拉致の時間

特別合宿を控えた夏休みのある日
俺達は近場のカラオケ店にクラス全員で集まって暗殺の計画を立てていた
狭い室内でソフトドリンクを飲みながらああでもないこうでもないと議論していると、不意に茅野ちゃんが立ち上がる



「ごめん、私ちょっとトイレ行ってくる」

「カエデちゃん、私も行く」



まあ同じ店にいる訳だし、トイレまで着いていくほど野暮な男でもない
茅野ちゃんに続いて出て行く名前を見送ってまた磯貝の話を聞いていたが、暫くして帰ってきたのは茅野ちゃんだけだった



「あれ?名前は?」

「茅野と一緒じゃないの?」

「ううん、個室がひとつしか無かったから名前が先に入って、“外で待ってるね”って言われたんだけどいなかったからてっきり部屋に戻ったんだと思って…」



渚くんの問いに茅野ちゃんは顔を青くして答える
小さい店だし道に迷うはずもなければドリンクバーは部屋の目の前だから遠くへ行く必要もない
ざわざわとクラスメイトが騒ぎ出すなか、ポケットにしまっていた携帯が震えた
ディスプレイには苗字名前と表示されている



「もしもし、名前?」

『ざーんねん、名前ちゃんじゃないんだなぁ』

「は?誰アンタ、何で名前の携帯持ってんの?」

『お前の大事な大事な名前ちゃんを返してほしかったら町はずれの無人倉庫に1人で来い。警察に連絡でもしたら…分かってるよな?』



そう一方的に告げられて電話は切れる
すぐに立ち上がる俺を見て片岡さんが叫んだ



「赤羽君、名前は?!」

「攫われたっぽい、俺ちょっと抜けるね」

「攫われたって…ちょ、ちょっと、赤羽君!」



掴まれた腕を振りほどいて駆け出す
もう正直周りの事なんて微塵も見えちゃいなかった
人生でこれほど頭に血が上った事はない
名前、名前、名前…!
ただ名前の泣き顔だけが浮かんできて、俺は歯を食いしばって速度を上げた



拉致の時間
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