ロマノン | ナノ

14


 今度こそ二人は何事もなく帰ってくれたので、俺はのびのびとネトゲすることができた。その日の内にインしたシャルが「三日後には渡せそう」と言ってきたため、外で会う約束をする。

 そして約束の日。

 待ち合わせというものに慣れない俺は、遅れないようにと早く起きすぎて、30分前には待ち合わせ場所に着いていた。大体どのくらい余裕を持って行動したらいいのかわからなかったんだよ……!

 ちなみに待ち合わせ場所はジャポンスイーツが美味しいと評判のコンセプトカフェだ。周りは女の人ばかりで、俺一人ではすごく浮いている。俺は心を無にしてシャルを待つため、注文した贅沢ぜんざいを食べはじめた。そのあまりの美味しさに今まで感じていた気まずさが消し飛ぶ。

 基本のあずきはもちろん、つるつるの白玉にしっとりとした求肥。アクセントに抹茶と金粉がかかっており、その名に恥じない贅沢っぷりだ。汁も小豆が潰れていないため透明で、かなりレベルの高い店であることがわかる。

 飲み物はもちろん抹茶だ。濃茶用の高級品を薄茶として出しているらしく、苦味やえぐみは一切ない。いちいち好みすぎるんだけどここ……! 値段はそれなりだが、これだけのものを出す店なら安くすらある。シャルに探してもらった甲斐があった。

 入り口に持ち帰り用の和菓子や抹茶があったので後で買おう、と一人決意していると、待ち人であるシャルが机の間を縫うようにしてやって来た。

「お待たせー……ってもうそんなに食べたんだ。いつから居たの?」
「30分前。早く起きすぎたから。それより、シャル、この店ヤバい。コンセプトカフェとは思えないくらいハイレベルなんだけど」
「あ、そう? 確かに口コミはよかったけど、気に入ってもらえたならよかった」

 そう言いながら席につくシャルを意識に捉えつつ、ぜんざいを食べ続ける。正直、ここは口コミがいいなんてレベルの店ではない。コンセプトカフェというより、本物の一見さんお断り茶房のようだ。こっちではジャポンはマイナーな国だから、皆この店がどれだけハイレベルなのかわからないのかもしれない。勿体ないような、通いやすくていいような。

「アカルってジャポン好きなの?」
「大好き」

 この店の価値について思いを馳せながらぜんざいに舌鼓を打っていると、机に肘をついたシャルが尋ねてきたので即答する。俺は祖母が茶道をしていて、小さい頃からきちんとしたお茶菓子用の上生菓子ばかり食べて育った。抹茶も言わずもがな。和菓子にはうるさい男だ。スーパーで売ってる自称和菓子を和菓子と思うなかれ。

「和菓子……ジャポンスイーツを嫌いって言う人は、本物のジャポンスイーツを食べたことない人だと思う」
「へえ」

 素人バイトや機械が握った回転寿司と、時価いくらの回らない寿司とが全く別物なのと同じだ。何百年と続く老舗の職人が全ての材料にこだわって一から作った和菓子と、量産することを目的とした和菓子とでは天と地ほどの差がある。

「最近は茶道教室でも本物の和菓子を出すところが減ってて悲しいよ。店自体が少ないし、単価も高いから仕方ないけどさ」
「…………」
「その点ここは滅多にない良店だよ。俺これから通う」

 一滴も余すことなく、贅沢ぜんざいを全て食べきって満足した俺は、顔を上げてハッとした。

 シャ、シャルの目が「なんだコイツ」と言っている……!

