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この世界に来てからバイトと修行の二色だった生活が、地下に潜ってから一気に修行一色になった。来る日も来る日も修行。やばい、俺主人公っぽい。あれから一歩も太陽の下に出てないよ! 俺が元引きこもり準廃じゃなかったら耐えられないだろこれ。
ちなみに食事は店長が用意してくれている。完全に養われてるんですけど……本屋バイトから引きニートにクラスチェンジしてしまった。
今の生活をはじめて思ったんだけど、バトル漫画の主人公に未成年が多いのは四六時中修行してても問題ないからじゃないか? 大人がやってたら「え、お前修行なんかしてる暇あんの? 生活費誰が稼いでるの?」ってなるよ!
地下で何をそんなに修行しているのかと言うと、主に組み手だ。組み手と言ってもゴンやキルアがやっていたような流の精度を高めるためのものではなく、発を使いこなす訓練みたいな感じ。
この組み手の基本的なルールは、"@俺は常に発あり、Aムジナさんは常になし、B店長は状況によってはあり"というものだ。これには理由がある。実はムジナさんの発は超攻撃型で、店長の発は超防御型らしいのだ。
ムジナさんいわく、「キミの防御力では私の発を受け止められない」とのこと。受け止め"き"れないんじゃなくて、受け止め"ら"れないんだって! 纏を突き破っちゃうって。死ぬよ!
結局そんな恐ろしいムジナさんの発はまだ見てないんだけど、話を聞く限りムジナさんと店長って組んで戦うのにすごく相性がよさそう。極振りパーティは効率厨の掟だし。ちょっとジェラシー。お似合いの二人ってやつね! と疎外感が半端ない。でも共闘してるとこ見てみたい。
そして店長の発が……モロに殴り盾って感じで、イメージにピッタリすぎた。俺の理想とする殴り盾っぷりで、安心感を与える人柄とか、ほんとピッタリ。ただ、そんな店長と組み手しているため、完成された殴り盾が敵パーティーにいるときの恐怖を思い出してしまった。
早く倒さなきゃ、でも全然倒れないやばい、と思っているうちに敵アタッカーに大暴れされて全滅。行動阻害を阻害されるあの屈辱感……そしてこちらの盾は敵殴り盾様渾身の一撃で倒されるっていうね。でも味方の盾を攻められない。NPC相手ならPCの最大生命の二倍近くダメ出てるんだもん。
話が逸れた。
組み手は生活するのに使っているものとは別の部屋に移動して行っている。地下に何個部屋あるの? とか、これ全部ムジナさんもしくは店長のプライベートスペースなの? とか、聞きたいことはたくさんあるんだけど、聞く余裕がない。ちなみに未だに一人では移動出来ない。道が複雑すぎるよ……!
組み手の他には、潜在オーラ量を増やすためにひたすら練と堅。隠とか円とかは全くやらない。なぜなら、俺の戦い方は発ありきだから。
発はオーラの消費が激しい。ガス欠にならないためには、オーラ総量を増やすしかない。なので、堅も戦闘中に維持することを想定しているわけではなく、潜在オーラの量を増やすためにやってる。そこら辺のは発がまともに使えるようになってからやればいいとのことだ。
実戦で発を30分ぶっ通しで使えるようになることが第一目標らしい。修行と実戦は全然違って、修行で二時間出来ても実戦では30分くらいになっちゃうとかザラだから出来るだけ実戦に近い組み手形式らしいけど……正直サンドバックタイムである。
そんなこんなで三ヶ月が経った。なんと、地下で年を越してしまった。
三ヶ月も地下にいて大丈夫なのか? と思ったけど、纏をしていると若さを保つことが出来るっていうし、俺の細胞的には一ヶ月くらいしか経ってないのかもしれない。それでも長いけどね。
もはや当初の目的である、クロロ達から逃れるために修行するという認識はなくなっていた。修行するために地下に潜ったし、修行を次の段階に進めるために今の修行をしてるって感じ。それくらい修行しかしてなかった。完全に俺の中で修行がゲシュタルト崩壊していた。
いい感じに頭が混乱していたある日、ムジナさんがこう言った。
「長期の仕事が入ったから、明日上に行くよ」
