は格下にしか使えないだろ?」

 ヒソカの声に気を引き締め直す。

 さすが、よく見てるな。目のいい人ならあれがどういう原理の技なのかわかってしまうだろう。

「さっきの技の威力を見る限り、キミ自身の系統は放出系。にも関わらず、いつも使っていた技は変化系――発動のタイミングはかなりシビアなはず。一度の攻撃でオーラが割れるような反応を示すことから、ダメージの反射を行えるのは時間ではなく回数制。よほど実力に開きがない限り使えるものではないし、連続した攻撃には対応出来ない」

 その通りすぎて、解説ご苦労さまとしか言いようがない。更に付け加えると、あれは近接物理攻撃にしか対応出来ない。俺が「反射結界は近接物理攻撃にしか効果がない」と思い込んでいるから。

 念はイメージの力だ。無意識だろうが意識的にだろうが、一度そうイメージしてしまったものを覆すことは出来ない。

「あれが使えない状況だとどう対処するのか見せて貰おうかな……?」

 そう言うと、ヒソカは一気に間合いを詰め、拳を突き出してきた。初撃こそ避けれたが右、左、右、と見せかけてまた左、と次々に繰り出される攻撃に目が追いつかなくなってくる。

 仕方ない、と詰めていた息を無理やり吐き出して詠唱する。

「『疾風迅雷』!」

 これは素早さに関するパラメーターの強化スペルで、具体的に言うと、脳の処理速度全般とそれを体に伝達する速度が飛躍的に上がる。それによってゲームで言うところの命中率や回避率が上がるわけだ。

 今の実力だと、自己強化スペルの効果は一文字につき30秒。八文字だから四分間効果が持続する。決して長くはないので、出来ればポイントが溜まるまで使いたくなかったんだけど、そうも言ってられない。

 無理に詠唱したことで出来た隙を狙って寄越された膝を間一髪で避け、そのまま背後に回る。スペルの発動がギリギリだった。あと少しでもタイミングが遅れてたら危なかった、と己の判断に丸をする。

「『風刃』『烈風』!」

 再びオーラを飛ばす。飛ばされた二つのオーラは別の方向から、それぞれ弧状の軌道を描いてヒソカを狙う。今度は左腕を掠った。

「クリティカルヒット! 2ポインツアカル!」
『なんとなんとなんとぉ! アカル選手、ヒソカ選手の怒涛のラッシュを避け、反撃しましたぁー!』
「ッ!」

 態勢を立て直したことに安堵する間もなく、先程までとは比べものにならない速さでヒソカが攻撃してきた。咄嗟に腕をクロスさせて首を守る。直接打撃を受けた右腕がミシリと嫌な音を立てた。

『ああーーーーッ!? と、防ぎました! 常人なら今の一撃で死んでいたであろうところをアカル選手、耐えました!!』

 衝撃を利用してヒソカから急いで距離を取るが、追撃はない。跳ねる鼓動を落ち着けるために意識を分散する。

 やばかった……ムジナさんに喉を狙われる訓練を徹底的にやられてたから反応できたけど、そうでなかったら喉を潰されるどころか、下手したら死んでた。『疾風迅雷』の効果中だったのも大きい。素の状態なら間に合わなかったかもしれない。ゾッとした。

「流石に対策はしてるかァ。今までで一番イイ反応だったね」

 イイ反応とやらが嬉しいのか、猟奇的な笑みを浮かべたヒソカが言う。

『現在ポイントは3‐3! 一度の攻撃で同点です! この試合、どうなるのか先が読めません!』

 審判の宣言がいつされたのかはわからないが、それはそうだろう。反射的に凝をしていたとは言え、ほぼ硬に近かったヒソカの攻撃を喰らった右腕はしばらく使い物にならないほどのダメージを受けている。

 しかも――

「これなーんだ」

 "伸縮自在の愛(バンジーガム)"が右腕に付いてしまった。喉でないだけマシだけど……距離を取って戦いたい俺にとって、圧倒的に不利な状況だ。思わず奥歯を噛み締める。予想外に、早い。

 右腕にべっとりとくっつく粘着質なオーラはヒソカの右拳から伸びている。それを見せつけるようにして、ヒソカは大きく腕を振った。腕を振ると同時にゴムを縮ませたらしく、すごいスピードでヒソカの拳に引き寄せられる。ほとんど飛んでいる状態に近い。

