その4
「…え?」
好き?こいつが、私を?…え?何それどういう事?
言われた事がなかなか理解出来なくて。
呆然と奴を見上げればそんな私を見兼ねたように、背中に回っていた腕をするすると解く。
向かい合わせだった体を反転させる直前に、私の手からケーキの箱を奪いとって。
「これもーらい」
「え、あっ!」
紅茶でも入れて下せェ、なんて先を歩いていくもんだから慌ててその後を追いかける。
…私から離れてく瞬間、やっぱりそこにあったのはいつもの無表情だったけれど。
「っちょ、待って!い、今の…」
どういう事!?そう言いながら隣に並べば奴はチラリと私を見て、ニヤリと笑う。いつも見ていたあの憎たらしい笑顔で、さァ?何の話で?それより早く家上げろ、と。
話を交わされた事よりもその言い方にムッとして。
「言っとくけど紅茶なんか置いてないから。水道水でも飲めば」
「ハァ?しけてんな、なら麦茶でいいでさァ」
「めんつゆ出したろか」
そんな事を言い合いながら我が家の玄関をくぐり抜けて。沖田は先にリビングへ、私は奴の所望する飲み物を取りに台所へと向かう。
…なんだろう、あまりにも普通すぎるんだけど。
冷蔵庫を開けながら悶々と考えるのはさっきの沖田の言葉。確かにアイツは私の事が好きだとそう言った。
けど、やっぱり。何だか腑に落ちない。
…もしかして冗談、だったのかな。だって有り得ないもんね。アイツが私を好きなんてさ。
そこまで考えた所で、あれ?とある事に気が付いた。
もしかして、私からかわれた?
好きって言って、どんな反応するか見ようとしてたとか?
…あり得る。あのドS男なら大いにあり得る。
なんて奴なの、人をからかっちゃってさ。ちょっと顔がいいからってコノヤロー。…ああ、だけど。からかわれた私も私だよね。
こんなドSバカ相手に、ドキドキしちゃって馬鹿みたい。
今までならきっと何を言われても、騙しやがって!なんて言って一発殴って。もっとマシな嘘つけよ!って言って怒ってた。
…だけど、なんでだろう。今は全然笑えない。キリキリ、痛む胸が凄く苦しくて。
「おい、いつまで待たせるんでさァ。飲みもんまだ…お前、どうしたんでィ」
「え?」
「何で泣いてるんでさァ」
言われて、気が付いた。頬を伝う温いものに。
あ、あれ?おかしいな、あれ?何度もごしごし拭ってみても涙は止まらなくて、余計に溢れてきちゃって。
ゴミ入っただけ、なんて無理矢理笑ってみせれば、嘘つけと隊服の袖で目元を拭われる。どうした、と問う声も顔も、いつもと違ってやけに優しい。
…優しい?あの沖田が?どうして?
ねぇ、アンタって…そんな顔してたっけ?
「…本当なの?」
「え?」
「私の事、好きだって」
気が付いたら口から出ていたその言葉。唖然と私を見下ろす沖田にハッとして、慌てて目を逸らしたら伸びてきた手に体を引き寄せられて。
「…ずりー女」
一回しか言わねーっつったのに。
頭の上から聞こえたその声が、今度は目の前で再生される。
「好きでさァ」
降ってきた、甘いキスと一緒に。
end
→アトガキ
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