貴方の愛で抱き締めて

ただ、単に、ね。探しに来てくれた事が嬉しかったの。もう10月なのに額に汗をかいた彼を見れば、どれくらい私達の事を探してくれていたのか分かるから。

…だからね、もうそれだけで十分だから。

「…トシ、ごめんね」
「なんでお前が謝んだ。俺が、」
「もう、いいの。迷惑掛けてごめんなさい」
「は…?」

最後に、こうしてちゃんと目が合った事。トシが正面から私を見て、話してくれた。それだけで、もうこの気持ちも吹っ切れる。終わりに出来るから。

「今までありがとう」

だから、そんな顔しないで。

「…これからも、真選組の一職員として宜しくお願いします。土方副長」

深々と頭を下げて、そう告げて。さよならは言わずに背中を向けた。だって、さよならじゃないもの。

きっと、恋人じゃなくなってもこれまで通り。お茶をお部屋に運んで挨拶のみ交わして、たまに食堂で給仕をして。

それから廊下で出会っても、良くて会釈を交わす程度。

そう、たったそれだけの関係。ただそこに名前がないだけの、ただの副長と女中に戻るだけ。

今までと何も変わらない、名前も色もない日々に戻るだけ。

「…っふ、」

だから泣いちゃ駄目。泣いたら全部、無駄になるから。

「っ待ってくれ…!」

ガッと乱暴に掴まれた肩に驚いて、声を上げる間もなく引き寄せられた。涙を拭う余裕も無くて、顔中びしょ濡れのままその胸に押し当てられる。

一瞬の事に何も反応出来なくて、ハッと今の状況を理解した時に。

「や、めて…下さい、副長」

ぐいぐい、その胸を両手で精一杯押してみる。

けれど幾ら離れようと力を込めてみても、びくともしないその腕の力にいい加減泣きたくなってきて。

何がしたいの?彼の胸の中で、震える声でそう言えば。

「…頼む、んな呼び方しねーでくれ。前みたいに、トシって呼んでくれねーか?」

なんて、私以上に震える声でそう言うからゴチャゴチャと、もう訳が分からなくなってきて。

…ずっと、言わずに置いていた気持ちが急に溢れて止まらなくなる。

「どうして…?もう、私の事なんてどうでもいいんでしょう?嫌いなんでしょう?ずっと無視してたじゃない。ずっとずっと、私の事なんか見ても見ないフリしてっ」
「っすまねェ…」
「私がっ何かしたなら…っ!ハッキリそう言ってよ!お前の事が嫌いなんだって、私なんか、もういらないって!」
「っ違う!そうじゃない!俺は…っ」
「じゃないと、もう…辛くてどうにかなっちゃいそうだよ…。好きな人の目に、世界に、私いないんだもの…」
「っナマエ…!すまねェ、俺が悪かった!本当にすまねェっ!」

ぎゅう、と声と同じくらい震える腕で、きつく私の身体を抱き締めて。そっと肩に埋まるその顔を、少し涙で濡らした彼が何度も呟くその声に必死に首を上下に振る。

…ねぇ、もう一度、だけ。この手を取ってもいい?

きっと今度はね、二度と離さないって誓うから。

(愛してる…愛してるんだ、)

end
→アトガキ

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