いずれ辿り着居られたら

原田辺りを迎えに寄越すから早く行け、という総悟の言葉に甘えてひたすら歌舞伎町を走った。滴る汗は緊張のせいだとわかっているけど、どうも認めたくないという天の邪鬼な自分がいて。取りすぎているコレステロールのせい、ニコチンのせいなんだと我が身に言い聞かせた。

そんな馬鹿なことを考えていると、懐かしい曲が不意にBGMのように頭の中に流れる。さっきまで原田のことを考えていたせいだろうか(髪型以外は似ても似つかないが)、かの有名なサニープラザ中井殿の名曲だ。「走るー!走るー!それーがーし!!」という独特の拳のきいた歌声が何度も何度も頭の中を回り続ける。
確かその続きは「流らるる汗はままでよき!!」とかなんとか。まんま今の俺じゃねぇかと笑いまで込み上げてきたので、どうやら俺は今通常の精神状態じゃないらしい。
そのまた続きは何だっけ、と思わず脳内だけでなく現実でも口ずさんでみたが、サビの冒頭部分にインパクトがありすぎてなかなか続きが出てこない。

走る走る某。流らるる汗はままでよき。
いずれ、辿り着居られたら

そこまで歌詞がでてきたところで、やっと目当ての店が見えてきた。
隊服では目立つだろうという気遣いから用意してくれたんだろう、先ほど総悟から渡されたうちの一つ、俺は私服の着流しに着替えていた。その懐に警察手帳を入れたことを今一度確かめる。確かな感触に胸を撫で下ろしながらも、その先にあるもう一つの包み紙にどきりとした。

緊張で手が震えるのなんて何時ぶりだろうか。いまいち冴えない頭にもう一度中井殿を呼び出し、意を決して扉を開く。あの声に励まされたらかえって煩わしい気もするけれど。

「御用改めである、真選組だ。この女が店内にいると通報があったんだが」
警察手帳を見た店主が青い顔をしながら俺の携帯の中の写真をじっくり見定め、あっ、と声を漏らした。

「そちらの女性なら確かにさっきまで銀髪の男性といましたが…既に店を出られました。たしか二次会はカラオケだとか言っていたと思います」
「…そうか」
やはりナマエはここにいたかとほっとしつつ、野郎と一緒に飲んでいた証拠を得たことにより苦い気持ちになったのも事実だった。
この辺でカラオケといえば、角を曲がった先のコンビニを越えたカラ缶しかないだろう。そういえばカラ缶はナマエのお気に入りの店だった気がする。曲数が多いだとかなんとかで、近場に他のカラオケ店があってもわざわざカラ缶に足を運ばされた記憶があった。
ただそんなのは随分前の話で、ここ数ヶ月はナマエの家でしか会っていないことに今更気づく。多分アイツは俺の事を気遣ってくれていたのだろうけど、そんなことにさえ気づいてやれていなかったことにまた胸がずきりと痛んだ。

店主に礼を言い踵を返すと、おそらく興味本位だろうが声をかけられる。

「その女性…何をなさったんで?悪い人には見えませんでしたが」
「犯罪者なんかじゃねェよ、ただの迷子だ」
この台詞は流石に格好つけ過ぎだろうかとも思ったけれど、もちろん事情を知らない店主はそうですか、と安心したように笑うだけだ。
店主にもう一度小さく礼を返して、今度こそ店を出る。目的地はそう遠くなかったが、なにかを振り払うように、俺はまた走った。



「銀時、カラ缶まだぁ?私今日はみゆき歌うまで帰らないからねェェ」
雄叫びにも似た女の叫びが歌舞伎町の夜に轟いて、顔を見なくてもナマエだとわかった。恐らく相当酔っているのだろう、万事屋が肩を貸しながら歩く様は吃驚するくらいの千鳥足で。

