ほんのちょっとだけ

神楽ちゃんの爆弾発言に私と銀ちゃんの叫びやら怒鳴り声やらが木霊したけど、二人ともそんなのまるでお構いなしといわんばかりにさっさと万事屋を出て行ってしまった。

『とにかく、二人でよく話し合ってくださいよ』
『毎度つきあわされるこっちの身になってほしいアル』

吐き捨てるように言う二人の背中を見送ることしかできなくて、結局この場に取り残されてしまった、というわけなのだけど。

「・・・」
「・・・」

・・気まずっっ!!!
静寂に包まれた室内は、足を組み替えるのさえ気を遣う。お客さんでも家賃の催促でもなんでもいいから来て欲しいところだけど、こういうときに限って来訪者はいない。
第一、話し合えと言われても何を話し合えばいいのか。「あなたは私を孕ませたいんですか?」とでも聞けばいいのか。聞けるはずないだろ!

「・・なァ」

頭の中でぐるぐる回る思考に気を取られていて、一瞬反応が遅れる。そのうちやっと話しかけられたのが現実であることに気づいて、顔を向けると銀ちゃんがいつの間にか立ち上がってこちらを見据えていて。思わず身構えてしまった。

「な、なな何?」
「・・や、別に」

なにこれめっちゃ怖いんですけど、一瞬でも気抜いたら犯されるんじゃないのこれ。なんてさすがに銀ちゃんに対して失礼かもしれないけど、神楽ちゃんの言葉が脳裏に甦ってつい警戒してしまう。
我ながら気持ち悪いくらいに冷や汗がでてきた。・・とりあえず、話題を逸らそう。

「そ、そういえば最近お妙ちゃんに会ってないなー。今日暇だったらご飯誘おうかな」
「あれ、お妙なら確か今日・・元同僚の結婚式つってなかったか」
「あれ?そうだっけ」

オィィィィィィ!忘れてたよ完全に、何自分からそっちに話振っちゃってんの!?
どうしよう、他に何か話題を、なんかなかったっけ?そんなふうに考えれば考えるほどドツボに嵌まっていって、そのうち姿勢まで猫背になってきた。一層のことコンビニでも行こうか、とにかく一刻も早くここから逃げ出したい。

「お前さァ」
「ひゃっ!」

ソファに座る私の肩の後ろから銀ちゃんの両手が被さってきて、思わず身体がビクリと跳ねた。普段からリアクションは大きな方だけど、さすがにこれは銀ちゃんも面食らったようで。うおっ、と小さく唸った後で、上からムカつくほど豪快な笑い声が降ってきた。

「お前、意識しすぎだろ」

視界には入らないけど私の上でにんまり笑う銀ちゃんが想像できて、いちいち真に受けてるこっちのほうが馬鹿らしくなってくる。そんな私とは対照的に平然としてる銀ちゃんもどうも気に食わなくて、少し赤みの差してしまった頬を隠すように俯いた。

「なにィ、まさかなまえちゃんマジで俺に告られたとでも思ってんの?」
「な訳ないじゃん、まあされたところで即お断りだし!」

こんな甲斐性なし絶対嫌ですぅ、と憎まれ口を叩けば、そりゃ向こうも売り言葉には買い言葉を出してきて。

「別に俺だって女に困っちゃねェし?大体なまえなんて最初っから相手にしてねェもんねー」
「へーそうなんだそれは朗報だわ、ってか銀ちゃんなんかの恋愛対象に入ってる女の人がかわいそう」

結局また最初に戻って、普段通りの罵り合いが始まる。一呼吸置いて銀ちゃんを振り向けば、また目が合ってバチバチ火花を散らすのだけど。
でも、今日はいつもと違ってた。睨み合ってたのなんて最初のうちだけで、まるで示し合わせたように二人で溜め息をつく。

「・・俺たち、本当大人気ねェのな」
「ね、神楽ちゃんと新八くんの言う通り」

あはは、と取り繕うような笑い声を無理矢理出してみたけど、銀ちゃんの表情は硬いままで。あ、なんかこれ、やっぱりいつもと違う。珍しく二人っきりの万事屋の空気がピンと張りつめているような気がして、そのせいか自分の鼓動がやけにうるさく感じた。

