少しずつ近づく
「あ、飛雄くん」
「名前さん!ちわス!」
「うん、こんにちはー」
ふわ、と笑うのはマネージャーの名前さん
その手には今まさに買おうとしていたぐんぐんグルトが握られている
「あ、飛雄くんこれ好き?」
「はい、丁度買いに来たところです」
「良かったぁ!じゃあ、はい!」
はい、と差し出されたのは彼女がつい先程まで手にしていたぐんぐんグルト
返答に困っていると、名前さんは俺の手を取ってそれを握らせた
「えっと、貰っていいんスか?」
「うん!ボタン押し間違えちゃってね、本当はこっちの紅茶が飲みたかったの」
「あ、じゃあ俺がそれ買いますよ」
「本当に?いいの?」
「はい」
100円を入れて紅茶のボタンを押す
がこん、と音を立てて落ちてきた缶を差し出すと、名前さんはぱあっと顔を輝かせた
「わあ、ありがとう!」
「いえ、気にしないで下さい」
「ううん、飛雄くんのお陰でそのぐんぐんグルトと私の100円が報われたよー!何かお礼しなきゃ!」
「あー…、じゃあ、ちょっと話しませんか?」
「そんな事で良いの?」
「はい!俺、もっと名前さんの事知りたいんで!」
「ふふ、ありがとー」
内心ガッツポーズをしながら、2人並んでベンチに腰掛ける
ちらちらと名前さんを見ながら歩いて行く男子達を見て少しだけ優越感に浸っていると、名前さんが不意に俺の手を握った
「っ?!」
「ありゃ、やっぱり腫れてるねー」
「え?」
「この前、サーブ打つ時手首を庇ってるように見えたからさ。ちゃんと冷やしておかないと悪化しちゃうよ?」
変に意識してしまう俺をよそに、名前さんは俺の手首を摩りながら言う
「もし今日の練習中も痛かったらテーピングしてあげるから言ってね」
「あざス!」
「早く治るといいねー」
「はい、あの…」
「ん?」
「名前さんは、どうしてマネージャーやってるんスか?」
「どうしてって?」
「中学の時のマネージャーは、男にちやほやされたいとか、目当ての男がいるとか、そういう奴等も多かったから…」
「うんうん」
「正直、俺、マネージャーっていう存在にあんまり良い印象なかったんです」
「うん」
「でも、名前さんは全然そんな感じがしないし、どんな雑用押し付けられてもすげぇ嬉しそうに見えたから、その…」
「不思議だった?」
「はい」
「私ね、中学校はバレー部だったの」
「マジすか?!」
「飛雄くんと同じセッターだったんだよ」
ぱたぱたと足をばたつかせながら名前さんは笑う
こんな小柄な彼女が俺と同じようにコートに立っていたなんてイマイチ想像出来ない
「でもね、中3の時大怪我しちゃって、今でも激しい運動は禁止されてるの」
「え…」
「だけど、私バレーボール大好きだから、せめて支える側としてでもコートに残りたくてマネージャーになったんだ」
「そうだったんスか」
「うん、だから飛雄くんも用事があったら何でも言ってね!雑用もするし、トスの練習くらいなら付き合えるし!」
ぐ、と目を輝かせながら拳を握る名前さん
そんな姿から、彼女がいかにバレーボールを愛しているか伝わってくる
そして、そんな彼女がマネージャーを務めてくれている事がとても嬉しかった
「名前さん!」
「わ、どうした飛雄くん!」
「これからもよろしくお願いします!」
「え、うん!よろしく!」
きょとんとする名前さんと握手をして教室に戻る
放課後の部活が今までより更に楽しみになった
少しずつ近づく
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