この発言を聞いてまず思ったのは、「そういえばムジナさん仕事してたんだった……」というものだった。
マジでずっと修行してたので、俺と同じく店長に養ってもらってるタイプの人だと錯覚しかけていた。てか、してた。
店長は食料品買いに行ったり、他にも用事があるとかでちょくちょく上に行ってたんだけど、ムジナさんはガチでずっと地下にいた。そういえば契約ハンターだって言ってたもんな。今はもう全然信じてないけどね、その言葉。
「そうなんですか……いってらっしゃい!」
堅をしながら話す。はじめの頃はこのながらが出来なかったものだ。しかし、朗らかに答える俺を見てムジナさんは怪訝そうに首を傾げた。
「キミ、一人でここに残るつもり? 道わからないのに?」
「えっ」
俺はてっきり、ムジナさんが一人で仕事に行くのかと思って、店長と二人っきり! うふふ! みたいなノリになってたんだけど、違うみたいだった。一人になるのは俺だった。
あ、お二人で行くんですね。うらやま……お気をつけて……。
「一年くらい帰って来れないから、生活出来る場所は紹介してあげるよ。その間もサボらず修行してね」
…………え?
*** 三ヶ月ぶりに太陽の下に出れたというのに、俺の心は曇っていた。
一年もひとりぼっち、だと……。
しかも、ムジナさんの言う『生活出来る場所』は天空闘技場だった。
いやいや、確かに俺ずっと修行してましたけどね? その内容っていわば魔法使いとしての修行であって、格闘家としての修行ではないんですよ。そもそも俺ってクロロから逃げてたんじゃなかったっけ? こんな目立つ場所で戦ってていいの? 全国ネットかどうかはわかんないけど確かテレビ中継もしてなかった?
突っ込み所が多すぎて、ムジナさんの天空闘技場のシステムについての説明は完全に右から左だった。二人への連絡手段もなしだったのでいよいよ捨てられたのかと思ったら、「200階で待ってればいいじゃん。仕事終わったら迎えに来るから」と言われた。
あ、迎えに来やすいように目立つとこにいろって感じなのね。その前に死神がお迎えに来たらどうするんだ、という思いから「絶対無理ですよ! 俺は生まれついての後衛職なのに!」と言えば、店長に「心配すんな。纏してりゃそこら辺のゴロツキには負けねぇよ」と返されてしまった。よし、そこら辺のゴロツキじゃない人と当たったら棄権しよう。
なんだかんだ言いつつ別れはもう済ましてしまったので、とりあえずエントリーすることにした。エントリー用紙に必要事項を記入していく。
えーと、名前だろ、アカル=フジサキっと……次は生年月日か。1990年、ってこれだと今6歳になっちゃうじゃん! 二重線引いて……1974年生まれにしとこう。完全に未知の時代だけどね! ていうか、うわ、俺って原作開始時には24歳なのか……ゴン達と一回り違うってすごいな。初めて読んだときは同い年だったのになあ。なんだか切ない。闘技場経験はなし。格闘技経験は……念の修行も格闘技と考えれば約四ヶ月か? 格闘スキルは魔法で。よし、書けた。
「これでお願いします」
「はい、承り…………あのー、この、『格闘スキル:魔法』と言うのは?」
エントリー用紙を差し出すと、受付のお姉さんにつっこまれてしまった。ええーそこつっこむのー? でもこのお姉さん纏してないし、説明のしようがないので、押し切ることにした。
「魔法は魔法です!」
「……では名前が呼ばれるまで待合室で待機してくださいねー」
生温かい目で見られたけど気にしない。世の中には、お姉さんの知らないたくさんの驚きが存在するんだから! 妄想じゃないから!
案内板の通りに歩いていくと、すぐに待合室に付いた。が、あまりのむさ苦しさに回れ右しそうになる。今まで生きてきて一度も運動部に所属したことがなく、体育の時間くらいしか男のすし詰め状態に参加したことがない俺には苦痛以外の何物でもなかった。しかも皆ゴツいし。男子高生とは厚みが違う。
いかにも殴り合い大好きです! という体つきの皆さんを見ていて、ふと気がついた。店長は纏してれば負けないって言ってたけど、どうやって勝ったらいいんだろう?
