耳元に残ったあたたかい香り
夜、いつものように布団を敷いていると部屋の襖が静かに開いた
「名前、」
「お父さん、どうしたの?」
「…大事な話があるんだ」
そう言って座るお父さんの表情は真剣そのもので、私も手を止めて座った
「名前、お父さんとアメリカで暮らさないか?」
「…え?」
あまりに唐突過ぎる申し出に思わず聞き返してしまう
すると、お父さんは私の手を強く握って話し出した
「元々、母さんやばあちゃんには“名前が1人で暮らしていけるまで”預かってほしいと頼んであったんだ
名前はもう掃除も洗濯も料理も出来るだろ?
勿論、長野に残りたければそれでいいんだ、でも」
ぽん、とお父さんが私の頭に手を置く
そしてそのままゆっくりと頭を撫でた
「俺は、名前と一緒に暮らしたい
今まで寂しい思いをさせた分、少しでも傍にいてやりたい」
「…っ、」
その優しげな瞳に心が揺れる
私はお父さんの手を握り返して口を開いた
「…少し、考えさせて」
***
縁側に座ってぼんやりと月を眺める
あれこれと考えていると、不意に床が軋む音がした
「何してるの、こんな所で」
「佳主馬…っ、」
「…っと、どうしたの?」
佳主馬に抱きつくと優しく受け止めてくれる
お父さんとは違う少し小さいけどしっかりした手が私の頭を撫でた時、堪えていた涙が一気に溢れ出した
「私、どうしたらいいか分からなくて…っ!」
「…何かあったの?」
「お父さんが、一緒にアメリカで暮らそう、って
私もお父さんと一緒に暮らしたいってずっと思ってた
でも、長野も大好きなの
みんなと、佳主馬と、離れたくないの…っ」
嗚咽混じりにそう告げると、佳主馬が私を抱き締める力が強くなる
ようやく落ち着いてきた時、佳主馬は私を離して肩に手を置いた
「僕が言えることは、僕も名前と離れたくないってこと
でも、もし名前がアメリカに行っても、僕は名前を想い続けるよ
大人になったら、必ず迎えに行く」
「うん…っ」
「ゆっくり考えて、悩んでいいんだよ
僕はずっと名前の味方だから」
「佳主馬ぁ…っ」
再び溢れてくる涙を佳主馬は優しく拭ってくれる
結局その日は、佳主馬に部屋まで送ってもらって布団に潜り込んだ
耳元に残ったあたたかい香り
(空が明るくなりだした頃、やっと答えが出た)
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