ロマノン | ナノ

13


 シャルに促されるまま自分の部屋へと戻ると、本当にクロロがいた。

 なにこれホラーすぎる……!

「また会ったね」
「こ、こんにちは……」

 クロロはこの前と同じく、髪を下ろして刺青を包帯で隠す猫被りルックスだった。相変わらずひどいイケメン。ていうか、ちょ、パソコンの前に座らないでぇぇ! その子をどうする気!? 椅子なら他にもあっただろ! 備え付けのソファとか!

 戦々恐々とする俺とは対照的に、クロロは嫌味なまでのにこやかさで口を開いた。

「この前はびっくりしたなあ。まさか無銭飲食の片棒を担がされるなんて」
「そ、れは……すみませんでした」

 いや盗賊がなに言ってらっしゃるんですか、と突っ込みたいのを我慢する。つかクロロも払わずに出てきたんだ、やっぱり。お店側には悪いけど、そんな気はしてた。

「まあそれはいい。大人しくついて来たということは、やはり知り合いだったのか。シャル」
「そうだよ。だからそのことも考慮して欲しいんだけど」
「それは質問の答えによるな。あれだけ素早く、しかも一緒に消えたということはムジナからオレ達のことを聞いているんだろ?」

 椅子に肘をついたクロロが尋ねる。突然の団長モードにびっくりした。質問の答えによっては死なの? フラグビンビンなの? とりあえずこれは質問ではなく確認であることが明らかだったので、無駄なごまかしはせず正直に答える。

「A級首の幻影旅団、ですよね。クロロさんはその団長」
「そうだ」

 気づけば部屋の奥からパソコン、クロロ、俺、シャル、扉という位置関係になっていた。やばい、どう足掻いても逃げられないだろこれ……。いつの間にか絶望的なポジショニングを取らされていることに愕然とする。

「オレ達は普段の活動とは別に、流星街からの依頼を受けることがある。今回まわってきたのは、他に適任がいないからというもので、本来オレ達がやるべきことではない」

 ??? いまいち話の流れがわからない。突然はじまった幻影旅団講座に困惑する。

「……どういうことですか?」
「アカルも流星街の人間なら聞いたことあるでしょ。マフィアからの依頼だよ」

 いや、俺流星街の人間じゃないよ! シャル何言ってるの!? と心の中でつっこむも、すぐに「あ、戸籍調べたのか」と誤解の原因に思い至った。その後シャルから予想通りの言葉が発せられる。

「団長からアカルのことを聞いたとき、真っ先に戸籍を洗った。けど何も出てこない。つまり、流星街出身の人間だってこと」
「だがそれで納得がいった。わざわざ戸籍を弄ってまで身を隠しているムジナ達が、普通の人間を傍に置くわけがない」
「え? え?」

 しかし、その後クロロから放たれた言葉にひどく混乱した。戸籍を弄る? ムジナさん達が? あからさまに狼狽しだした俺を見て、シャルが目を丸くする。

「何その反応……え、もしかして何も知らないの?」

 こっちこそ「え、何その反応」って感じなんですけど。シャルと目を合わせたまま呆然としていると、後ろからクロロが尋ねてきた。

「ムジナ達とはどういう関係なんだ?」
「一応念の師弟です……」
「伝令じゃなくて?」

 シャルが身を乗り出す。伝令? なんの?

