とある昼下がりの逃走劇




「夏希姉ちゃん、健二さん、離して」

「か、佳主馬くん落ち着いて…!」

「そうよ佳主馬!」



万里子おばさんのお友達が息子さんを連れて遊びに来たのが30分前
その息子さんが名前ちゃんに一目惚れしたのが20分前
なんだかお見合いみたいな空気になってしまったのが15分前
そして、今にも殴り込みに行きそうな佳主馬くんを夏希先輩と2人がかりで抑えている現在に至る



「名前ちゃんは今おいくつなのかしら?」

「えっと、18歳になりました」

「あらまあ!うちの学ちゃんと同い年なのねぇ」

「はぁ…」

「本当に、僕と結婚しようよ名前ちゃん!
僕なら誰よりも君を幸せにしてあげる自信があるよ」



「…殺す」

「こら、佳主馬!落ち着きなさい!
名前があんな男の子に惹かれる訳ないでしょ!」



夏希先輩の言うとおり、学くん(っていうらしい)は何ていうか、決して女性にモテる顔立ちではない
それどころか、アイドル級のイケメンを何人連れてこようとも名前ちゃんはきっと佳主馬くんを選ぶだろう
それでも佳主馬くんは名前ちゃんが自分以外の男に言い寄られているのが大層気に入らないらしく、一瞬でも力を抜いたら本当に殺し…とまではいかなくても確実に一発は殴ってしまう勢いだ



「お気持ちは嬉しいんだけど、この子には婚約者がいるのよ」

「そうなんです、だから貴方とはお付き合い出来ません」

「そんな事言わないでよ!絶対僕を選んだ方が良いって!」

「…仕方ないですね、分かりました」



「「「え、」」」



名前ちゃんの予想外の発言に思わず固まる僕ら
その意図が全く分からずに、固唾を飲んで続きを待った



「今から3問クイズを出します
1問でも正解したら貴方と付き合います」

「本当に?!言っておくけど、僕ってかなり勉強出来るよ?」

「ええ、構いません
では第1問、私が好きな食べ物は何でしょう」

「そ、そんな事分かる訳ないじゃないか!」

「じゃあ諦めますか?」

「…いや、諦めない!」

「では、答えをどうぞ」

「えっと…、お菓子、とか?」

「不正解です
では第2問、私が苦手なものは何でしょう」

「…む、虫?」

「残念、不正解です
最後の問題です、もし私が泣いていたらどうやって泣き止ませてくれますか?」

「え…、」

「分かりませんか?では答え合わせです」



その言葉と共に僕らを遮っていた襖が静かに開く
名前ちゃんは僕らがここから覗いていたのを知っていたらしく、にっこり笑うと佳主馬くんの手を引いて隣に座らせた



「佳主馬なら、分かってくれたよね?」

「名前の好きな食べ物はおばあちゃんの畑でとれた野菜と梨
苦手なものは雷と怖い話
もし名前が泣いてたら、」



そこで一旦言葉を区切る佳主馬くん
ぎゅっと名前ちゃんを抱き締めると右手で優しく頭を撫でた



「こうすれば良いんだよ」

「うん、全問正解!
本当にお気持ちは嬉しかったんですけど、私にはこんなに素敵な人がいるんです
だから、ごめんなさい!」



名前ちゃんは小さく頭を下げると佳主馬くんと手を繋いだまま走り去っていく
方向からすると、納戸に向かったのかな
やっぱり名前ちゃんの隣には佳主馬くんがいるのが一番だと、自然に笑みがこぼれた
そんな、ある日の昼下がり



とある昼下がりの逃走劇

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