「ナマエちゃん、ちょっと酔い過ぎじゃない?それに土方くんとは前からうまくいってなかったんでしょ、んな引き摺るなって銀さんがいつでも相手になってやるから」
「涙ぽろぽろ〜」
「いやちょっと聞いてェェ!?銀さん今一応口説いてるからね、しかもここ路上!歌うならカラ缶着いてからでしょォォォ!?」
「トシの話なんてする銀時が悪い!」
効果音をつけるとしたら「ぷんぷん」というのがぴったりといった具合に、頬を膨らませてナマエがそっぽを向く。万事屋はそれにやれやれと苦笑いを零しながらもナマエの体重をうまくのせようと肩を揺すっているのが見えて、思わず舌打ちしそうになった。本当なら今すぐにでも引っぺがしてやりたいところだ。

だがその瞬間、なぜか弾かれたようにナマエが万事屋から距離を取る。視線が向いているであろう方向には一人の若い男がタバコをくゆらせていたが、俺の方はそいつに見覚えがない。俺の知らない友人だろうかとも思ったが、全身パンクなモヒカン男とナマエというのはどうにも結びつかなかった。

「どうした?」
「っ、いや、なんでもないの」
取り繕うようにそう言うナマエの声は明らかに震えていて。もしかして、と半ば期待しながら見据えた男の指先には案の定見覚えのある銘柄があった。
男がマヨボロの煙を吐き出しながら、見てんじゃねぇよと言わんばかりに俺を睨みつける。そんな相手に多少苛立ちはしたが、まさかここでトラブルを起こすわけにいかないのでぐっと堪えて目を逸らした。なにより今の俺は喧嘩なんてできそうもないくらい心臓が高鳴っていて、前の二人を追いかけるだけでやっとだった。


「ナマエ、そんなに辛ェなら会いにいきゃいいだろ」
「なに言ってんの?辛くなんかないよ、こうしたほうがトシのためだもの」
そう言いながらも今度は肩を震わせながら、ナマエは万事屋に身を寄せその場に立ち止まる。尾けてた身としてはばれたくない一心で思わず陰に身を潜めたが、万事屋が一瞬だけこちらを見た気がしてひやりとした。
いや、でも、それよりも。「トシのため」という言葉を思わず頭で反芻してしまい息を飲む。しかし思い当たる節なんて当然あるわけもなくて、じっとそのまま身を隠すことしかできなかった。

「全部わかってたはずなのにね、真選組副長と付き合うってのがどういうことか。なのに欲張った私が悪いんだもん」
「んなこたねェよ、お前は随分頑張った方だと思うぜ?」
「全っ然がんばってなんかない…わかってたはずなのに無理させて、それでも会いたくて。我慢もできないで縛り、つけっ、てた…だけ、だも、」
しゃくりあげながら何度も言葉を変えて自分を責めるナマエが信じられなかった。宛のない謝罪は嗚咽に紛れて殆ど聞き取れない。だが、自分が重大な思い違いをしていたらしいことははっきりとわかった。

「私、ほんとはもっとどっしり、構えられるような女になりたかった。いつでも、笑顔で…トシを、迎えてあげたかった」
「…今からでも、遅くねェんじゃね?」
「だって私が、ダメ、なのっ…トシの無事を信じてあげられ、っなくて。いても、たっ、ても、いられなくって」
水音を交えながら痛々しく、ナマエが万事屋なんかに言葉をぶつけているのを聞きながらも俺はどうにもその場から動くことができない。なんでそこにいるのが俺じゃなくて野郎なんだとか、んなこと我慢しないで付き合ってる頃に言ってくれればよかったのにとか。嫉妬、後悔、不満、焦り。そんなドス黒い感情が胸の中でぐるぐると入り混じる。

「だから、トシには私なんかよりよっぽどいい人がいる筈なの。誕生日に遅れたことなんかより、仕事明けの目の下の隈を心配できるような人」
泣いたらすっきりした、と思いの外明るいトーンで響いた声は確かに笑っていたはずなのに。姿なんて見えてないのに、その顔も心の中も本当はきっと泣いてるはずだ、なんて。
都合のいい想像かもしれないが、今すぐナマエを抱き締めてやりたい衝動に駆られて。気づけば俺はフラフラとその細い背中を目指していた。

