貴方の愛で抱き締めて
あんなに大好きだった彼に、好きだって言えなくなったのはいつからだっただろう。
付き合いが長くなれば長くなるほど、まともな会話さえしなくなって。
…最近じゃ、目すら合わない。
「…トシ、あの、さ」
「あ?」
「…ううん、やっぱり何でもない」
だけど、まともに話せなくても。
私はトシのことが好きで離れたくなくて。
自分から、別れなんて切り出せなくて。
…でも、さ。時々思うの。
もしかしたらトシは私のことなんてもう好きじゃないのかもって。
だったら、私達が一緒にいる意味はあるのかなって。
***
「…お茶どうぞ」
「…ああ」
コトリ、お茶を机に置く。短い返事と共に伸びて来た手は、たった今置いたばかりの湯呑みを掴んだ。
彼は、相変わらず私を視界に入れてくれない。
「それじゃ、失礼します」
「…ああ」
そんなトシを見ているのも辛くて、俯いたまま部屋を後にする。
襖を閉めて、暫く歩いた所で足を止めて。
「…もう、飽きられちゃったかな」
ポツリ、漏れた声と一緒に溢れた涙を慌てて袖で拭って。
書き物が多くて自室に篭りがちなトシに、毎日お茶を運ぶのが私の日課だった。
少し前までは、持って行けば手を止めて、ありがとなって頭を撫でてくれたのに。
今じゃもう、部屋を出ていく時でさえ顔を上げてくれないから。
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