My dearest
ナマエはかぶき町では有名な酔っ払いだった。
オレもよく見かけていた陽気な酔っ払い。
カッチリとしたスーツ、カッチリと一つに纏めて結い上げた髪、いつもはきっとかけてるのだろう銀縁の眼鏡を胸ポケットに挿して、高いハイヒールで酔っ払いながらも器用に歩く。
笑ってる顔しか見たことなくて、オレもちょいちょいそれに絡まれてたけれど。
ある日路地裏で小さく丸まってゴミ箱の隣にナマエはいた。
「どうした?」
非番だったオレが声をかけるとナマエは驚いたようにオレの顔を見上げて。
「お巡りさん…?」
眼も鼻も真っ赤にした花奈は。
「見廻りご苦労さんです」
チーッスと敬礼しておどけて見せたけれど、その瞬間また涙を零しだした。
「何があった?」
そう尋ねると今朝方飼ってたハムスターが死んだのだ、と呟いた。
たった一人の家族だったのに自分より先に死ぬなんて、とワンワンと泣き出したナマエに。
ハムスターの寿命なんざ、2〜3年しかねえだろが、とは言えず。
泣き止むまで側についていたのだけれど。
「…上がってく?」
歩いてすぐだというナマエのマンションに送り届ける。
「いや、」
まさか顔見知りだったとはいえ、きちんとした言葉を交わしたのが今夜が初めてだというのに上がれるわけもないだろうと断わると。
「っ、帰らないでよっ」
うううっと唇噛み締めたナマエがオレの着物の袖を引く。
「一人にしないでよォォォ」
そう言ってまた泣き出したナマエを放っておくこともできず上がりこんで。
ナマエの身の上話を聞かされた。
身寄りらしい身寄りもおらず、最近飼い出したハムにも先立たれ。
仕事仕事で彼氏もおらず作る暇もないと嘆くナマエは冷蔵庫からつまみを運んできてはオレにお気に入りだという高いウィスキーを勧めてくる。
「…勿体ねえな」
「ン?」
「作ろうと思えばすぐ作れんだろ、その…器量もいいんだし」
実際、美人と言われるだろう部類に入るナマエはプロポーションも良いし、その容姿からは決して男には不自由していないように思えたけれど。
「…残念ながら喋らなきゃいい女だねっていつも言われる。そのせいかせっかくできた彼氏も『友達としか見れない』って離れていっちゃったしな」
ハハハッと苦笑してため息をつくナマエが面白くてクスッと笑みが零れた。
「そんぐれえサバサバしてる方が面白ェだろうにな、見る目ねえ男だな」
ヨシヨシと隣に座るナマエの頭を撫でてやると不思議そうな顔でオレを見上げていて。
「っ、何だよ?」
「ん〜…お巡りさんは」
「アン?」
「彼女いるの?」
「…いねえな。アンタと一緒、そんな暇がねえ」
仕方なく苦笑したオレに。
「だったら私、お試ししてみない?」
「ハァァァァァ?!」
「あ、軽くみないでよね?酔っ払ってるけど酔っ払ってないしね?いつもはこんなこと絶対言わないんだけどね!」
フワリとオレの首筋を抱きしめたナマエは。
「何でだろう…お巡りさんは一緒にいると落ち着くから」
そう言って少し距離を詰めて見上げてくるナマエの微笑んだ唇に。
「オレの名前は土方十四郎、トシ、でいい」
躊躇いながらも唇を重ね合わせたのは。
ナマエの身の上に自分自身も重ね合わせたことと。
同じようにナマエといると何故か落ち着く、ということに感銘して。
ハジマリはそんな些細な出来事。
だけど、あの日感じたインスピレーションは強ち間違ってはなかったようで。
ナマエといると居心地が良かった。
仕事の出来る女、だけど普段はどっか抜けてて愛らしい部分もあって。
けれどオレの仕事のこともきちんとわかってくれていて、会うごとに惹かれていっていた、けれど。
…最初にナマエを知っていたあの姿。
泥酔しながら陽気に飲み歩く。
あれがナマエであるとわかっていながらも面白くないのはオレの器が小せえからだ、ってのはわかっちゃいるんだけれど。
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