Girl | ナノ

ベイビーブルーの切れ端


※リヴァイの捏造過去話
※企画サイトLADY様への提出作品


 王都と地下街を繋ぐ扉のほど近く、何層も重なるうち最も地上に近いここへと塒を移したのは、つい三ヶ月前のことだ。風呂に入れる場所を探して辿り着いたのはこの辺りで一番大きな娼館で、なんやかんやあって用心棒を務める代わりに好きなだけ風呂を使えるようになっていた。

 その立地と地下街では飛びぬけて清潔な環境から趣味の悪い貴族共が頻繁に出入りするこの娼館には金回りのいい分人間的な体つきをした女が多く、ナマエもそのうちの一人だった。

「また拾ったのか」

 食うに困らない余裕がそうさせるのか、娼館には世話好きな女が多かった。とりわけナマエはその傾向が強く、地下街の入り口に棄てられた赤ん坊を拾っては甲斐甲斐しく世話を焼いている。そのほとんどはすぐに死んでしまうにも関わらず、ナマエは赤ん坊を拾うことをやめなかった。

「あたしはおっぱい出ないけど、こうしてると落ち着くみたい」

 俺が見ただけで四人目となる拾い子に豊かな胸を吸わせながら、ナマエは寝ちゃった、と囁くように言った。歴とした娼館の女であるはずなのに、乳房を露わにしたその姿からは性的な香りが一切しない。そういうものを煩わしく思う俺にとって、ナマエの傍は心地よかった。

「ミルクまだあんのか?」
「あと五回分くらい」
「……明日、取ってきてやる」

 女は"取引"に向かない。力では男に勝てないし、どうしても足元を見られる。いくら他より余裕があるとはいえ、自分の分すら切り詰めてでも死にゆく赤子のために不利なレートの取引をするナマエを見るのが嫌で、粉ミルクを調達するのは俺の役目になっていた。俺の申し出を受けて、ナマエは花が綻ぶように笑って言う。

「いつもありがとね、リヴァイ」
「別に大したことじゃねえよ」

 衰弱死した赤ん坊の死体を見るのは俺も気分が悪いというだけだ。よくある光景と言ってしまえばそれまでだが、だからといってそれを避けようとする行為を馬鹿馬鹿しいと笑う気にはなれかった。それは赤ん坊といるときのナマエがあまりにも美しいからかもしれないし、単に俺がそこまで擦れてないからかもしれない。

 自分の母親なんて顔も知らないが、一般的な母親とは皆こんな表情をするんだろうかと思いながらナマエとその腕の中の赤ん坊を見つめていると、リヴァイも抱いてみる? と声をかけられた。

「いや、いい。俺が抱いたら潰れそうだ」
「ふふ、そんなことないよ。リヴァイは優しいから」
「……、俺のことを優しいなんて言うのはお前だけだ」

 憮然として言えば、ナマエは赤ん坊に向かって「このお兄ちゃんは照れ屋だねえ」と囁いた。あまりの言いように否定するのも馬鹿らしくなって口を噤む。普段はこんなにマイペースな発言はしないというのに、これも母親という生き物の持つ一面なのだろうか。

「じゃあ触ってあげて。リヴァイが触ってくれたら、強い子になりそう」
「…………」

 先程よりは説得力のある言葉だ、と思った。

 果たしてそれがいいことなのかどうかはわからない。ここで暮らしていく以上強くなければ自由を得られないが、過ぎた力は余計なやっかいを呼び込むことの方が多い。

 しかし、どちらにせよ触らなければ満足しないだろうなとも思う。どことなく気乗りしないものの、生憎頑なに拒むほどの理由も思いつかない。とりあえず近寄ってみると石鹸の香りが鼻孔をくすぐった。ベッドに腰掛けるナマエの横に手をつく。安物のスプリングが軋む音が響いた。

 顔を覗き込んでみて初めて、この赤ん坊が今まで拾ってきた者よりもふっくらとした顔立ちをしていることに気がついた。恐らく上から来たのだろう。ここには貴族の私生児なんぞゴロゴロしているが、そのほとんどは住民の腹から産まれている。

「こういう色をね、ベイビーブルーって言うんだって。赤ちゃんのための色」
「へえ」

 ナマエが赤ん坊を包む淡い水色のタオルを摘んで言う。そんなもの――誰かのための色なんてものがあるとは知らなかった。一瞬、上から来た客に聞いたのかと思ったが、そんな話をする感性を持った人間がわざわざここに下りてくるとは思えない。同じ娼館の女同士で様々な話をしているようだし、そのときに聞いたのかもしれない。

 ――赤ん坊のための色、赤ん坊のためのミルク、赤ん坊のための振る舞い。

 チリ、と焦燥が胸を焦がした。どれだけ想っても、どれだけ手を尽くしても手のひらから零れ落ちていったそれ。あと何回泣き顔を見ることになるのだろうと思うと、くだらない祝福でもないよりマシに思えた。

 今度こそ失わずに済めばいい。そんな気持ちを込めてその小さな額にキスを落とした。

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