振り向くな少年
「こんばんは、私もご一緒していいかしら?」
夕飯時に不意に訪れてきた名前様
そんな彼女の登場に、俺はもちろんお姉様方も喜んで輪に加わってもらった
仕事の愚痴や客の話などとりとめのない話をしていると、ぽつりと隣に座っていた同期が呟いた
「名前様、私別れたんです」
「まあ、本当に?この前会った時はとても仲が良さそうに見えたけど…」
「でも、彼が浮気してたんです!」
わあっと泣き出す彼女を見て、周りの同期やお姉様方も浮気なんてひどいとざわつきだす
それを発端に一気に話のネタが恋愛話に移行し、俺は聞き役に徹することとなった
「どうして男ってみんな浮気するのかしら」
「男の浮気は体の浮気、女の浮気は心の浮気って言うわよね」
「体だろうが心だろうが浮気は浮気よ!」
「名前様は、ハク様がもし浮気なさったらどうされますか?」
「えっ、ハクが?」
今までお姉様方の話に相槌を打ちながらも未だに泣き続ける同期を慰めていた名前様は、急に話を振られて肩を揺らす
そして、ハクが浮気…と難しい顔をしてうんうん考え出した後困ったように眉を下げた
「ごめんなさい、ハクが浮気だなんて想像出来なくて…」
「そうだよな!あの名前様命の堅物男が浮気なんて「私がどうかしたか」…げっ、ハク!」
最悪のタイミングで登場したハクに、俺もハクを話のネタにしたお姉様方も一斉に顔を青くする
そんな時、一瞬にして静まり返った食堂にこの空気と全く不釣り合いな名前様の優しい声が響いた
「ハク、お仕事はもう終わったの?」
「ああ、名前と一緒に食事をと思って探していたんだけど…」
「そうだったの?ごめんね、ご飯もう食べちゃって…」
「構わないよ、それより今日の仕事はもう終わった?」
「ええ、今日はお座敷に上がる予定は無いから」
「じゃあ私の部屋に行こう、見せたいものがあるんだ」
「うん!じゃあみんな、お仕事頑張ってね」
「お前達、無駄口を叩いている暇があったらさっさと仕事に戻れ」
「もう、ハクったらそんな言い方しなくても…」
名前様を見る時とはまるで違う冷たい目で俺らを見据えた後、ハクは名前様の手を引いて足早に食堂を去っていく
男どころか俺らにさえ名前様を取られたくないっていう嫉妬丸出しのその視線に、この場にいた全員の頭からハクが浮気するかもという馬鹿げた懸念は打ち消されることになった
振り向くな少年
(ようハク!あのさ、もし名前様が浮気したらどうする?)
(下らないことを聞くな、仕事中だぞ)
(これだけ聞いたら仕事に戻るって!)
(…そうだな、相手の男は拷問の限りを尽くした後殺して、名前は私しか知らない場所に閉じ込める)
(…うわ、お前ならマジでやりかねないな)
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