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無自覚な歩み


 俺は今、クロロの呼び出しに応じてサンレモ地方にある蜘蛛のアジトまで来ていた。初めてのアジト訪問! わー全然嬉しくない!

 用件は当然春のお仕事ブッキング時にバレた開錠能力目当てだ。それ以外にあっても困るが、そのせいで呼び出される羽目になったと思うとつくづく己の迂闊さを呪いたくなる。

 そもそも、頼み事するならお前が俺のところまで来いよと言いたい。怖いから言わないけど。

 不安やら不満やらで溢れる気持ちを抱えながら、漫画で見たヨークシンのアジトと似た雰囲気の廃墟を歩く。元は病院だったようで、壁に掠れた文字で矢印や矢印の先に何の部屋があるのかが記されていた。

 ご丁寧に部屋の場所まで沿えて送られてきたメールを頼りに、指定場所である第二診察室へと向かう。途中、昼間だというのに大量の酒瓶を抱えて笑うウボォーギンとノブナガに遭遇した。彼らの誘いをクロロからの呼び出しという大義名分を掲げることで断り、目的の部屋まで逃げるように走る。

 程なくして第二診察室へと辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、何やら物々しいオーラを放つ石像だった。その横では団長スタイルのクロロがポケットに手を入れて佇んでいる。

「来たか」
「来たけど……え、もしかしてこれ?」
「ああ」

 クロロが目線だけで示したそれは、前とは随分毛色の違うものだった。以前は両手に納まるサイズの金属製の箱だったが、目の前のそれは人一人入れそうなほど大きいもので、フォルムも人型に見える。……というか、たぶんこれ棺桶だよな? 火葬用の木製のものじゃなくて、ミイラとか入ってそうな石の棺桶だ。

 凝をするまでもなくわかるほどおどろおどろしいオーラを放つそれに内心たじろぐ。

「え、これ中身入り?」
「勿論。中身に用があるんだ」

 ですよねー。当然のように返された言葉に、諦めに近い気持ちが湧くのを感じた。でもこれいけるかな? オーラ的に複雑な命令されてそうな雰囲気ビンビンなんだけど。

「これ触っても大丈夫なの? 呪われたりしない?」
「呪いというか、オーラに触れるとそれを吸収する性質があるようだな」
「いやそれ呪いだから!!」

 あれだろ、いわゆる近くにいると体調悪くなる系だろ! そういうのを世間では呪いのアイテムって言うんだよ! そりゃ原理がわかってれば絶して触れればいいだけだから問題ないけど!

「難しいか?」

 胸中で色々と突っ込んでいると、クロロが尋ねてきた。正直そういう魔法使いじゃないから呪術は他をあたってくれと思っていたが、言葉とは裏腹に何かを確信していそうな表情にピンとくる。

「待って、これは"開かない"んだよね?」
「そうだ」

 ということは、と纏をしたまま棺桶を包むオーラに指先だけで触れる。ズ、と体内から生命エネルギーを引き摺り出される感覚に慌てて手を引っ込めた。棺桶本体と周りのオーラが連動しているにしては速すぎる反応に確信する。

 おそらく吸収の性質を持っているのはオーラの方で、棺桶自体には『開くな』という命令しかされていない。冷静に考えれば当然だ。無機物に複雑な命令を与えるにはそれ専用の発を作らなくてはならないし、仮にこの棺桶が具現化系の念能力者によって具現化されたものであったとしても、棺桶屋でもない限りそんなことのためだけにメモリを消費するとは考えにくい。まあ放出・操作・変化の三系統が絡んでいるオーラの扱いが出来る実力者も数は限られると思うけど。あるいは棺桶に命令をかけた人物と吸収能力を持つオーラの人物は別なのかもしれない。

 いずれにせよ、仮説通りなら棺桶への命令は上書き出来るはずだ。俺はオーラに直接干渉出来ないので吸収効果はそのまま残るかもしれないが、開きさえすれば呪いには絶で対応出来るクロロはそれで問題ないだろう。弾き出した答えをそのまま口に出す。

「やる」
「そうか。では後は頼む」
「えっ」

 それだけ言って部屋から出ていこうとしたクロロに、我が耳と目を疑う。クロロは俺のあげた声に顔だけで振り返ると、読めない表情で言った。

「発を観察されるのは嫌だろう?」
「そ、そりゃね」

 ぐう正論だけどクロロに言われるとすっきりしないものがあるよね。今まで思いっきり観察されてた気がするんですがそれは……てっきり今回も遠慮なしにガン見されると思ってたわ。

 そのまま言葉通り部屋を出て行ったクロロに首を傾げながら、問題のブツへと向き直る。何度見ても禍々しい。

 恐れを絞り出すように一つ息を吐き出し、棺桶の前に膝をついた。ざらついた石の表面に手をついてオーラを送る。触れた瞬間から俺の意思とは関係なく引き出されるオーラを更に押し出すようにして、出来るだけたっぷり、しかし素早く念を込めて詠唱する。

「『開錠』『命令強化』、『威力倍増』! まだ!? えーと、『オープン・ザ・セサミ』!!」

 最後の方はほとんどヤケクソになりながら唱えたが、なんとか開けることが出来た。開錠の瞬間、元々掛かっていた念との反発で軽く弾き飛ばされる。衝撃に逆らうことなく、頭をぶつけないようにだけ気を付けて仰向けに倒れた。

 この念強すぎるんですけど……オーラを奪われる呪いだけでも辛いのに、命令の方も強くて消耗した。額を流れる汗を拭う腕が震えているのをなんとも言えない気持ちで視界に収める。