 熱く語りすぎた、引かれたかも、と思ったが、シャルは俺と目が合うと、一拍置いた後不思議そうに首を傾げた。

「アカルって、ジャポン出身?」
「えっ」

 ど、どうしよう。そうとも言えるんだけど、ハンゾーを見る限り、俺の知ってる日本とこちらのジャポンが全く同じとは思えない。ここで肯定しちゃうと、本物のジャポン出身者の話と辻褄が合わなくなる可能性がある。

 どう答えるか迷っていると、シャルは質問したというより疑問が口から出ただけだったようで、俺の答えを待つことなく続けた。

「なわけないか。戸籍なかったし。すごいジャポンフリークなんだね」
「う、うん。つか前は思わずスルーしてたけど、調べたんだ」

 流れた話題にホッとする。危ない、シャル相手だから油断してた。そのまま別の話題になるよう、言うほど気にしていないことを突っ込む。

「それがオレの仕事だから。アカルって何でジャポンフリークになったの?」
「いや、俺の場合ジャポンスイーツフリークというか……」
「そうなんだ? いや、うちにもジャポンフリークが何人かいるからさー。皆切り口が違うあたり、ジャポンって色んな文化が発達してるんだね」
「刀、着物、忍者、寿司、和菓子は有名だと思うよ」
「そうそう、そこら辺だった」

 たぶんノブナガとマチのことだろうな、と思いつつ返した。ノブナガはモロにジャポン出身の名前だけど、どうなんだろう。いまいち流星街の仕組みがわからない。出生時に流星街に捨てられた場合だけ戸籍作らなくていいのか、大きくなってからでも流星街に捨てられればすでにある戸籍を抹消出来るのか。前者と後者では大分意味合いが変わってくる。

 なんとなく前者のような気はしてるんだけど、流星街出身と思われてるから今の状況があるのに、今更「ところで流星街のシステムってどうなってるの?」とは言えない。

「あ、これ携帯ね」

 ふと、思い出したように言ったシャルが机の上に出したのは、柴犬のように耳の立った犬が口を開けた形の携帯だった。

「か、かわいい……」

 かわいいけど、シャルの中で俺って完全に犬なの? 複雑。

「オレが持ってるのと同じタイプだよ」

 ホラ、と見せられたのは漫画でも見た、口を開けたコウモリのような形の携帯だ。動物シリーズなのかな、と一人納得する。

「正真正銘全エリア圏外なし。地下でも問題なく使える」
「ありがとう、助かる! いくら?」

 タダではあげないって言ってたし、市販のものより高性能なんだから当然それなりの費用がかかるだろうと思って聞いたんだけど、予想に反してシャルは首を横に振った。

「いいよ。クロロの手前ああ言ったけど、初めからお金貰う気なかったし」
「えっ、でも……」
「その代わり、レアアイテム融通してよね」

 にやりと笑って言われた言葉に納得する。確かにシャルなら現実のお金を稼ぐよりそっちの方が大変かも。アイテムドロップだけはリアルラックが必要だし。貰った携帯を両手で握りしめて頷いた。

「わかった。本当にありがと」
「どういたしまして」

 シャルが淡く微笑む。うーん、シャルもやっぱりイケメンだなあ。クロロとは違ったタイプのイケメン。シャルこそ犬系だと思うんだけどな。

 クロロの顔を思い浮かべたことにより、一つ聞きたいことがあったのを思い出した。携帯をポケットに仕舞いながら、出来るだけ軽い調子で尋ねる。

「そういえばさ、シャルとクロロって上司と部下なんだよね?」
「うん、そんな感じ」
「シャルってクロロのことあんまり好きじゃないの?」

 この間の二人のやり取りが大分イメージと違うのが気になってたんだよね。さっきもクロロの手前って言ってたし。漫画の一ファンとして、「二人ってどんな関係なの!?」と湧き上がる好奇心が抑えられなかった。

 俺の言いたいことがわかったのか、シャルは一瞬苦虫を噛み潰したような顔をする。

「いや、そんなことないよ。尊敬してるし」
「おお」
「だけど、クロロとは仕事始める前からの付き合いだから……自分の昔を知ってる人には見られたくない姿ってものがあるじゃない? ニヤニヤと『変わったなーお前』みたいな目で見られるのが嫌」

