過去の時間

不定期で行われる個人面談
勿論俺が生徒達の進路相談に乗れる筈もなく、内容は暗殺訓練に関わる事ばかりだ
しかし、修学旅行が終わり初めて面談をする苗字さんには訓練内容の他にどうしても尋ねたい事があった



「よろしくお願いします、烏間先生」

「ああ、座ってくれ」



最初は他の生徒と同じように、訓練に関する話を始める
だが大方話し終わってもどう切り出したら良いか分からないでいると、苗字さんは不思議そうに首を傾げた



「烏間先生?どうかしましたか?」

「いや、あー…気を悪くしないで欲しいんだが、」

「はい、何でしょう?」

「君は、赤羽君と2人で暮らしているそうだな」



俺の言葉に、苗字さんは少しばかり目を見開く
しかし特に隠す様子もなく はい、 と笑顔で頷いてみせた



「ご両親は?」

「両親は私が産まれる前に離婚していて、育ててくれた母は5歳の時に交通事故で亡くなりました。父は根っからの仕事人間で母の葬儀にも顔を出さなかったので、私は父の顔さえ知りません」

「それで、苗字さんはお父さんに?」

「いえ、父には電話で“仕事の邪魔になるから引き取るつもりはない”とはっきり言われました。でも、その代わり生活費は幾らでも出すと言って母が亡くなってすぐに私の元に通帳とカードが送られてきて、その口座に今でも毎月欠かさず充分過ぎるほどのお金を振り込んでくれています。だから私は、父の事を恨んではいません」

「でも、お母さんが亡くなった時君はまだ5歳だろう?1人で暮らすには到底無理だと思うが」

「当時は頼れる親戚もいなくて施設に預けられる筈でした。そんな私を引き取って育てて下さったのがカルマくんのご両親なんです」

「赤羽君の?」

「私の母とカルマくんのお母さんは中学校時代からの親友だったみたいで、私達が小さい頃は良くお互いの家に遊びに行っていたんです。身寄りのない私を“名前ちゃんは私の娘も同然だから”って育てて下さって、本当に感謝しています」

「では君と赤羽くんは元は幼馴染なのか」

「はい、カルマくんのご両親は私を実の娘のように可愛がって下さいました。でもいつまでもご好意に甘える訳にもいかないので、中学校に入学するのと同時に今住んでいるマンションで1人暮らしを始めようとしたんです。その時にカルマくんが“俺も名前と一緒に暮らす”って」

「赤羽君のご両親は了承しているのか?」

「お2人は私達の意思を尊重して下さって、カルマくんと2人で家を出る時に“名前ちゃんの事、しっかり守ってあげなさいね”って笑顔で見送って下さいました」

「そうか、話してくれてありがとう」

「いいえ、それでは烏間先生、失礼します」



礼儀正しく頭を下げて苗字さんは教室を後にする
生徒名簿に今聞いた情報を書き込んでいると、不意に教室の窓が開いた



「やっほー烏間先生」

「…赤羽君」

「名前から聞いたんだね、俺達の話。で、どうする?中学生で同棲なんてまだ早い、家に帰りなさいって言う?」

「君達2人と君のご両親が納得しているなら俺からは何も言う事はない」

「さっすが烏間先生!分かってるじゃん」

「だが、これまではそうはいかなかったんじゃないか?」

「まあね、でも」



赤羽君はそこで言葉を区切るとにやりと笑ってみせる
暗殺の時でさえ見せない背筋が凍るような冷たい笑みに思わず息を飲むと、彼は持っていた紙パックをぐしゃりと握り潰した



「俺と名前を引き離そうとする奴なんて、みーんな死んじゃえば良いんだ」

「…っ!」

「なーんてね!じゃあ先生、また明日!」



俺達の事、くれぐれもよろしくね?
そう言い残して赤羽君は背を向けて歩き出す
そんな彼の後ろ姿を、俺は茫然と身送る事しか出来なかった



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