俺の戦い方は自分の手で殴ったり蹴ったりするようなことがまずない。自己強化にしても、基本的には防御力や回避率を高めるためにかけることがほとんどで、攻撃力を上げる場合も念弾の威力強化とか、とにかく攻撃時の感触が体に伝わるような戦い方をしたことがないのだ。
あれ、もしかしなくても俺、ここに向いてない……? ムジナさんは何を思って俺をこんなとこに放り込んだんだ。場違いにもほどがあるんだけど。
「2718番、アカル様。Bリングへどうぞ」
どうしようと考えあぐねるも、名前が呼ばれてしまったので答えの出ないままリングへ向かう。対戦相手はテンプレ通りのゴロツキ的マッチョだった。マッチョは俺を頭の天辺から爪先まで見て、「こりゃ楽勝だな」と言わんばかりの顔をした。
「オイオイ! 兄ちゃん来る場所間違えてねぇか!?」
ですよねー。観客の野次にも頷くしかない。そういう場所だから当たり前なんだけど、周りの人皆ガラ悪い。声とか目付きとか怖いよ。本当になんでこんなところにいるんだ俺、と現状への疑問が尽きない。
「ここでは両者のレベルを判定します。制限時間は三分。両者持てる力を出し切ってください」
混乱する俺をよそになされた審判の宣言に焦る。いや、マジでどうやって倒そう。えっと、魔法使いキャラのソロの基本は――
「はじめ!」
「一発であの世に送ってやるぜ!」
ってはじまったー! そして先手必勝とばかり向かって来た相手の台詞から溢れる、このモブ臭!
考えたいこともつっこみたいことも多々あったが、ひとまず目の前の相手に集中しようと前を見据える。すると、予想外に相手の動きが遅く見えた。もしかしてこれが目が慣れたってやつか、とちょっと感動する。ずっとムジナさん達と組み手してたから気づかなかった。
とりあえず体を引くようにして半歩左にずれることで、向かってきた拳を躱す。大振りな一撃を避けたから脇腹がガラ空きなのはわかるんだけど、そこを殴る気にはならなかった。
なんて言うの? 魔法使いの矜持つーの? 素殴りだけは絶対にしたくない。
殴らずに倒す方法はあるはずと頭を絞って、「これだ」というものを一つ思い出した。俺の実力じゃタイミングがシビアだろうけど、やる価値はある。
この技能にはよくお世話になってました。魔法使いってヘイト溜まりやすいからね!
「避けてんじゃねぇ!」
いやいや。マッチョの叫びに思わず心の中でつっこむ。大丈夫、失敗しても纏してるから大したダメージはない。……はず。
格下に見ていた相手に避けられたことに対する苛立ちが込められた、振り向きざまの拳を引きつけて――今!
「『反射』『威力倍増』、衝撃は『二倍』となって跳ね返る!」
詠唱と同時に拳が触れるであろう部分近く、およそ50センチ四方のオーラが変質するのが見えた。その直後、よく磨いたガラスのように光るそこへと拳が突きつけられ、ガシャンという音とともにオーラが割れる。
「ぐおっ――!?」
跳ね返された衝撃によって一瞬で巨体が吹き飛ばされた。回転しながら放物線を描いて飛んだ相手は、受け身もとれずに地面に叩きつけられる。殴られた方ではなく殴った方が吹っ飛んだことに会場がざわめいた。
出来た、反射結界!
「オーブリー、ノックアウト! 君は50階へ」
思い通りにオーラを扱えてホッとしていると、審判がそう宣言した。その内容が意外で少し驚く。
あれ、50階行けるんだ。格闘したわけじゃないから評価は低いと思ったんだけどな。見えない速さの攻撃をしたと思われたのか、能力持ちの念能力者はさっさと上げる方針なのか。
なんであれ、初勝利です、店長!
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