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「やばい、告白された」
「は?」

 物凄く切羽詰まった声で「相談したいことがある」なんて電話をかけてきたと思ったら、待ち合わせのカフェに現れたナマエは開口一番そう言った。

 あのナマエがメールやチャットではなくわざわざ会って話したいなんて言うから、どれだけ重要な話なのか――ともすれば命に関わるような内容かもしれない、と心配していた身としては、あまりのくだらなさに拍子抜けする。

「いや、告白っていうか、考えてみたいな感じなんだけど」

 未だ混乱の最中にいるらしいナマエは手をせわしなく動かしながらそう続けた。全身からどうしようオーラが溢れているのを見るに、満更でもない相手なんだろう。たぶん、自分よりスペックの高そうな相手に告白されて、どう対応したらいいのかわからないってとこかな。

「ナマエはさあ、どう思ってるの? 相手のこと」
「いや、どう、ってほど知らないし……」

 背凭れに上半身を預けながら問えば、ナマエは目を泳がせてしどろもどろに答えた。適当に相槌を打ちながら、告白の経緯についての情報を引き出す。何度か仕事で会った年上の女で、見た目もいい。なんで自分に告白してきたのかわからない。大方予想通りの答えが返ってきた。

 これは向こうは断られると思ってないな。いるいるそういう女。金も地位も美貌も持ってて、あとは結婚するだけってタイプ。こういう女って大概のものは自力で手に入れちゃうから、男に甲斐性を求めないんだよね。むしろプライドが高い分、いかにも女慣れしてそうな男を毛嫌いするっていう。そういうタイプからしたらナマエって条件ピッタリだもんなー。

 ナマエは自分のことモテないって言うけど、それって単に今までは年齢的にナマエみたいなタイプを好む女が周りにいなかったってだけで、これから先どんどんそういう女がいる環境になるだろうし、ぼやっとしてたら青田買い的に捕まっちゃいそう。ナマエ年上好きだし。そんでナマエは結婚までは考えてなかったのに女に計画的できちゃった婚させられちゃって、そうなると別れるに別れられなくて家庭に縛り付けられちゃうっていう。

 そこまで考えて、イラッとした。別にナマエのことをそういう目で見てるわけじゃない。オレ女の子の体好きだし。ただ、恋人や配偶者という立場が持つ、ナマエを拘束する権利を他の奴に使われると思うと、ね。面白くないなあなんて。

 考えを一切表情に出さないまま、素早くこれからの算段をつけた。恋愛経験豊富な友人の顔で話を展開する。

「じゃあ、どういう人がいいとかってのはある?」
「うーん……なんだろ。ネトゲに理解があって、沈黙が苦痛じゃなくて、波長が合う人、とか?」
「それオレじゃない?」
「えっ?」

 ただでさえ混乱しているところへ更に引っ掻き回すような発言をして思考停止させた。これだけで告白されたことなんて吹っ飛んだだろうけど、今後も似たようなことが起きることを考えれば、首に縄つけといた方がいいかなって。ナマエみたいな情に流されやすいタイプは操作系能力と一緒で早い者勝ちだし。

 見事に固まった顔のナマエへ有無を言わせない系統の笑みを向けた。

「なんなら付き合ってみる?」

***

 そんなこんなで戸惑うナマエを無理やり家に連れ帰って三日。予備のパソコンでネトゲをさせているうちに混乱が解けたらしく、ナマエが胡乱な目で尋ねてきた。

「いやおかしくね?」

 どうやら性質の悪い冗談だと思っているようで、真剣に相談したのに酷い、と顔に書いてあった。

「ん? 何が?」

 笑顔で聞き返せば、ナマエはわかりやすくむくれる。

「何であの話の流れで俺らが付き合うんだよ」
「オレじゃ不満?」
「ファッ!? いや、不満とかそういうんじゃなくて……」

 少しきつい言葉を使えば戸惑ってしまうナマエの性質を利用して、否定されることを前提に問いかけた。予想通りもごもごと口の中で消えていく語尾を笑いながら、畳み掛けるように言う。

「だって条件ぴったりだったじゃん。なのにオレ相手だと嫌って、オレ個人に特別な不満があるってことだよね?」
「えええ?? なんでそうな……いや、違う、そうじゃなくて」
「そうじゃないなら何が引っかかってるの?」

 オレの断定的な物言いに怯んでいたナマエだったが、さすがに流されるわけにはいかないと思ったのか、気持ちを落ち着けるように一つ息を吐き出すと語気を強めて言った。

「そもそも男同士で付き合うも何もないだろ」
「それって偏見じゃない? ていうか世の中には同性愛者なんて吐いて捨てるほどいるよね」
「!?????」

 予想外の返答だったのか、ナマエは目に見えて混乱を深めた。思考が言葉にならないであろうナマエの意識に刷り込むようにして言葉を続ける。

「人間は潜在的に同性愛者としての気質を持つって説もあるし」

 え? 何、どういうこと? 俺か? 俺がおかしいのか? 思考がだだ漏れのナマエからはそんな声が聞こえてきそうだった。実際は半開きの口からは何の音も発せられなかったけど。ちなみに出まかせじゃない。信憑性のほどは置いといて、そういう説は本当にある。

「いややっぱ無いって! シャルだって別に俺のことそういう目で見てないだろ?」

 眉根を寄せてしばらく考えていたナマエだったが、元々思い込みの強い分なかなか折れなかった。とはいえ、思い込みの強い人間というのは一度意見を変えさせれば今までとは正反対の主張も平気で出来る人種だ。ある意味御しやすくもあるわけで。

「やろうと思えば出来るよ」
「えっ」

 目が泳ぐ、というよりは眼球全体が痙攣するような動きで視線がぶれた。金魚のようにぱくぱくと口を動かし、文字通り絶句している。うん、もう一押し。

「ナマエは難しく考えすぎなんだよ。付き合ってるイコールセックスしないといけないってわけじゃないんだし」
「セッ……! いや、まあそうだけど」
「ぶっちゃけ抵抗あるのはそこだけでしょ? そもそもキスまでした仲じゃん」
「だからあれはノーカンだろ! し、した側がノーカンって言っちゃうのはアレだけど……」

 なにがだからなのかはともかく、やらかした側という意識はあるようで、自ら逃げ道を塞いでいる。そうだよね、ナマエはノーカンって言える立場じゃないよねー。まあ俺がナマエの立場なら絶対「酔ったときのことなんかいつまでも引っ張らないでよしつこいな」ってキレるけどね。

「うええええ?」

 一人意味のない唸りをあげて椅子の上で蹲ったナマエと目線の高さを合わせながら、トドメの言い訳を呟く。

「いーじゃん付き合ってるんだから。付き合ってもない相手に無差別でキスしちゃうのは問題だけど、正しい相手にする分にはいいでしょ?」

 一理ある、と納得に顔を上げたところを掠めるようにしてキスをした。

「…………」
「思ってたほど嫌じゃなかったでしょ?」

 オレも思ってたほど嫌じゃなかったし。

「うん」

 完全に意識から消え去ったであろう、名前も知らないどこかの誰かにほくそ笑んだ。
 

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