ロマノン | ナノ

08


 俺は今、昨日貰った給料を手に買い物に出てきていた。店長から一日休みをいただいたからだ。

 ――ずっとカツカツでやりくりしてたんだ、買いたい物だってあるだろ。一日やるから遊んできな

「店長ぉ……!」

 回想の中の店長に感動していると、すれ違ったおばさんが振り返った。その目が完全に異常者を見る目で、我に返る。

 ……とにかく、店の掃除だけはしに戻るつもりだけど、お言葉に甘えて一日ゆっくり買い物することにした。大通りへ向かいながら、何を買おうかと思案する。

 ほんとはパソコンが欲しいんだけど、ネトゲすることを考えるとスペック的に買える気がしないんだよな。いや買えないことはないんだけど、買ったら食費がなくなる。洗濯機? 後回しです。手洗いでもなんとかなる。……やっぱり、一応見るだけ見てみようかな? いや見たら余計欲しくなる。それに回線引いたりなんだりで、パソコン本体以外にもお金かかるし駄目だ。

 無意識に家電量販店へと向かいかけていた足を止め、方向転換する。

 ていうかよく考えたら、そもそもネトゲする時間ないかも。修行かバイトサボらなきゃ無理っぽい。修行はGIクリアという目標があるからサボれないし、この状況でバイトをサボるなんてそんな、打ち首レベルの大罪だろう。お金入って浮かれてました、はい。つい妄想し過ぎちゃった。パソコン買うのは自立してからね!

 でもなーよく考えたら特別欲しいものって、パソコン以外ないんだよなー。元々ほとんど引きこもりな準廃だったから、服には全然興味ないし。まあでも、服とか下着の替え買ったら洗濯のペース落とせるかな。

 前にも服を買ったデパートの方へ足を向けるが、結局は洗う量が増えて大変なだけだと気づいて立ち止まった。

 なんか、せっかく店長が休みくれたのにすることない……

「あれ? 君、昨日の店員さん?」

 店長の気遣いすら無駄にする己の非リアっぷりにずーんと落ち込んでいると、後ろから声が掛けられた。振り返ればイケメンが。

「あ、昨日の……お客さん」

 名前を呼ぼうとして、そもそも聞いてなかったことに気づく。

「偶然だね。今日は休みなの?」
「はい……あ、今なら店長いると思いますよ」

 イケメンは昨日と同じく、シャツにスラックスというラフな姿だった。これが昨日と同じ服であれ、同じ服を何枚か持っているのであれ、この人なら何の問題もなさそうだな。

「そうなんだ、ありがとう。でも急がないから大丈夫。それよりさ、そこのカフェでモーニングしようよ」

 心の中でイケメン爆発しろと唱えていると、イケメンは突然そう切り出し、指差した方向に歩き出した。あまりの強引さに驚愕する。

 このイケメン強引だな! いやでも、イケメンって大概こうなのかも。大学にいた、今となっては『この人ほどではないけどイケメン』にランクダウンしてしまった準イケメン君もこんな感じだった。ほぼ初対面に近い人間を、さも親しい友人かのように食事に誘えるなんてコミュ力半端ないなと思った記憶がある。

 もちろん俺は誘われる側の人間だけどね! コミュ力に自信がないだけで孤独を愛しているわけではない、俺みたいな人間からするとこういう人の存在はありがたかったりする。それと同じくらい妬ましいけどな! リア充爆発しろ!

 まあでも、やることなかったしいいか。それに俺は、向こうの世界で逃げてたことにも挑戦しようと思うんだ……!