「驚いたな。まさか育ててから使うつもりか?」

 は、話に全然ついて行けないよー。気分は半泣きだ。誰か俺にもわかるように話して! とりあえず、どことなく嬉しそうなシャルとは違い、当てが外れたといった様子のクロロに自分の立ち位置をやんわりと説明する。

「……本人は契約ハンターって言ってましたよ。出会ったばかりの頃はそれを信じてたし、最近はさすがに違うだろうとは思ってたけど、詮索はしませんでした」
「まあ、ある意味契約ハンターに近いところはあるな」

 何も知らない俺を面白がっているのか、クロロは口元に笑みを浮かべながら言った。

「ムジナはライセンスこそ持っているが、ハンターが本職ではない。軍人だ」

 軍人……? 今まで一度も身近に存在しなかった言葉に、思考が止まる。

「ムジナはコードネームだ。本名はクリス。クリス・ガードナーとウィルフレッド・ガードナー親子は東ゴルトー共和国の軍人だよ」

 え、ちょ、ちょっと待って。つっこみ所がありすぎて思考が追いつかない。

 軍人? しかも東ゴルトー共和国の? あれって蟻編で出てくる国だよね? つか親子って――

「ムジナには驚いたな。戸籍を弄ったばかりか、性別まで変えるとは」
「おかげで調べるの大変だったんだから! それなのに団長逃がしちゃうし……」
「乗り気じゃないんだ、仕方ないだろう」

 はいつっこみ所が増えました! 性別変えるってどういうこと!? 混乱したまま呆然と尋ねる。

「え……、ムジナさんって、男なの?」
「元、ね」

 思わずベッドにうずくまった。緊張が吹っ飛んだわ! なんだそれ! 顔を突っ伏したまま更なる疑問を投げかける。

「お、親子ってのは……?」
「お前が店長と呼んでいたウィルフレッドはクリス……ムジナの父親だ。息子が娘になっても動じないんだから驚くよ」

 さすが店長器がでかい! って話でもない!

「……戸籍弄ったってどういうこと?」
「二人とも戦争で死んだことになってる。戸籍上は死者だね。だからムジナはライセンス取ったんだろうけど」

 ついて行けない世界……! でも言われてみれば軍人っぽいところはあった、確かに。ベッドに突っ伏したままグルグルと今までのことが頭を過ぎるが、ついて行けてないのは俺だけのようで、クロロもシャルもサラッと話を続ける。

「奴らは常にお互いを補完する形のツーマンセルで動く。しかも穴熊のコードネーム通り、地下に精通している。マフィア程度じゃ太刀打ち出来ない」
「だからマフィアから流星街に依頼がいって、流星街の住人でも難しそうだったからオレ達まで回ってきたんだ。でも、オレ達はマフィアの言いなりになるつもりはないし、こっちに被害が出るようならやりたくない」
「だから乗り気じゃないってことさ」

 混乱した頭ながらに、最後の方だけ理解できた。つまり、俺もムジナさん達も見逃してくれるってこと……? ふら、と顔を上げて尋ねる。

「そもそも、なんでムジナさん達はマフィアに狙われてるの……?」
「それくらいは本人に聞けよ。それより、ムジナは今どこにいる?」

 クロロの問いに、緩んでいた緊張が一気に張りつめた。見逃してくれる前提で話しちゃだめだ。余計なことは言わないようにしないと。ベッドの上に置いた拳を無意識に握りしめる。

「……知りません。長期の仕事があるからって置いて行かれました。連絡手段もないです」
「フ、相変わらず忠犬か。何も知らされてなかったのに?」
「情報を引き出すことに長けた能力者にでも捕まったら困りますから」

 そう、特に、何がヒントになるかわからないような、頭の切れる相手のときは余計だ。ムジナさんや店長の振る舞いを思い出す。俺がどれだけあの人達に救われてきたか。何も教えてもらえなかったことと比べて劣るような感謝じゃない。

