確かな愛はそこにある
ガラ、いつもより大きめに音を立てて戸を引けば中から驚いたような声と慌てた足音が聞こえてくる。
彼女がやって来る前に靴を脱いで上がれば、想像通り目を白黒させたナマエがお、お早いお帰りですね?と俺を見ていて。
「…話がある」
「え、話…ですか?」
「あぁ、大事な話だ」
そう言えばカラン、と床に落ちたお玉。どうやら晩飯の用意をしていたらしい。それを拾って渡そうとすれば青い顔をして震えるナマエが目に入って。
「どうした?真っ青な顔して…」
調子悪ィのか?そう言って伸ばした手は、寸でのところで固まった。…何故なら、
「っわた、私っ!ごめんなさい!何か、しでかしてしまったでしょうか?十四郎さんの気に入らないことをっ!それでっ!」
「お、おい!なんで泣く!?」
先程の近藤さん以上に目に涙を溜めて、ごめんなさい!と何度も俺に頭を下げるから。
「オイ、何か勘違いを…」
「っ十四郎さんの、気に入らない所は全て直します!これから先、我儘も言いませんっ!だから…だからっ!嫌わ、ないで下さっ…!」
「!」
ふるふると全身を震わせてそう言ったナマエが急に愛おしくて仕方なくなる。初めて見せたその泣き顔すら、どうしてこんなにも。
「!と、十四郎さ…」
「嫌う、わけねーだろうが」
初めて、その小さな肩を掻き抱いた。予想以上に柔らかなその体も、味噌汁の匂いが染み付いたその髪にもクラクラした。
「…とう、しろうさん?」
どうしたんですか…?と、腕の中から聞こえる不安気なその声にもう少し、抱き締める力を込めて。
「…ナマエ」
「っ!」
「ナマエ…悪かった。不安にさせて、悪かった」
だから、頼むから泣かないでくれねーか?そう耳元で言えば一際ビクンと肩を跳ねさせて。
「う、っあ、うわぁぁん!十四郎さぁん…!」
ボロボロ、大粒の涙を流してしがみついてきたナマエの背中を優しく擦る。…知らなかった。こんな感情丸出しで、大声上げて泣く奴だなんて。
ひっくひっくとしゃくりあげるその背中をひたすら擦り続けて、もう泣くな。な?と声を掛ける。すると腕の中で身動ぎしたナマエが真っ赤な目をして俺を見上げて。
「…十四郎さん、」
「ナマエ、」
「は、い!」
…涙で、潤んだその目の中にゆらゆら揺れる俺が映りこむ。まるで、吸い込まれるかのように。ゼロになった二人の距離。
触れるだけの短いキス。啄むように、何度も唇を重ねて。
「…っん、あっ十四郎さ、あっ!」
それから額から首筋にかけて吸い付くようなキスを落とせば彼女はビクッと体を揺らす。…その反応に、じわりじわりと体中の熱が上がってくるようで。
「…ナマエ、」
「っ十四郎さ…!」
勢いのまま、ドサッとその場に押し倒す。熱い目で俺を見上げるナマエの頬に手を滑らせればまたビクンと反応する。その姿にらしくもなく興奮して。
…だがその前に、俺は彼女に伝えなきゃなんねェことがある。
「…ナマエ、聞いてもいいか?」
「っはい、」
「お前の好きなもんは何だ?嫌いなもんは?」
「え、?」
「趣味は?それから出身地は?どんな奴と出会って、どんな奴と過ごしてきた?」
「…と、十四郎さん?え、急にどうし…」
「…今すぐ、答えなくてもいい。これから少しずつでいい。お前のこと、教えてくんねーか?」
「っ十四郎さん、」
「それから最後に一つだけ、これだけは今答えてほしい。…一生、俺の側にいてくんねーか?」
「!」
お前じゃないと、ナマエじゃないとダメなんだ、と。そう言えば。
「っはい!ずっと、ずっと…!お側にいさせて下さい!」
止まっていた筈の涙をまた流しながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
…ああ、やっと見ることが出来た。その笑顔。
するり、赤く染まったその頬に手を滑らせればくすぐったそうに笑って身を捩る。その顔をもっと見ていたくて、2度目の甘いキスをした。
end
→アトガキ
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