My dearest
「どうした?」
電話を切ってその頬に手を延ばした瞬間。
「触らないで」
バシンとオレの手を跳ね除けて。
「ナマエ?」
「…何が一人?さっきまで誰と一緒だった?私の目の前を気付きもせずに通り過ぎてったくせに」
ナマエの怒りの意味がすぐにわかって。
「ち、違え、オレァ何も」
「…けどその気だったでしょ、入る手前で気が変わった!違う?」
入ろうとしていたホテルを指差されて何もかも一部始終見てただろうナマエの言い分はほぼ全て合ってたので何も言えなくなる。
…悪かった、とかそんなんで済まされるような話じゃねえ。
けど。
「今までもこういうことあったの?今日のは未遂でも今までは」
「ッ!!それだけは絶対にねえ、初めてだ、初めて魔が差しちまった」
そう言った瞬間、ナマエの手が空を切りオレの頬をこれでもか、というほどに叩き挙げてくる。
あまりの痛さによろめきそうになるのを歯を食いしばって踏みとどまったけれど。
きっと真っ赤になってんだろうな、いや、それ以上にナマエの手の方がよっぽど痛ェだろう。
「じゃあ飽きたから?!私に飽きちゃったからなの?だったら何で先に振ってくんないの?浮気なんかされるより振られた方がマシなのに。それか絶対にバレないようにしてよ!!浮気しても私が一番だからって隠し通してよ!!でももう無理!!トシが浮気する男だってわかっちゃったから信用なんかできない、振ってよ、とっとと振って新しい女のとこに行けばいいじゃないっ」
ボロボロと化粧も全部はがれちまうような勢いで泣き喚くナマエ。
周りは何事かと笑いながら遠巻きに見ていくけれど。
見るんじゃねえよ。
思わずナマエを隠すようにして抱きしめる。
「離してよォォォッ」
泣きながら身を捩りオレの腕の中から抜け出そうとするナマエを抱きすくめたままで。
「…振られるのはオレの方だろ、何でオレがお前のこと振れんだよ?」
「トシが私に飽きたからァァァァ」
「飽きるわけねえだろ、」
「だって飽きたから浮気」
「っ、してねえ、いやできなかったんだって、その…。お前に似てた、少しだけ。お前の代わりにしようとした。けどやっぱお前じゃねえし」
「当たり前!私は一人しかいないものっ!!」
泣き顔でオレを見上げたナマエが苦しそうにしゃくり上げている。
「…いつも、ナマエはオレなんかいなくても楽しそうで。オレがいなくても他の連中がいればそれでいいのかって」
今までずっとそう思ってた。
オレの知ってるナマエはいつだって、そうあのハムスターの時を抜いていつだって。
豪快に笑って楽しそうに酔っ払って、皆に囲まれて。
なのに。
「…トシだけなのに」
「ん?」
あまりに小さい声のナマエに聞き返すと。
「っ、私はトシとだけしかできないよ!友達はたくさんいてもトシのことしか考えられなかった、のに」
ドンドンドンドンとオレの胸を思い切り叩いて暴れて、それから。
「私ばっかトシのこと大好きじゃん、いつもいつも…なんかもうずっと片想いしてた気分だよ」
ズルッと力なく座り込んだナマエが。
どうしようもなく小さく見えて。
ヒックヒックと肩を震わせて、トシのバカ、とすすり泣くナマエが愛しすぎて。
振られるかもしれねえというこの切羽詰まった状況で。
何故か顔がニヤけそうになる。
なァ、オレだけじゃなかったのか?
座り込みナマエと同じ位置に視線を合わせるようにしてその泣き顔を覗き込み。
ナマエの頭を撫でるとまた薙ぎ払われるけれど。
後どんだけ謝ったら許してもらえるかなんてわかりゃしねえけど。
それでも絶対に失いたくなんかねえから。
「言っとくけどな、どっちかってえとオレのがずっと惚れてんだよ、ナマエに」
嘘だ、絶対嘘だ、とオレをなじるその泣き顔を両手で挟んで。
尖らせたその唇を塞いだ、けど。
「ッテ」
思い切りガブリと唇に噛みつかれた。
「知らないッ!!」
むくれたその顔だって愛しすぎて、後何度噛み付かれたってかまいやしねえ。
口付けて朝まででも口説き落とす覚悟で。
取り合えず、お前の家で、と抱きかかえるとまた暴れ出すその身体を押さえつけて。
「我慢できねえし」
いつものお前の台詞を奪ってニヤリと笑うと。
イーッとしかめ釣らしてソッポを向いたお前の頬が紅くなって。
抱きあげた腕にそっと力を込めるとオレの首に回したナマエの腕もギュッとしがみつく。
一緒に帰ろう、ハジマリの場所へ。
My dearest
fin
2015/4/24 言ノ葉 茅杜まりも
[
#prev] [
next♭]
back