「――『砕けろ』、『烈刃』!」
「!?」

 引き寄せられた体に左拳が迫る瞬間、ヒソカの足下のリングを砕いた。足場が崩れることで一瞬隙ができ、打撃の衝撃も緩和される。すかさず一撃入れようとするが避けられた。腕と拳を接着している限り避けられないのはヒソカも同じで、避けるためにはオーラを外す必要がある。どちらに転んでもよかったけど、外す方を選んだようだった。しかし、そのせいで宙に投げ出される。

 やばっ……この体勢はまずい! ヒソカが石盤を蹴り上げようとしているのが視界の端に映った。

「『止まれ』! ……っ」

 他人が破壊した物には念が通りにくい。スペルの強制力はほとんど効果を示さず、僅かに速度が落ちただけだった。堅でなんとか耐えるが、息をつく間もなく次の攻撃が来る。

 いつの間に出したのか、トランプのラッシュだった。どれもかなりの量のオーラで周されており、俺の防御力では耐えられないのが明らかだ。左に避けるしかない、と左へオーラを流しながらトランプを避ければ、ヒソカが脚を振り上げているところだった。

 かかと落としかよ!

 囮だとは思っていたけど、上から攻撃されるとは思ってなかったのでモロに喰らう。地面に叩きつけられて、砂を噛んだ。ヒソカが石盤を蹴りで引き剥がしたことで砂埃が立っているのだ。

「『砂嵐』ッ」

 瞬間、殺気を感じて飛び起きる。砂を巻き上げて視界を悪くしたためか、トランプによる攻撃だった。つい先程まで上半身があったところに突き刺さるトランプを意識しながら、すぐに砂の操作を止めてヒソカの姿を視界に捉える。

「『鎌風』!」

 こちらからヒソカが見えるということはヒソカからもこちらが見えるわけで、隙を突いたわけでもない、ただの攻撃は最小限の動きで避けられた。

「どうしたの? まさかもう……」
「『威力強化』、『速度倍増』!」
「――――!!」

 しかし、後ろから速度を増して飛んできたオーラによって、ヒソカの左腕が飛ぶ。目を見開いたと思ったらすぐにヒソカの顔が愉悦に歪む。普通、目の前で腕が飛んだらそっちの方がトラウマになりそうだけど、そんなのどうでもよくなるくらいヤバい顔だった。

『ここに来てアカル選手が痛恨の一撃ィーー!! ポイントは8‐6になりました!』

 実況の声にハッとする。夢中で実況も審判の声も聞こえてなかったから、いつどうポイントが加算されたのかわからない。あと2ポイント分耐えればよかったのか……やばい、余計なことした。

「クックックッ……今までリングの端でオーラを消してたのはワザとかァ」

 ヒソカの言う通り、俺は飛ばしたオーラがリングの端まで行ったらオーラを消すと言うか、拡散させていた。リングの端から端まで程度の距離しかオーラを維持出来ないと思わせるためだ。

「すべては性質強化した念弾をクリティカルさせるため……」
「正解」

 腕が飛んだのに喜んでる、キモイ! と言うことすら出来ないくらいキモイ。てかヤバい。その顔どうにかしろよ!

「まだ何か隠してるのかな?」

 そう言うと、ヒソカは手で顔を覆った。中指と薬指の間から覗く瞳と目が合う。相手の動きを全身で探りながら、その目を睨み返す。

「…………」

 もう『疾風迅雷』の効果が切れる。でも、あと2ポイント耐えるためにかけ直す気にはなれなかった。効果時間を悟られたくない。多くても残り2回となった攻撃をどう乗り切るか、それだけを考える。ズズズ、とヒソカのオーラが禍々しく揺らめくのを意識する裏で、癖となっている効果時間のカウントをする。

 あと5秒、4、3、

「まあ、どちらにせよ……」

 2、1――

「ここではもう闘らない」

 切れた、と認識したと同時に視界からヒソカが消え、一瞬遅れて強い衝撃が頭を揺らす。そのままぐるんと意識が暗転した。

***

 目が覚めたら、知らない天井だった。

 と言うのは半分冗談で、おそらく天空闘技場の医務室だろう。今まで使ったことはなかったけど、他に考えられない。薄ぼんやりとした頭で現状の把握に努める。

「あ、起きた」

 すると、知っている、だけど予想外の人物の声が聞こえた。すぐに声のした方を向く。

「シャル……!」
「おはよー」

 本当に来てくれたんだ……てっきり冗談だと思ってた。サラリと揺れる金髪を見て安堵感が溢れ出す。もう終わったというのに、心強さが胸をいっぱいにした。横に吊るされた、痛む右腕に力を入れないようにしながら上半身を起こして尋ねる。

