幸福論

この人となら生涯を共にしてもいいかもしれない、なんて。はっきりそう思えたのはいつだったろう?出会ったきっかけなんて別にこれといって大したもんではなかったし、燃え上がるような恋をして…ってわけでもない。ましてや私たちの関係は周りから見てみればそれこそ熟年カップルかもしれないが、お付き合いという淡い言葉が似合うような甘い時間を過ごしてきたわけでもないのだ。

ただ休みの日にはふらりと二人で出掛けたり、それなりに愛の行為をしたり。世のカップルがしているようなことを一通りこなして。そして気付いたらこんなに年を取ってたっていうだけの普通のカップルで。

「…あのさァ、」

だから、ぽつりと漏らした彼の声がいつもとほんのちょっと何かが違うことに気付いても大して驚きはしなかった。ただ、幾つになってもジャンプに釘付けだった筈のその視線の先に何故か床に座って洗濯物を畳む私がいたりして。あれ?今日銀ちゃんどうしたんだろ?なんて思ったくらい。

「なあに?」

赤い彼の瞳に映る小さな自分を見返して、いつもと何ら変わらない態度でそう問い掛ければ何故か銀ちゃんは途端に口をつぐんでしまう。あー、だとか、うー、だとか。言葉にならない声を上げて視線をさ迷わせるから、ああもしかしてと一つの予想に辿り着く。大体こんな風に煮え切らない態度の時は何か隠し事をしている時なのだ。大方、また競馬やらパチンコやらでお金をスッたとかその辺だろう。どうしたの?もう一度、その瞳を見つめて問い掛ければ覚悟を決めたように銀ちゃんが立ち上がる。

あれ?どこ行くの?そんな私の声に何も答えないまま、リビングから出て行く彼に。え、え?ええ?ちょっと?と声を掛けてみても向こうからの反応は一切ない。なんなんだ…まぁいっかと残り少なくなった洗濯物畳みを開始してから数十秒、ようやく座り込む私の目の前までやって来たかと思ったら。

「…ぎ、銀ちゃん?あの、どうしたの?」

すっと同じ目線にまで腰を落とした銀ちゃんと至近距離で目が合って、咄嗟に顔を逸らしてしまいそうになる。だって普段こんなに近付くことなんて滅多にない。それこそ行為の最中にキスを交わす時ぐらいだ。そう思うと何だか妙に気恥ずかしい。おかしいなあ…別に誰が見てるわけでもないこの状況で照れる要素なんてないのにな。

「銀ちゃ…」
「ナマエ、俺の一生のお願い。聞いてくんね?」

なんて、そう言われて。何度か外しそうになった目線を元に戻す。一生のお願いなんて、確かによく聞くセリフだった。ナマエちゃんゴメンッ!今月ピンチなの一万円貸して!頼む!一生のお願い!とか、一生のお願い!糖分取れなくて死にそうだパフェ食いに行こう!とか。ある意味聞き慣れた筈の言葉だったのに。

「う…ん、なに?」

どうして、その返事を返すことにこんなに緊張してるんだろう?どうして、銀ちゃんはそんな真っ直ぐな目で私を見るの?カラカラに乾いた咥内が張り付くせいで上手く声が出なかった。ふわふわに仕上がった筈の洗濯物にじわりと私の手汗が染みて、ああ…これもう一回洗わないとダメかなあ?なんて違う事を考えた。

まるで私の緊張が移ってしまったみたいに、一度深く息を吸って吐いた銀ちゃんをじっと見つめる。なんだろう?何を言われるんだろう?さっきまでギャンブルの類いだろうと思っていた私の予想はことごとく崩れ去った。だって、今まで一度だってそんな事で彼がこんな目をするなんて有り得なかった。精々困ったように、頭を下げて許しを請うて。それから暫くしてまた同じことを繰り返す。そうだ、今まではずっとそうだったから。

「…俺、ずっと家族が欲しくてさ」
「う、ん」
「どんなくだらねェ事も一緒にいれば笑えるような。辛ェこともそこに帰りゃ一瞬で忘れちまうような…んなあったけェ場所がな、ずっと欲しかったんだ」

うん、知ってるよ。だってずっとその目が語ってたもの。道行く家族連れを見る銀ちゃんの目がいつだって優しかったのも、実はそこに少しの羨望が混じってるのも。隣を歩いてる内に気付いてた。銀ちゃんが何よりも望んでるものに。

「…うん」

どうしよう、涙のせいで視界が滲んできた。ゆらゆらと揺れる目の前で困ったように笑う銀ちゃんが見える。涙腺が決壊してしまうまで後少し。お願い、もうちょっとだけ頑張って。今はまだ銀ちゃんの、大好きな人の優しく細められたその目を見てたいの。

「…ナマエ、俺さァ甲斐性も頼りもねーし。生活の保障も悪いけどしてやれねー」
「、ん」
「でもな、お前が側にいてくれたら…俺とずっと一緒にいてくれたらさ。幸せだと思う、絶対」
「っうん、!」

ああ、もう我慢出来ない。ついにボロボロと涙を零した私を腕の中に閉じ込めて銀ちゃんがふっと嬉しそうな笑い声を漏らす。どうやらもう彼の一生のお願いに対する私の答えはバレているらしい。だけど次に続くであろう銀ちゃんの言葉も私にはバレているのだから、お互い様だよね?

「…ナマエ、俺の、家族になってくれるか?」
「うん…ならせて、銀ちゃんの家族に」

ベタ惚れかと聞かれたら素直に、はいそうですなんて頷かない。どっちから好きになったの?と聞かれても、どっちだろうね?なんて誤魔かすの。だけどそこに愛がないわけじゃない。ただ今更二人の話をするのが恥ずかしいだけで、私の前でだけ見せる銀ちゃんの誰も知らない顔をバラしたくないだけで。

ああ、それが世で言うベタ惚れってやつなのか、なんて事に気付いた時にはもう何もかも手遅れだった。

「銀ちゃん、愛してるよ」
「…おいおい、それ俺のプロポーズよりかっこよくね?」

だってほら、こんな言葉を紡げてしまうくらいには彼の事を愛してるもの。

end

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くらげのさらだ。くらげ様へ相互記念へ捧げます!
あわわわわっ!甘要素なくね!?な銀ちゃんですいまっせんんん!!
カッコイイ銀ちゃんにプロポーズ、とのことでしたが如何でしょうか…?これも投げつけリターンカムオン!なのでスイマセンスイマセ〜ン!!これからも私共々よろしくね?(笑)

2015/4/2 fuwa fuwa管理人 Umi

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