 イケメンの後ろを歩きながら決意新たに気合を入れる。しかしそれは開いたカフェの扉から聞こえてきた声によって削がれることになった。

「いらっしゃいませ!」

 ウエイトレスさんの気合が入りまくったスマイルに怯む。なんだこの表情、と思いかけてすぐにその理由に気づいた。イケメンのせいだわ、うん。

 自分一人では絶対されないであろう対応に、世の中の無常さを感じて萎えた。ハイハイ顔面格差顔面格差。

「二人で。タバコ吸わないよね?」
「あ、はい」

 俺はタバコは吸わない。吸ってみたこたとはあるけど、特にハマらなかった。高いし。吸う人はみんな「一回吸ってみたらやめられなくて」って言うのになー。

 まあ、俺もネトゲについて聞かれたら「一回やってみたらやめられなくて」と答えるしかないんだけどね。今やってないことが異常なくらいだ。

「ごゆっくりどうぞ!」

 マジでゆっくりして欲しい、そんな副音声が聞こえてきそうなウエイトレスさんに、一番奥の席を案内される。水とお絞りを二つずつ置いていったん席からは離れたものの、注文はまだかまだかと目を光らせる姿はハンターのようである。

 これが肉食系女子ってやつか、と一人納得していると、メニューに目線を落としていたイケメンがこちらを向いた。うおっまぶしっ。

「そういえば、朝ごはんは食べた?」
「軽くですけど。でも、お腹減ってきちゃったんで何か食べます」

 今更な質問キター! でも全然不快じゃない不思議。これがコミュ力の成せる技なのだろうか。それともイケメンパワーか?

 ちなみに今は11時前で、朝ごはんには遅いというか、早い昼ごはん? イケメンはちょっとお寝坊さんなの? ていうか仕事は? あっ、

 もしかして:学生

 いやー、これで同い年とか年下だったらへこむわー。学生だとしても院生とかでお願いします。

 イケメンがウエイトレスさんを呼ぼうと目線を向けると、手を挙げたり声を出すまでもなく、待機していた人が来た。よかったね……!

 注文したものが来るまでは、当たり障りのない話をした。もちろんイケメン主導で。主に俺の話を引き出されている感がある。

「……で、服も買う気がしなくてどうしようってなってたんです」
「そうだったんだ。でもこれから冬になるんだし、アウターはあっても困らないんじゃない?」
「あ、そっか! そうですね、そのことすっかり忘れてました。今日はやっぱり服買いに行こう」

 この人って話す間ほとんど目を逸らさないんだよね。それでつい俺は気恥ずかしさを紛らわすようにペラペラと喋ってしまう。ちなみに過去、同じような状況で余計なことを言ったことがある。

 駄目だ俺、全然成長してない……!

 ふと、店長の言葉を思い出した。目を見ればどんな奴かわかる……もしかして俺、観察されてる? 見極められてる?

 なんて冗談で、単に相手の目を見て話すのはコミュニケーションの基本だからだろうけど。俺もやってみよう、とイケメンの目を見る。

「…………」

 目が合って、逸らしたい気持ちをグッと抑える。一瞬目が泳いだのは愛嬌ということで。――そして違和感に気づいた。気づいてしまった。

 あれ、なんか……この人、目尻は下がってていかにも笑ってる風な顔なのに、目が、

 目の奥が、笑ってない、ような。

 途端に出会ってから今までのことがフラッシュバックした。見覚えのある背格好、爽やかな笑顔、柔らかい物腰、笑わない、昏い目。

 思わず黒い髪から覗く特徴的なピアスに視線を送っていた。実際に目で見た光景と、紙面上で見た姿が一致する。なんで気がつかなかったんだろう。こんなに特徴的なのに。

 爽やかに話しかけてきた好青年は、クロロ=ルシルフルことA級賞金首の幻影旅団団長でした。それなんて死亡フラグ?