「どのくらい寝てた?」
「大して寝てないよ。運ばれてから20分くらいかな?」

 というか、最後どうなったんだろう。把握出来ていないということは、スペルの効果が切れてから何かされたのかな。それだけでヒソカが大分手を抜いて戦っていたことがわかる。

「アカルってさー、バカだよね」
「えっ」

 平淡な調子で突然浴びせられた罵声に驚く。何それひどい、と思っていると、怪我をした右腕を強く握られた。

「ちょっ、シャル、シャルさん、痛いですよっ! そこ患部なんですけどっっ」
「利き腕右でしょ? なんであそこで右腕を上にするかな」

 咄嗟に首を庇ったときのことを言っているのだとわかった。夢中だったからそんなこと気にしてる余裕がなかったんです。痛みに耐えながら答える。

「い、いや、咄嗟だったから……」
「だとしても、反射で利き腕を庇う癖ぐらい付けときなよ。ムジナに何教えられてるの?」
「うっ」

 正論を返されて答えに詰まる。実は組み手の際、「利き腕を敵に晒すな」とはムジナさんにも散々言われていた。つまり単に俺の出来が悪いのだ。しかしつい言い訳を重ねてしまう。

「発に影響しないからいいかなって」
「左手だけでネトゲするつもり?」

 言われてハッとした。

 そ、それはキツい……! 雑魚狩りはともかく、強ボスには行けない、絶対。

 明らかに落ち込んだ様子の俺を見て腹の虫が治まったのか、手の力を抜いたシャルの声が一段優しげなトーンに変わる。

「これに懲りたら右腕庇う癖付けなよ」
「はい……」
「ま、思ってた程ひどい怪我しなくてよかった」

 そう言うと、シャルは女の子が見たらとろけそうな笑顔になった。

「オレ、腕が飛ぶのは絶対アカルの方だと思ってたからさ」
「そんないい笑顔で言うことじゃないです」

 思わず敬語でつっこむ。顔と発言とのこのギャップですよ。

「だって、相手はあのヒソカだよ? 腕の一本や二本くらい飛んでもおかしくないと思って。だから来たんだし」
「え、ヒソカと知り合いなの?」

 もうヒソカって蜘蛛に入ってたんだ。ていうか俺、ヒソカと闘うって言ってないと思うんだけど。魔法の箱で調べたのかな。意外な言葉に驚いていると、シャルが乾いた声で言った。

「まあね。残念なことに、同僚」
「ひどいなァ」

 それに合わせて突然聞こえた粘着質な声に鳥肌が立つ。入り口の方を見ると、切り落としたはずの腕がくっついた、五体満足のヒソカがいた。

「ちょっと、止まらないで。邪魔」

 更にその後ろから、短い着物のような服装をした美少女が現れる。キツい印象の目元と、後ろでひとつに纏められた髪。

 マチだー! マチだろこれ! やばい、漫画で見るよりかわいい!

「ったく……シャルの友達だって言うから来たのに。アンタを治療するハメになるなんて」
「クックック……」

 うはぁ、気持ち悪いよー。もしかしてマチがいるって気づいてたのかな? その上でわざと切られたとしたら気持ち悪すぎる。流石にそんなことはないと思いたい。

「アカルとシャルナークって知り合いだったんだね」

 ヒソカがねちっこい声でそう言った途端に、シャルの纏う空気が変わった。……明らかにピリピリしてる。

 握られたままだった腕に再び力が込められそうで、思わずそっとシャルの手を腕から離す。睨まれるかと思ったが、シャルはどこともなく一点を見つめたまま口を開いた。

「まあね」
「いつから知り合いなの?」
「いつでもいいじゃん」

 は、はわー! この空気耐えられない! 怖い!

 すぐ近くにいるシャルから出る空気が本気でやばい。ヒソカは逆に楽しそうで、お前マジふざけんなよと思った。

「ちょっと、その子に用事あるから来たんじゃないの? 違うなら邪魔だから帰って」

 マチ強ぇー! あとその子って俺だよね! 新鮮!

「そのつもりだったんだけど、今は無粋みたいだからやめとくよ。またね」

 またね、の対象が俺なのか、マチなのか、大穴でシャルなのかわからないが、この場にいる全員が「またはあって欲しくない」と思ったのがわかった。

 ヒソカ嫌われすぎだろ。


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