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反射結界、すなわちオーラの一部を"受けた衝撃を反射する性質"に変化させ、その威力の強化をするというカウンター戦法で100階まではとんとん拍子で上がっていった。
流石にこの辺りからカウンターを警戒して迂闊に仕掛けてこない敵が増えてくる。相手が一撃必殺のつもりで打って来ない分反射ダメージも下がるわけで、一発で昏倒させることは難しくなっていた。でも別にKO勝ちを狙ってるわけじゃないし、こっちはノーダメージだから時間切れまでポイントを稼いでポイント勝ちに持って行けばいい。200階までは3分3ラウンドというルールに救われている。
我ながらセコいというか、華のない戦い方だとは思う。でも今の俺に出来る見た目派手な戦い方したら相手死んじゃうよ! 死ななくても重傷だよ!
手間はかかるものの、特に怪我等することなく150階まで勝ち上がって、明日は160階クラスを賭けての戦いになる、というときだった。
俺は選手用に与えられた個室でムジナさんの言いつけ通り修行をしていた。と言っても組み手をする相手がいないので練と堅、それに系統別の修行の繰り返しだ。
操作系の修行として部屋にあった花瓶を浮かせていると、部屋の扉がノックされた。個室に人が来るのは初めてのことだったので驚く。誰だろ? とあまり深く考えずに花瓶を浮かせたまま扉を開けた。
「こんばんは」
扉の前に立っていたピエロを見て、思わず花瓶を落とした。背後でガシャン! とどう考えても割れた音がする。
「あれ、何か割れたみたいだよ」
お前のせいだよ!
「こ、こんばんは……」
なんで、え、これって、ヒソカってもう天空闘技場にいるの? 早くない? そっくりさん? そっくりさんだよね? と、まさかの出会いに激しく混乱する。
「さっきのは花瓶が割れる音かな? 操作系の修行でもしてたの?」
「は、はい……」
あまりのことに取り繕うことも出来ず、な、何か問題でも? と心の中で震えた声を上げていると、ヒソカ(?)の口から恐ろしい言葉が発せられた。
「でもキミがいつも使ってる技って変化系の技でしょ? 対極にあるのに花瓶なんて重いもの持ち上げられるんだ」
技の系統バレてますけど! 何、どういうこと!? つうか観戦されてたのかよ! 恐ろしい事実に背中からドッと冷や汗が噴き出すのがわかった。そんな俺を追い詰めるように言葉は続く。
「本来の系統は変化と操作の間……性質変化したオーラの強化を素早くしているところを見ると、強化か放出かな?」
バレそうー、出会って数秒で系統バレそうー。何この奇術師怖い。頭の回転が早い変態って誰得だよやめろよ。いやまだヒソカだと確定したわけじゃないけど。そっくりさんかもしれないけど。つかそもそも何の用なの? 花瓶割ったり系統バレそうになってたり散々なんですけども!
「あの、それでご用件は……」
緊張やら怯えやらで思わず敬語になる。邪魔! 早く帰って! という本心が伝わって欲しいような欲しくないような、複雑な気持ち。俺の問いにピエロメイクの男は目を細めて答えた。
「んー、最近噂になってる選手がどんな子かなーって」
そんな、別のクラスのアイドルに話しかける男子中学生みたいな理由やめてくれないかな。反応に困るわ! つーか、噂って? いけ好かねえ戦い方しやがってみたいな? 男は俺の姿を上から下まで一通りジロジロと見まわすと、「うーん」と軽い調子で唸った。
「近くで見てもそこそこ使えそうなのに、何であんな勿体無い戦い方するのかな?」
「ファッ!?」
今までのわかってて聞いてる風な感じだったり、独り言に近いようなものではなく、明らかにこちらの答えを待っている様子に焦る。答えないとキレられるやつじゃねこれ、と慌てて口を開いた。
「いや、ポリシーというかなんというか……」
ドアノブを握りしめたまま言う。つーかむしろ扉閉めたい。理性と本能が激しくせめぎ合う。鎮まれ俺の右手……!
「殺さずの精神とか?」
「それもありますけど、魔法使いとしての矜持が――」
言いかけて、まず間違いなくヒソカであろう男のオーラの異変に気づいた。下を向いていたため、体の一部の異変も目に付く。
ちょ、お願いだから勃起しないで! するにしても俺が見てないとこでして! ていうか今の会話のどこに勃起するポイントがあったの!?
ひょええ、と戦慄く俺を無視して、違う人だったらむしろ嫌ですらあるヒソカが恍惚として言った。
「いいこと言うねぇ、キミ。魔法使いかぁ……奇術師を名乗る者ととして、是非戦ってみたいなァ」
魔法使いを名乗る者として、俺は戦いたくないです切実に。
「ボクは奇術師ヒソカ。200階で待ってるよ」
ハイきましたヒソカ確定ね! 逆にヒソカでよかったわこれで別の人だったらこの世界変態多すぎってなるわ。
そう言うとヒソカは身を翻して去っていく。出来ることなら発言と被せ気味にでも扉を閉めたかったけど、感じ悪いからムカついたという理由で殺されるかもしれないので我慢した。廊下の角を曲がるのを確認してから扉を閉め、その場にへたり込む。
なに、なんなの? 場にそぐわない戦い方した罰なの? クロロの次はヒソカってマジどうなってんの俺の幸運値。ネトゲではリアルラック高い方なはずなのに。
クロロと同じく、ヒソカも漫画のキャラクターとしては「ちょww勃起してるww」と笑えて面白いんだけど、その対象が自分だと思うと笑えない。全くもって笑い事ではない。しかもヒソカの快楽ポイントって壊すことじゃん! 殺されるわ!
