貴方の愛で抱き締めて
ナマエの事が、嫌いになったわけじゃない。ただ、どう接していいか分からなかっただけだ。
一緒にいる時間が長くなればなる程、言葉にする事が気恥ずかしくなっていく。ありがとう、なんて当たり前の言葉さえ最近は言う事が出来なくて。
どうしたもんか、と思ってはいた。思ってはいたが、どうすりゃ良いのかサッパリ分からずそのままにしていた。
前はゆっくり取れてた非番もなかなか取れない状態で、ナマエと過ごす時間どころか、まともに会話すること自体ほとんど無くて。
食堂で顔を合わせても、目は合わせない。廊下ですれ違っても声を掛けることもない。…実質、避けていたと思われても仕方がねェような冷たい態度を取っていた。
そんな、矢先に。
大きな声で泣くナマエと、その手を引いて食堂から出ていく総悟を見た。…滅多に泣かねェナマエが、ましてや人の目を気にするアイツが。
こんな集団の真ん中で大声上げて泣くなんて信じられなくて。
慌ててその後を追うように席を立つ。…多分、いや、絶対。ナマエが泣いた原因は俺にある。
…泣かしてェわけじゃねーのに、何やってんだ俺は。
がしがしと半ばヤケクソ気味に頭を掻いて、食堂から消えた二人の姿を探す。あちこち見て回るものの、いくら探してもアイツらの姿を見つける事は出来なくて。…そういや、総悟はまだしも、ナマエが行きそうな所は検討もつかねェ。
ちょっと前までは、そんなの容易に想像出来るくらい…アイツといろんな話をして、聞いて。ナマエの事なら誰よりも分かってるつもりでいた。
例えば好きな食べ物や、嫌いな物。今ハマってる物だとか。お喋りなアイツが嬉しそうに何だって俺に話してくるから。
…俺が、最低な事をしてたっつーのは分かってる。自分の葛藤に勝手にお前を巻き込んで、傷付けてしまった事。きっと誤解を生んでしまっている事も。
だけど、頼む。お前じゃねーと駄目なんだよ俺は。トシって、もう一度呼んじゃくれねーか?また前みたいに、お前の淹れた茶を肴に色んな話をしよう。
…今度は、ちゃんと伝えっから。
自然と早足が駆け足に変わった頃、廊下の向こう側に探し求めていた姿を見つけて。
こちらを睨む総悟と目が合ったけれどお構いなしに近付いた。
肩で息をしながら、一歩一歩。ナマエの背中に歩み寄れば。
「…土方、テメーどういうつもりでィ」
総悟から鋭い声が飛んでくる。今までにないくらい殺気の篭った目と、続いた奴のその言葉があまりにも当然過ぎてバツが悪い。
言い返す言葉も無いまま、パッとハンカチから顔を上げたナマエと目が合った。
涙で濡れた目は僅かに赤く染まって、罪悪感が募るけれど。
もう、目を逸らすのはやめると決めたから。
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