確かな愛はそこにある

次の日、屯所にて。

俺はいつものように書類整理に追われていた。朝、ナマエが持たせてくれた弁当箱は既にカラ。朝よりもくたびれた弁当包みに目をやって、思い出すのは昨日の夕食後の会話で。

「…あの、十四郎さん?今夜もお先に寝ていて下さいますか?」
「あぁ、そりゃ構わねェ…が、いつも思ってんだが何かあんのか?布団に入んのも遅ェし、あんまり寝てねーだろ?」
「あ、明日のお弁当の用意ですとかいろいろあって…あ、大丈夫です!十四郎さんが出られた後お昼寝させて頂いてるので!全然!」

そう言って慌てたように言葉を紡いだ後、あ、お皿洗ってお風呂頂いてきますのでゆっくりどうぞ!と夕食後の後片付けを始めたナマエ。…また、あのぎこちない笑顔を向けたまま。

そんな彼女をしばらく見つめた後、俺は目の前に出された晩酌とつまみを口にした。

…俺が、知らねーとでも思っているのか?

お前は俺が出た後も、朝早くから掃除やら洗濯やら家事をこなして。自分の時間なんざこれっぽっちもねェんだろ?

なのに寝る時間を惜しんでまでいつも、俺のために尽くしてくれて。

…そんなお前に、俺は何が出来る?何をしてやればあの時みたいに笑ってくれる?

「…長?副長!聞いてます?」
「あ、あぁ…悪ィ。続きを頼む」

俺を呼ぶその声にハッと現実に引き戻された。顔を上げれば山崎が、俺が家を出てからのナマエの様子を記したものを読み上げていて。

「…それから最後に。さっきナマエさんと買い物に行ってきたんですけど、副長の好きなマヨネーズ大量に買ってました」
「…そうか」
「それと今日の晩飯は西京焼き、だそうです。それから豚汁と小松菜の煮浸しと…」
「あぁ、分かった…ってお前は何をしてきたんだ、何を」

ガン!その頭を思いきり殴ってやればギャァア!という悲鳴と共に畳の上でのたうち回る山崎。そんな奴に現在付けている任務はナマエの護衛。

攘夷浪士からの嫌われ者、真選組副長の婚約者とくりゃ奴等の餌食に違いねェ。屯所から割と距離がある新居に一人、置いておくには些か不安が過るもので…つーか、お前護衛って何か勘違いしてない?何普通に溶け込んでんのお前。

「それにしても、副長が羨ましいです。あんなに優しい婚約者がいて」
「…なんだ、惚れたのか」
「ままままさかっ!ちょっ!違いますからね!?惚れたとかじゃなくって…え!?もしかして怒ってます!?瞳孔開いて…っヒィィイ!!」

…俺の瞳孔が開いてんのはいつものことだろうが。ハァ、と溜め息を溢して目の前で勝手にビビっている山崎を見下ろした。するとビクビクしながら山崎が。

「そ、そういうんじゃなくてですね…副長、彼女に凄く想われてるなぁって!それが羨ましいっていうかなんというか…!」
「想われてる…?」
「ナマエさん、自分は何の取り柄もないのに副長の側にいて申し訳ないって。だからせめて、家事を完璧にこなして副長が帰りたくなる家を作りたいって」

そう言って笑ってましたよ。そう続いた山崎の言葉に全てが音を立てて嵌まっていく。…だからか?だから、毎日豪華な弁当を作って俺を送り出して、帰ると必ず頭を下げて。

自分のことなんざ何も話さねェで、俺のことばかり気にして。…あの、ぎこちない笑顔も。もしかしたらそれが原因か?負い目を、感じてたのか?自分自身に。

「…山崎、テメーに一つ頼みてェことがある」
「はい?」

そんなことを聞いたらもう、黙ってはいられない。首を傾げて俺を見る目の前の男にコッソリと耳打ちすれば。

「っ了解です!それじゃ副長、とりあえず俺一旦ナマエさんのところに戻ります!」
「あぁ、悪ィな」

はい!と、どこか嬉しそうな顔をして去っていった山崎を見送って、俺は手元の書類に目を落とす。

…今日は、少しでも早く帰ろう。

いつもの何倍もの集中力を発揮して、机に積まれていた全ての書類を片付けた時だ。タイミング良く山崎が現れて頼んでいたものを差し出して。

「…とりあえず、これぐらいでいいですか?」
「あぁ、助かった。すまねェな」
「いえ!…きっと喜びますよ、ナマエさん」
「…そうか、」

喜んで、くれるかどうか。そもそもナマエが何を好きなのかさえも分からない。…婚約者、なんて本当に名ばかりだと思う。俺は何一つ、ナマエのことを分かれちゃいねェ。

だが、そんな負い目を感じているせいでお前の笑顔が曇るのは耐えられない。何より俺が、もう一度見てーんだ。お前の本当の笑顔を。

差し出されたいくつかの冊子。それらを受け取り纏めると徐に立ち上がる。あ、もうお帰りですか?ニヤニヤ笑う山崎にうるせェぞと蹴りをかまして歩き出せば、ナマエさんによろしくお伝え下さい!と背中に声が掛けられる。

そんな山崎に振り返らないまま手を挙げて。

すると廊下の曲がり角で偶然会った近藤さんに。

「お!トシ!帰るのか?そうか!ナマエちゃんが待ってるもんな!ん?どうした珍しく荷物なんか持って!」

仲良さそうで良かったよ!と思いきり肩を叩かれるから若干よろめく。どんだけ力強いんだアンタは。そう言えば何故か嬉しそうな顔をして。

それから俺の手にあるものを見て、ん?それ本?と首を傾げた近藤さん。それにあぁ、これか?と頷いて開いて見せれば何故か今度は目に涙を溜め出して、それから。

「うん!うんっ!!幸せにしてあげてね、トシぃぃい!!」
「…オイオイ、なんでアンタが泣くんだよ」

俺は嬉しいぞォォオ!お〜いおい!と廊下で大泣きし始めた近藤さん。その対応に困っていたら近くを通りかかった二番隊の隊士。困り顔で俺と近藤さんとを見ていた奴に後は全て任せて、俺は足早に屯所を後にした。


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