 少しばかり茫然と薄汚れた天井を眺めた後、クロロに報告するために起き上がろうと腕をついた。ところが俺の意思に反して腕が生まれたての小鹿のように震え、力が拡散して上半身を起こしきることが出来ない。予想外の事態に愕然としつつ、助けを求めるために声をあげる。

「く、クロロー、助けてー」

 聞こえないのではという俺の心配をよそに、一拍置くとドアノブが回された。少しして含みのある笑みを浮かべたクロロが入って来る。

「流石に厳しかったか」

 そう言って笑みを深くしたクロロの手には、どこから持ってきたのかペットボトルが握られていた。冷蔵庫から出したばかりであろう冷たさを保つそれを汗の浮かんだ額に当てられる。押すと言うほど力の込められた動きではなかったけど、与えられた衝撃に抵抗するのもだるくて再び仰向けに倒れた。

 この用意のよさといい、予想してたような発言といい、見ない方が全力でやると思ってわざと出て行ったなこれ。

 側にしゃがみ込んで人の額にペットボトルを当て続けるクロロを目線だけで伺い見る。何してるんだ。看病か。と胸中で突っ込みを入れていると、こちらに視線を合わせたクロロが「飲むなら開けてやるが」と言った。

「いやいいよ、自分でやるし」
「そうか」

 再び降りる沈黙。いやなんだこれ。マジで何してるの? と混乱してきたところで、クロロが口を開いた。

「報酬の話がまだだったな」

 一瞬何のことを言っているのかわからなくてポカンとする。しかしすぐに開錠のことかと思い至った。それと同時に「何が欲しい?」と夕飯の献立を尋ねるような軽さで問われ、答えに詰まる。

 クロロが俺に報酬を払う気があったということにも驚きだが、そもそも俺にとって手伝いとは基本無償で行うものであり、礼をされるとしてもご飯を奢るとかそういうごく軽いものだ。クロロに「手伝ってほしい」と言われてそれを承諾したときからこの件を仕事ではなく手伝いとして認識していたため、報酬という言葉の持つ響きと現状とをうまく繋げられない。疲弊していることもあって、取り繕うことなく本音を漏らす。

「特に考えてなかったんだけど」
「無償でやるつもりだったのか? 移動にかかる経費も?」

 問いかけられて再び答えに詰まった。そう、そのつもりだったからこそ「頼みがあるならお前が来いよ」と思ったんだ。しかし、改めて問われると我ながら仮にも職持ちとは思えない発想である。いい歳してニート気質の抜けない己への恥ずかしさがじわじわと湧いてくる。

「あっ、わ、和菓子! 上生菓子食べたい!」
「上生菓子……白餡に求肥を混ぜ、山水や花鳥に見立てて練ったものだったか」
「そうそう、練りきりね」

 さすが、何でも知ってるな。辞書のような答えを返したクロロに頷く。上生菓子の定義はいろいろあるから練りきりだけを指すわけじゃないけど、一番好きなのは練りきりなので説明は省いた。

 報酬がお菓子って、と思わなくもないが、これなら手伝いの範囲も超えないし、大人の付き合いに全くの無償というのはいただけない。常識と俺の気持ちの両方を満たす条件だと己を納得させる。

「食べたことあるの?」
「いや、知識は持っているが実際に食べたことはない」

 ふと浮かんだ素朴な疑問を投げかければ、意外な答えが返ってきた。へー、マチとかノブナガと食べたことあるかと思ってた。昼下がりのコーヒーブレイクなんて言葉がするっと出てくるくらいだし、洋菓子派なのかな。

「とにかく、報酬は上生菓子で。すぐに手に入るものでもないし今回はいいよ。こないだ助けてもらってるし」

 言いながら話しているうちに力の戻ってきた上半身を起こしてペットボトルを受け取る。ラベルを見ればポカリだった。キャップを開けながらそもそもの発端となった日のことを思い出すが、ざわつくものを胸の奥に押しやってペットボトルをあおる。体温で少し温くなったポカリが食道を通って渇いた体に染み渡るのを感じ、肩に入っていた力が抜けた。

「ありがと」
「どういたしまして」

 自力で立ち上がれそうなところまで回復したと伝える意味で礼を言うと、クロロが僅かに開いていた棺桶の蓋に手を掛けた。オーラの定着条件が棺桶が閉まっている間だけだったのか、それは何の変哲もない無機物となっていた。

「ところでこれ何?」
「マミル族の王のミイラだ」
「へー」

 中を覗きたいような覗きたくないような、相反する気持ちがせめぎ合って尋ねたものの、予想通りかつあまり興味を引かれない答えに我ながら気のない返事をする。ミイラなんて何に使うんだ。それとも用途がないからこそ芸術的価値があるとかかな。

 何はともあれ用は済んだので、ウボォーギン達に捕まらないうちに帰ろうと立ち上がった。

「じゃあ帰るから」
「もう少し休んでいったらどうだ。ウボォー達が飲み仲間を探していたぞ」
「だから帰るんだよ」

 お前わかってて言ってるだろとクロロの方を向けば、なんとこちらを全く見ていなかった。ミイラに釘付けである。同じ適当な返事なのにこうも的確に痛いところを突いてこられるとは……とやるせない気持ちになった。

 こうなると今回は報酬いらないと言ってしまったのがなんとなく悔やまれて、逆十字に向かって「次は美味しい上生菓子用意しといて」と声を掛ける。また生返事をされると思っていたのに、クロロは何故かこちらを振り返り口角を上げたのだった。

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