「だから私…きゃ!?」
後ろから抱きしめた肩は短い叫びとともにビクリと跳ねるが、なぜかナマエは抵抗しようとしない。人前で、しかも万事屋なんかの前でこんなことをするのは癪だったが、懐かしい温かさと匂いが心地よくて、思わずその首元に顔を埋める。そうするとまた一瞬だけナマエは身を竦めたが、やはり逃げようとはしなかった。

「続き、言ってみろよ。だから私、の後はなんだ?身を引くとか言うんじゃねぇぞ」
「…嘘、でしょ?」
暫く呆然としていたらしいナマエはやっとのことでそう呟くと、それと同時に回した腕に水の落ちる感触がした。雨なんざ降ってないことは当然わかっていたから、ゆっくり上へと手を伸ばして。そうしてる間にもどんどん落ちる涙を感じながら、手探りで何筋もの涙をひたすらに拭った。

「詫びなら何回だってしてやるし、お前がやれっつーんならこの地に頭擦り付けたっていい。だから、もう一回だけ、…俺にチャンスをくれねェか」
「待って、なんで…?どういうこと、なんでトシが、」
「もう待てねェよ」
左手で涙を拭いながら、右手をそっと自らの懐に伸ばす。総悟のもう一つの気遣いが指先にあたって、かさりと渇いた音をたてた。

「散々待たせて、お前のこと振り回して。都合いいっつーのは重々承知だ」
「なに、言って」
「でも今度こそ言わせてくれ。随分遅くなっちまったが…ナマエ、誕生日おめでとう」
ゆっくりと顔を上げると、ナマエも首だけでこちらを振り向く。いつの間にかあの忌まわしい銀髪はいなかった。
すう、と一度深呼吸して、ナマエを真っ直ぐに見つめる。揺れる瞳は期待しているようにも、怯えているようにも見えた。

「俺達、お互い気遣いすぎて色々疲れちまってたんだと思うんだ。そういう負担を減らすためにもって、本当はずっと前から考えてた」
「どういうこと…?」
「確かに他の野郎に比べたら一緒にいれる時間は短いかもしれねェ。それでも今までよりは沢山一緒にいられんなら、二人で暮らすのも悪くねェと思わないか?」
本当は色んな台詞を二週間前なら用意していたはずだったのに、この状況ですべてぶっ飛んでしまった。余りに格好悪い物言いはきっとナマエの望んでいたものではないはずだし、そもそも受け入れて貰えるかはわからない。

それでも、俺の手にある指輪に目を見開くナマエの顔を見たらほんの少しの期待もあった。緊張に震えながら手を差し出すと、ナマエもまた震える指先を遠慮がちにそれに添えてくる。
お互い震えてるもんだから、落とさないよう気をつけて指輪を持っていく。やがて間違いなくぴったりと薬指にはまったそれを見て、ナマエは声にならない声をあげた。

「その、本当はこんなとこで言うつもりじゃなかったんだが」
「っ、うっ、ん…」
「俺はやっぱりこれからも一緒にいてェし、もうナマエに我慢もさせたくねェ。来年の誕生日こそは絶対祝うから。だから、結婚…して、下さい」
嗚咽でやっぱり声には出せないようだが、ナマエがぶんぶん首を縦に振ったのを見てようやく胸を撫で下ろす。本当だったら今までで一番ムードがあって、感動的な場面にしたかったはずなのに、なぜだかこのタイミングでまた中井殿が顔を出してきた。

「お主ござりに打ち明け候」
「え、トシ、今なんて?」
「…いや、さっきから思い出せなかった歌詞の続き思い出した」
「ちょっと、このタイミングで!?」
最初は心底呆れたというふうに口を開けていたナマエが今度は堪えきれずに吹き出して、それと一緒に俺も笑った。
本当にムードもクソもない、結局繁華街の路上で終わってしまったプロポーズだったが、俺達にはこんくらいで合ってる…なんて言ったら、ナマエは怒るだろうか。


(トシのせいで、酔いさめちゃった)
(じゃあこれから飲みにいくか、久々に)
(もちろんトシの奢りね?)
(へーへー)

fin2015.04.07くらげ

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