4.慌てて離した手
今日は十四郎さんの誕生日前日。
5月5日…明日は彼と出会ってから初めてのビッグイベントが待っている。
「そんなわけで近藤さん、総ちゃん!ご協力よろしくお願いします!」
付き合って初めてのイベント。しかもそれが誕生日とくれば、盛大にお祝いしたいと思うのが恋人としての考え。
盛大、つまり皆でお祝い。となればやっぱり、欠かせないのは屯所で働く隊士の皆さんの存在で。
「オッケー!根回しは任せといて!ザキと原田に買い出しは任せたし、飾り付けも分担したから!俺も今から飾り付け班に合流してくるよ!」
「ありがとうございます!」
「ふわぁ〜あ。面倒くせェけどやりやすか」
その旨を近藤さんに相談すれば、早速とばかりに始まった誕生日パーティーの前日準備。宴会場の飾り付け、食べ物や飲み物の買い出しなど。それぞれ隊士の皆さんが分担して行ってくれていて。
「よし!じゃ、解散!」
ナマエちゃん、総悟!後は任せた!とそう言って去っていった近藤さんを見送れば今度は私たちが動く番。
「総ちゃん、行こ!」
「アイアイ」
そう。残った私たちの役目といえば…
「…あ?非番?」
「です!近藤さんがそう言ってました!」
主役である十四郎さんを、宴会場並びに稽古場に近付けないこと。
現在進行形での会場準備を知られない為と、本来なら稽古場で鍛練をしているはずの隊士の存在を隠すためである。
そう、皆さん鍛練を放ってまでパーティー準備に参加してくれた。…本当に真選組の方々って良い人ばかりだなぁ。
そう言えば総ちゃんに、みんなサボりたいだけだろと一蹴された。
それってその中に自分も含まれてる?聞き返した私に待っていたのは無言な彼からの脳天チョップだった。
…ちょっと、図星だからってこれはないと思うの。
「というわけで十四郎さん!三人でお昼ご飯でも食べに行きませんか?」
「あー…行ってやりてェのは山々だか、まだ片付けたい書類が残って」
「まぁまぁ土方さん。今日くらい休んだらどうですかィ?残りの書類なら後で俺と近藤さんがやりまさァ。しつけーナマエと二人で飯行ってきて下さい」
「は!?」
俺の気が変わっちまう前に、と。総ちゃんらしくもないその台詞に唖然とする十四郎さんと私。…あれ、さっきまで十四郎さんに奢らせてやろとか言ってたのに。
「総ちゃん、行かないの?」
「…恋人同士の間に入るなんて野暮な真似、俺ァごめんです」
「…総悟、テメーどういう風の吹き回しだ?」
飄々としている総ちゃんを訝しげに見る十四郎さん。そんな視線をものともせずに、彼は無表情で別に?と返す。それからしばらく帰って来ないで下せェよと続けられた言葉に何となくその意図を理解して。
「じゃ、お土産よろしく」
くるり、踵を返して私たちから遠ざかっていく総ちゃん。その背中を見えなくなるまで見ていたら。
「…飯、行くか」
そう言って目の前に差し出された大きな手に。
「っ行く!」
笑顔を返して飛び付いて。
「犬か、お前は」
「えへ」
そしたらいつものように呆れたように笑う十四郎さん。…んとに、仕方のねー奴。そう呟く声が優しいのは、きっと私の前だけで。
それから徐に歩き出した彼に手を引かれて私もノロノロ歩き出す。屯所を出て、住宅街を抜けて。行き先は、決まっていない。
どこ行きたい?どこでもいい。さっきから続くのはこのやり取り。一見ダラダラしてるように見えるこの会話も私たちの間ではそんなことなくて。
ただ、手を繋いで。こうして隣を歩くだけで幸せで。
「十四郎さん?」
「なんだ?」
「ふふっ!何でもないです!」
「なんだそりゃ」
変な奴。言われ慣れてるはずのその言葉。だけどこんなにドキドキするのはきっと、私の手を握る彼の手が凄く熱いから。
きゅっと握り返してその顔を見上げれば、目を細めて微笑う。それに同じように微笑い返せば、あっれェ?もしかして多串くん?と聞き覚えのない第三者の声が聞こえてきて。
「こんなとこで何してんのォ?あ、もしかしてデートォ?」
「げ、」
「なになに?彼女もしかしてキミのコレ?いたんだァ、そんな子!紹介してくんない?」
その声の主は、目の前から歩いてきた白髪の男の人。年は、十四郎さんと同じくらいだろうか。
私達に近付いてくるなり、そう言ってニヤニヤ笑い出した彼は執拗に十四郎さんに絡みだす。呆然と見ていると、気にすんなと十四郎さんから声を掛けられて。
「ちょっと冷たいんじゃね?あ、どうも初めましてェ。坂田銀時って言います。多串くんとは無二の親友でェす」
「誰が親友だ、誰が!」
ギッ!と音がしそうな程その坂田さん?を睨み付ける十四郎さん。
二人の間に何があったのか知らないけれど…それにしても彼がさっきからずっと呼んでる多串くんって十四郎さんのこと?なんで?名字土方なのに?
頭の上にクエスチョンマークを浮かべていても誰も答えてはくれないらしい。依然としてニヤニヤ笑っている坂田さん。すると隣から大きな舌打ちが聞こえてきて。
見上げれば、見たこともないくらいに歪んだ十四郎さんの顔。…あれ?なんだろう、仲悪いのかな?
首を傾げて見つめていたら一瞬こちらに向いた気まずそうな目。それから、
「アレ?なーんで手ェ離しちゃうのォ?多串くんったら恥ずかしがっちゃってェ!」
「うるせェ!だからテメーとは会いたくなかったんだ!どっか行け!」
「ハァ?そっちがどっかいけばァ?俺この道通らねーと帰れないんですぅ!家に帰るなってか?この税金ドロボー!」
「っぐ、相変わらず変な屁理屈こねやがって」
パッと、離れていった温もりに数秒停止。二人の間に出来た距離に寂しさよりも虚しさが込み上げてくる。
…その手が離れてから一度も、十四郎さんの目が私に向くことはない。
「…十四郎さん、ごめんなさい。今日は帰りますね」
「え、ちょっ!オイ!待てナマエ!」
背後で聞こえた私を呼ぶ声。だけど、一度も振り向けなかった。十四郎さんの顔を見れなくて。
…だってね、だって。
(…きっと私じゃ、彼の隣に相応しくない)
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