 なるほど……その気持ちはよくわかる。俺なんか特に黒歴史が多いから、その時代を知ってる人に今の姿を見られるのは嫌だ、確かに。シャルみたいなイケメンにも黒歴史ってあるんだろうか。

 ん? ていうか、見られたくない姿って……

「俺といるところクロロに見られたくないの?」
「うん」

 えっなにそれ傷つく。即答された内容にショックを受けたのがわかったのか、慌ててシャルが訂正した。

「いや、アカルだからどうっていうんじゃないよ。そうじゃなくて、だから……、友達といるところを見られたくないんだよ」

 言いながら、言葉を切って目線を逸らす。明らかに照れながら言うシャルに、こちらも盛大に釣られ照れ状態になった。

 なんだかんだ言いつつ友達だと思ってくれてるんだ……そりゃそうだよね、じゃなきゃわざわざ自作の携帯くれたりしないよね。なんだか嬉しくて、むず痒い気持ちになる。

 俺、明らかにこっち来てからの方が青春してる気がする……! 出会い運が半端ない。店長、ムジナさん、シャル、ミルキ……まあ、中にはあんまり出会いたくなかったなあと思う人もいるけど、こっち来てよかった!

***

 シャルに携帯を貰ってからは、再びネト充ライフを満喫していた。なんと言っても後憂の一つが消えた上、オンオフ共に友達が出来たんだから浮かれもするって!

 俺にとって200階で初めての試合が四月末にあったけど、予定通り不戦敗にした。七月末の試合も同じようにして、気づけばもう九月。この世界に来てから大方一年経ったっていうんだから驚きだ。しかも二年後にはヨークシンなわけで。予定通りにいけば、その頃にGIをプレイ出来るんだよな。GIのことを考えると自ずと修行にも力が入った。

 念を覚えて一年弱、オーラの量はかなり増えたと思う。

 俺にとってのオーラはHPではなくMPだ。すぐにガス欠する魔法使いなんて話にならない。だから何よりもまず、オーラの量を増やすことに力を入れた。オーラの量を増やすには練と堅が効果的で、これはムジナさん達といるときから今までずっと続けてきた。

 ある日、そういえば絶なんてものがあったなと思い出したので、部屋で試してみたんだけど……なんというか、致命的に下手だった。よく考えたら、俺はそもそもゴンやキルアみたいに気配を消してどうこうという生活をしたことがないし、たぶん才能ない。

 絶がまともに出来ないから、絶を使う応用技である隠や硬は当然出来ない。……ローグやファイターには向いてないってことですね、わかります。

 まあ必要ならムジナさん達と合流したときに教えてもらえるだろう、と軽く考えることにした。後回しでいいって言ってたし! 俺の場合、何よりもまず発を使いこなすことが重要って言われたもんね!

 そんなわけで、今日の分の基礎修行を終え、雑魚狩りしながら放出系の修行(念の球を浮かせるあれだ)をしているときだった。

 突然、部屋の中にピピッと高い電子音が響くのが聞こえた。試合登録状況などを映すディスプレイからだ。まだ試合登録してないのになんだ? と見てみると、そこには驚くべき内容が書かれていた。

 ――ヒソカVSアカル 9月20日 午後3時からスタート!

「はあっ!? ごぼっ、ぶぇ……」

 飲んでいた麦茶を吹き出したのは言うまでもない。しかも咽せた。

 いや、いやいやいや! 俺、試合登録してないって! まだエントリー出してすらないんですけど! つかよりによって相手ヒソカとかどういうことなの!? 神様は俺に死ねって言ってるの!?