 俺の気持ちが揺るがないのを悟ったらしいクロロが、ため息をついた。

「ま、こちらもシャルの機嫌を損ねてまでやりたい仕事じゃないさ。本人が今までの労力が無駄になってもいいって言ってるんだからな」
「シャル……」

 そこまで俺のことを認めてくれてたなんて……! 友情って素晴らしい! と感動してシャルを見ると、大きく頷いて口を開いた。

「廃人って皆プライド高いからさー。フェイタンの理不尽さにキレない腕のいい人って希少なんだよね。犬属性じゃないと」

 すごく引っかかる言い方だけど、まあいいと思うことにした。……若干切なさを感じるのは気のせい。

***

 俺の気持ちはさておき、シャル達がムジナさんを追うのを諦めてくれたおかげで、お互いに一件落着という感じになった。ホッとする俺に、シャルが言う。

「アカル、携帯さあ、地下でも使うつもりなら市販のじゃ無理だよ」
「えっ」
「全エリア圏外なしをうたっているものでも、使えるのはせいぜい地下鉄の駅までかなー。それ以外は人がいることを想定していないから」
「そっかー……」

 残念だけどやっぱり携帯は欲しいから、地下で使うことは諦めて普段用に買おうかな、と思案していると、シャルが思いがけないことを提案してきた。

「作ってあげようか? 本当の意味で全エリア圏外なしの携帯」
「えっ、マジで!? 作れるの!?」

 そういえばシャルの持ってる携帯って自作なんだっけ? どこで見たんだったか、おぼろげな知識を思い出す。

「うん」
「なんだ、大盤振る舞いだなシャル」

 クロロが面白そうに笑った。

 クロロはまず、パソコンの前から離れて発言して欲しい。今までずっと怯えてきた分友好モードに慣れない。パソコンを人質にとられているような気分になる。

「タダではあげないけどね」
「いや、そりゃそうだよ! お願い、是非作って欲しい!」
「オッケー。じゃ、作ったら私設会話か対話入れるよ」
「ありがとう!」

 おおお、持つべきものは友達だな! と感動していると、シャルは話はもう終わったという様子で別れを切り出した。

「じゃ、オレ達は帰るね」
「ククッ……」

 やったークロロが帰る! と思っていると何故か当のクロロが笑い出した。え、バレた? 心読まれた? と焦ったが、どうやら笑いの対象はシャルだったようで、シャルがあからさまにムッとする。

「何? 仕事終わったんだからいいでしょ? いつまでもここに居てもしょうがないし」
「もちろん」

 もちろん、と言う割にクロロの顔はまだ笑いを含んでいて、言ってしまえば、挑発的な笑みだった。ちょ、ここで喧嘩しないで! クロロも何かわからないけど挑発しないで! とハラハラしていると、やっとクロロがパソコン前の椅子から立ち上がった。

 よし! そのまま離れろ! よし!

 しかし、歩き出したクロロはシャルの元へと行くことなく、俺の前で足を止めた。

「初めて会ったときはあんなに友好的だったのに、今やシャルとは随分な違いじゃないか」
「ファッ!?」

 完全に心の声が漏れたと思った。漏れた上での発言だと思った。

「い、や、なんと言っても一度命の危機を感じましたし……」
「敬語」
「……ク、ロロとは実質三日しか付き合いないけど、シャルとは出会ってから一ヶ月半以上毎日一緒に遊んでたし……」
「ゲームの中でだろ?」
「俺にとっては現実!」

 思わず声を荒げてしまったが、クロロが気にした様子はなく、むしろ「そういう手が有効な場合もあるのか……」と何やら考え込んでいた。新たにクロロに騙される人を増やしてしまったかもしれない。シャルが後ろで呆れた顔をしていた。

「アカルは根っからの廃人気質なんだから、からかわないであげてよ」

 いや何それ貶してんの!? 根っからの廃人気質って何!?

「フフ、シャルのオトモダチに興味があってつい、な」

 意地悪そうな笑顔来ましたー。それでもイケメンなんだから嫌だわー。つか今気づいたけど、俺イケメンにオセロされてる! これは俺もイケメンになるべき!

 くだらないことを考えているうちにクロロが扉の方へ歩いて行ったためオセロが解消され、シャルが笑顔で手を振ってきた。こちらも笑顔で振り返す。

「じゃ、本当に帰るから。バイバイ」
「バイバーイ。またねー」
「またな」

 いえ、あなたとはあまりまたしたくありません。


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