「その・・さっきは悪かった。冗談のつもりだったんだよ、辛そうだから笑わせてやりてェな、って」
「ううん、こっちこそごめんね?毛玉親父なんて言って」

いや、うん、なんて曖昧な返事を互いにやり取りしながらも、視線を合わせることはどうにもできなかった。いつもはろくでなしでちゃらんぽらんでただのマダオなはずの銀ちゃんが、やけに真剣な声を出すのが悪い、なんて心の中では悪態づけるのだけど。

「座って、いい?」
「、うん・・」

言いながら回り込んできた銀ちゃんが私の隣に埃が立つくらい勢いをつけて座る。神楽ちゃんならかろうじて座れるかな、ってくらいの中途半端に開いた距離が妙に居心地悪い。
お願いだからなんかしゃべってよ、本当きまずいんだけど。そんなことを頭の中でちょうど三回言い終わったところで、やっと銀ちゃんが口を開いた。

「さっきガキどもが言ってたアレ、お前どう思う?」
「あー・・なんか言ってたよね、わかりにくいナントカーとか、さっさとナントカー、って。よくわかんないなー私は」
「な、そうだよな、全っ然わかんねェよなァ。別に銀さんなまえとどうこうなろうなんて思ったことないしィ?そんなつもりで言ったんじゃないしィ?もちろんなまえちゃんにも伝わってると思うけどォ」
「うん、もちろん伝わってる。全然伝わってるし」

お互いだらだら汗を流しながら、向こう側の壁だけを見据えながら会話をすすめる。多分私たちのこういうところが周囲をヤキモキさせてるんだろうな、ってなんとなくだけどわかった気がした。
でもだからと言って、本当にこのまま関係を発展させていいんだろうかという不安も少しだけあった。従業員四人と一匹の中で職場恋愛っていうのもどうかと思うし、実感もなければうまくいく保証もない。・・なんて、逸る気持ちの言い訳にすぎないということもわかっているけど。

それでも、皆のくれたチャンスに賭けてみるのもいいんじゃないかって。一時のテンションに身を任せてしまった。

「まぁ、皆がそこまで言うんなら・・暇つぶしに付き合ってあげてもいいけど?」
「あっそう?まァ別にいいんじゃない。銀さんもちょうど珍しく今フリーだし」

拍子抜けするくらいあっさりとした銀ちゃんの答えに、なんて反応したらいいかわからなくて。思わず口を噤んで身を硬くしていると、今度は銀ちゃんが少し焦ったような口調で変なことを言うから。

「お前っ・・本当にいいんだな?後悔しても遅ェからな?」
「そっちこそ、後で止めたとか言っても遅いからね?」
「付き合ったらアレだぞ、チューとかするだろうし?銀さんだって男だからその先だって」
「私だって大人だし普通にそのくらい出来るけど」

結局いつもみたいな喧嘩腰になってしまう。本当に我ながらかわいくないなあ、と苦笑いを浮かべたら、不意にソファがぎしりとなった。何事かと振り向くと、思いの外近い位置に、銀ちゃんの顔があった。

「・・じゃあ、してみっか?試しに」
「え」

何言ってるの?
そんな想いは言葉になる前に、一瞬で銀ちゃんの唇に塞がれた。触れるだけのキスなのに、心臓が破裂しそうで怖くて思わず目を閉じる。
これは神楽ちゃんに経験少ないとも言われちゃうよなあ、なんて他人事みたいに思った。


唇がゆっくり離れていくのを感じながら瞼を開くと、銀ちゃんは慌てたようにそっぽを向く。ちらりと見えた横顔は真っ赤だったけど、きっと私も同じだから笑えなかった。
そのうち銀ちゃんがその大きな手を這うようにして伸ばしてきたから、私も遠慮がちにそれに重ねる。やがて指と指が絡み合って、ぎゅうっと痛いくらいに握りしめられて。よろしく、って意味にとって・・いいんだよね?

馬鹿みたいに素直じゃない二人が、ほんのちょっとだけ素直になった日。





(なにお前赤くなってんの、もしかして銀さんとチューしたかったの?)
(んな訳ないじゃん、銀ちゃんこそなにニヤニヤしてんの?)
(お前らいい加減にしろォォォォォ!!)

fin. 
2015.04.17 七味出くらげ

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