 本当になんで気づかなかったんだ……いや、実はなんでかはわかってる。出会ってすぐ気づきかけたけど、笑顔が眩しくてそれどころじゃなくなったんだった。微笑みって気恥ずかしいよー、なんてモジモシしてる場合じゃなかった。いやマジで。

「あの、今更なんですけど……お名前聞いてもいいですか? 俺はアカル=フジサキです」

 不自然に会話が途切れないようにと、最終確認を兼ねて尋ねてみる。

「あ、そういえば名乗ってなかったね。クロロだよ。クロロ=ルシルフル」

 はい、アウトーー。いやー、もしかしたら偽名使うかも? とか一瞬心配したけどほんとに一瞬の出来事でしたわー。

 クロロは、原作ではすごく好きなキャラだった。駆け引きの得意なキャラが好きなんだ。頭脳戦を見るとワクワクするし、相手に気づかれずに物事を自分の思い通りに進めていくようなシーンが大好きだから。

 この場合、気づいてない相手=俺だけどね! 何に気づいてなかったのか、必死に頭を動かして考えてみる。

 クロロが俺に接触してきたのは、店長のことでだ。「見ない顔」、「新しく入った子」。この二つの言葉で、クロロが常連、もしくは店長の知り合いだと思い込んだ。もしかして、あれは嘘?

 普通店員って毎日はいない。もし古株だったとしても、たまたまその店員がいないときに来てたみたいな言い方をすればいい。俺の場合本当に新人だったから話を合わせたのかも。

 よく考えたら、「オレが来たのは二ヶ月くらい前だったかな」という発言は、ネオンの占い能力について「誰から聞いたんだったかな」というのと同じで、後出しかつ曖昧だ。

 そして、俺は店長が店にいない時間があることを言ってしまった。

 さっと血の気が引くのがわかった。お世話になってる店長に、不利なことをしたかもしれない。 喉がカラカラに渇いて貼り付きそうだった。背中に汗をかいているのがわかる。

 恐らく、あれで御しやすいと思われたんだ。情報を引き出しやすいと。不自然でない範囲の強引さとか、さり気ない誘導とか、疑い始めればキリがなかった。

 なにより俺は、クロロのことを店長に言ってない。驚かしたいから内緒にしてくれと言われたからだ。自分の間抜けさに吐き気がした。

 クロロの目的が何かはわからない。もしかしたら、全部俺の悪い想像で、本当にただの知り合いなのかもしれない。でもそれは、店長に確かめてから考えればいいことだ。すぐに伝えないと、という気持ちで頭がいっぱいになる。

「……顔色悪いね。どうしたの?」

 明らかに何か都合の悪いことに気づいた様子の俺にクロロが掛けてきたのは、被害妄想だろうか、どこか冷たさを含んだ声だった。

 演じろ。この場を逃げ切れ。馬鹿で、世間知らずな若者。思い込んだら一直線。

「……っクロロさん! どうしよう、俺、ガスの元栓閉め忘れたかも!」

 青くした顔でクロロを見る。クロロは驚いたように目を丸くしていた。本当に驚いているのかはわからない。

「俺確認してきます! すみません、すぐ戻りますから!」

 そう言うと、俺は立ち上がった。頭がぼうっとするような、それ以外何も考えていないような感覚の中で叫ぶように言う。

「絶対戻ります!」
「きゃっ」
「すみません!」

 途中でウエイトレスさんとぶつかりそうになりながらカフェを出た。早く早く! と気持ちばかり焦る。クロロと会う前にウロウロしてたけど、同じ道を行ったり来たりしてたからそんなに距離はない。大通りから細い脇道に入って突き当たりを右へ。今までこんなに全力疾走したことないってくらい急いで店まで戻った。

「店長!」

 乱暴に扉を開けると、衝撃でベルが激しい音をたてた。店長はレジ前で本読んでいる。客はいない。

「どうした」
「店長、クロロ=ルシルフルって人と、知り合いですか? 黒髪の、」

 息を切らしながら切れ切れに尋ねると、一瞬店長の眼光が鋭くなった。

「潜るぞ、来い」
「え?」

 言葉と同時に腕を掴まれたと思ったら、そのまま強い力で俺が借りている部屋まで引っ張られる。突然のことに酸欠の頭がえ? え? と激しく混乱する。店長がベッドを散らかすという意味の表現ではなく物理的にひっくり返すと、下から隠し扉のようなものが現れ、そこに押し込まれた。

 なにこれ、一ヶ月住んでて全然気がつかなかったんですけど。


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