店長やムジナさんに天空闘技場にいると思われている以上、連絡手段もない俺はここを動くことができない。ヒソカと当たっちゃったらどうしよう。棄権なんかしたらまた部屋まで来そうじゃない? でもそれは200階に行かないように手を抜いても同じことが言えるわけで。
店長助けて!!
半泣きになりながら窓に向かって祈る。今頃どこで何してるんだろう。
そもそもムジナさんの仕事って何なんだろ? ライセンス持ってたし、ハンターなのは間違いないけど……本人が言っていたような、ただの契約ハンターとは思えない。しかも店長はハンターじゃないって言ってたし……。ハンターのムジナさんと非ハンターの店長が一緒にする仕事って何?
何が何だかわからないような体験をしたうえに寂しさが爆発してしまった俺は、割れた花瓶を操作してゴミ箱にぶち込んでから不貞寝した。細かくて認識出来ないような破片は知らん! もう寝る!
*** その後は特に手間取ることもなく、無事200階に到達した。してしまった。
ヒソカに部屋まで来られたときはもういるの!? と驚いたけど、よく考えたら原作の時点でヒソカの戦績はあと二勝でフロアマスターかつ一度でも負ければ降格、という状況だったから八勝三敗。その内三敗は期限が迫ったから登録だけしたというもの。つまり、仮に八勝全て間を置かずに戦ったとしても、約九ヶ月は200階クラスの闘士だったことになる。たぶんヒソカは青い果実探しにここに来てるんだろうから、あまり頻繁には試合しないと思われる。
つまり、原作開始まで二年弱の今でも、ここにいるのはそう不思議なことではない……そう、不思議なことではないんだよ……。なんで気がつかなかったんだ俺! ヒソカがいるかもしれないと気づいてたら絶対来なかったのに。
とりあえず、来てしまった以上は『予定が合わないフリで限界まで引き延ばしてあわよくばそのままバイバイ天空闘技場作戦』でいくしかない。店長が迎えに来てくれるまで頑張ろう! と胸に誓いながら、200階闘士としてエントリーすべく専用の受付へ向かう。
すると、カウンターにはヒソカがいた。いきなり心折れそう。
「ヤァ。待ってたよ」
ヒソカは俺に気がつくと、笑ってはいるが朗らかとも言い難い様子で声をかけてきた。本人の気持ち的には朗らかなのかもしれないけど、胡散臭さが全面に出ているのでそう表現していいのか悩む。
つか俺なんかをわざわざ待ち伏せするなんて、今よっぽど不作なんだろうな。カストロってまだ居なかったっけ? 熟れるの待ちかな。
「ヒソカ……さん」
歓迎したい相手ではないが、無視したと思われても困るので名前を呼ぶことでお茶を濁す。一応さん付けしといたけどヒソカって何歳なの? ピエロメイクのせいで年齢不詳だ。ノーメイク姿を見る限り20代だとは思うけど。漫画でヒソカのすっぴんを見て驚愕した読者は多いだろうなー。俺もその一人だし。
「ヤろうよ。いつがいい?」
一種の現実逃避をしていると、ヒソカが飢えた目で言った。
あっ、闘る気満々ですね。了承を得る気が全く感じられないです。とりあえずオーラ抑えて欲しい、怖い。回れ右したい気持ちを抑えつつ、用意しておいた答えを返す。
「い、いえ、あの、俺しばらくやることあるので、登録だけして戦わないつもりなんですけど」
嘘じゃない! 嘘じゃないよ! 本当にやることあるから! 時間もかかるし!
「……どうしても外せない用なのかい?」
どんな反応が返ってくるのかと内心かなり怯えていたが、予想に反して威圧的な態度をとられることもなく割と穏やかな様子で尋ねられた。それに元気よく答える。
「はい! どうしても外せない大事な用があります!」
「残念だなァ。じゃあ、用事が終わったら一番に闘ってよ。他の人とヤってたら……壊しちゃうかも」
発言の物騒さと気持ち悪さに二重で鳥肌がたった。壊すって……俺を? 相手を? 用事が終わる頃には俺に興味が無くなってることを祈るしかない。
「じゃ、じゃあそういうことで……」
たとえ引きつっていようとも笑みを作れただけ頑張った方だと思う。戦闘準備期間ギリギリである90日後に戦闘日を指定して、さっさと新たに与えられた自室へ向かう。
視線がついてくるのは気のせい! 首に物凄い鳥肌立ってるけど気のせい!
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