 口元を拭いながら、なにかの間違いだろと受付に走ろうとして思い留まる。その前に離席宣言しないと。大慌てでキーボードを叩く。

『緊急の用事が入った! 離席します! ごめん!』   
『いてら』
『いってらっしゃーい』
『早く戻れ』

 上からミルキ、シャル、フェイである。俺も早く戻りたいよフェイタン……。

 急いで受付に向かうと、途中の廊下にいかにも待ち伏せしてましたなヒソカがいた。明らかに慌てている様子の俺に、ゆったりとした調子で声をかけてくる。

「こんにちは」
「ちょっ……こんにちは! ヒソカさん、もしかしてなんかしました?」
「なんかって?」

 ククク、と笑いながらとぼけられた。

 ヒソカの奇術師スタイルを見て思い出した。ヒソカの能力である"薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)"なら、俺の字を真似てエントリー用紙を提出することが出来る。本人が持って来たものではない用紙を受付側が受理するかどうかは知らないが、現にエントリーされてしまっているのだから今更だ。

 頭に昇っていた血がスッと下がるのがわかった。その場に完全に足を止めて、ヒソカと対峙する。

「……俺のフリしてエントリー用紙出したりしました?」
「正解。どうやったかは秘密」

 全く悪びれない様子に、なんて言おうか悩んでいるとヒソカが再び口を開いた。

「キミがいけないんだよ? 半年以上も焦らすなんて」
「…………」

 言葉と同時にヒソカのオーラが禍々しく揺らめく。一年焦らした挙げ句ばっくれるつもりでしたとは言えそうにない。本能的に後退りそうになった足を意識して止める。

「試合出てね。もしサボったら――」
「出ます」

 その先は聞きたくなくて被し気味に答えた。ヒソカは少し驚いたような顔をした後、ニィとお馴染みの笑みを浮かべて言う。

「焦らした分、楽しませてくれよ?」

 あ、これ死んだかも。

***

 その後は結局受付にも行かず、ほとんど半泣きになりながら部屋に帰った。引き延ばさない方がマシだったのかな、でも怖かったんだもん、と思考が堂々巡りになる。しかし絡まった思考とは裏腹に、ほぼ反射的にチャットに帰ってきたことを報告していた。

『ただいま』
『おかえりー』
『早かったな』
『うん……なんか勝手に強い人と試合組まれてた……』
『え』
『マジか』
『いつ?』

 気分は沈んだまま、シャルとミルキの素早い返事に釣られるようにこちらも素早くキーボードを叩く。

『9月20日』
『3日後ww』
『唐突ww』
『俺死ぬかも』
『そんなにヤバい奴なのかよ』
『棄権したら?』
『棄権したら部屋まで来られてその後……』
『うわー』
『何それ引くわ』

 だよね、引くよね、と思っていると、今まで黙っていたフェイタンが喋った。

『自業自得』
『フェイひどい』
『好きで闘技場いるなら文句言うな』
『あう』

 そ、それはそうなんだけど……最初に誓約書も書いてるしね。死んでも文句言いませんってやつ。でもまさかヒソカがいるなんて思ってなかったんだもん! と、何度目かになる言い訳を唱える。

 そんな俺の思考を断ち切るように、シャルが言った。

『オレ応援しに行こーっと』
『えww』
『マジかwww』
『物好きね』
『死にそうになったら助けてあげるよ』
『きゃーシャルさーんかっこいー』
『やっぱやめた』
『ちょww』
『wwwww』

 軽口を叩いている内に、段々元気が出てきた。

 そうだよ、ここ闘技場だし。ポイント制なんだから、試合終了まで耐えればいいんだよ。どっちかが死ぬまで終わらないってわけじゃないんだ。

『ま、頑張ってよ』

 シャルの温かい言葉が胸に沁みる。うん、せっかくシャルに見逃してもらったんだし、頑張らないと。大体、店長にお世話になったお礼も満足に言ってないんだから! それまでは死ねない、絶対。

 自分に言い聞かせるように溢れる思考の裏で、切り抜けるための方法を模索する。

『ま、骨くらいは拾てやるね』

 ……出来れば骨になる前に助けてほしいです。


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