涙腺の再抵抗
「いただきます」
おばあちゃんの法事も無事に終わった日の夜
万里子おばさんの一声で夜ご飯になった
いつも通りの食卓、いつも通りの風景だったのに、
「俺、飯食ったら帰るわ」
お父さんの一言で一気に騒がしくなった
「ちょっと、急すぎない?!」
「1週間はこっちにいるって言ってただろ」
「仕方ないだろ直美、理一
緊急の仕事が入ったって連絡がきたんだから」
「そ、んな…」
あまりに急な話でどうしたらいいか分からない
私は箸を置くと静かに立ち上がった
「ごめんなさい万里子おばさん、ご飯もういらないや
お父さん、帰る準備が出来たら呼んで」
それだけ言って部屋まで走って向かう
視界の端で、佳主馬が心配そうに私を見ていた
***
「…悪い、俺も一旦部屋に戻って片付けてくるわ」
「理介、みんなに話してもいいわね?」
「…ああ」
去っていく理介おじさんを見送ってから、万里子おばさんが口を開いた
「みんな、落ち着いて聞いてちょうだい
名前は理介と一緒にアメリカに行くかもしれないの」
「…は?」
翔太兄が気の抜けた声を出す
それを皮きりにみんなが口々に質問をぶつけた
「何それ、どういうこと?!」
「どうしてそんな事になったんだよ!」
「名前お姉ちゃんいなくなっちゃうのー?」
「…っ、佳主馬!」
夏希姉ちゃんが机を叩いて立ち上がる
そして黙り込んでいた僕に掴みかかった
「どうして…、どうしてそんな平然としてられるのよ!」
「な、夏希先輩!落ち着いて…!」
「名前がいなくなっちゃうかもしれないのよ?!なのにどうして「煩い!」
夏希姉ちゃんの腕を振り払って立ち上がると、みんな黙って僕を見た
「平気な訳ないだろ?!
僕だって…、僕だって辛いんだよ!
だけど、僕たちが名前の幸せを奪っちゃいけないんだ!
夏希姉ちゃんや僕には分からないよ
5歳でお母さんを亡くして、お父さんがアメリカに行って、
1人ぼっちで親戚の家に預けられた名前の気持ちなんて!
入学式も、運動会も授業参観も卒業式も、1回も見にきてもらえなかったのに、ずっと笑顔で頑張ってきたんだよ
やっと、やっとお父さんと暮らせるんだ
それを、僕たちが引き止めちゃいけないんだよ…!」
そう言うと夏希姉ちゃんが泣き崩れる
みんなが座り直したところで、万里子おばさんが続けた
「佳主馬の言う通りよ
もし名前がアメリカに行くって決めたら笑顔で見送ってあげること!いいわね?」
しん、と部屋が静まり返る
時計の音がいつもよりも大きく感じた
涙腺の再抵抗
(名前の幸せの為なら、)
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