その2


「…なぁ、トシ」
「どうした近藤さん」
「昨日びしょ濡れで帰って来てから総悟の奴、ずーっと部屋に閉じ籠って出てこないんだけど…どう思う?ハッピーバースデー!って言いながら入ってもいいかな。準備してたクラッカー鳴らしに部屋入ってもいいかな」
「やめとけ」

えー!せっかく買ったのにィ!この作戦3日前から考えてたのにィ!

…ハァ、わーったよ。後で付き合ってやるから。

部屋の外で聞こえたそんなやり取りはしばらくすると遠ざかっていく。

もそもそと万年床の布団に潜り込んで横になれば、静かになった部屋に聞こえてくる小さな雨音。

…ナマエに謝る事も無く、やって来た誕生日当日。冒頭で近藤さんが言った通り、俺は昨日帰って来てからずっと自室に籠っている。

別に、いじけてるわけじゃないでさァ。嫌われちまってるモンはしょーがねェ。そりゃ全部、日頃の俺が招いた事だってのも分かってるし。

…ただ、今は。何もやる気にならねーっつーか。

それでもふとした瞬間に思い出して苦しくなっちまうのは何故なのか。

初めて見たナマエの泣き顔に、震えた体に。すぐにでも伸ばしたかった自分の手を伸ばせなかった事に。

「…ああ、これが失恋ってやつですかィ」

昨日叩かれた左頬。翌日になってみりゃ痛みも腫れも、まるであの出来事自体が嘘だったかのように消えていて。

気持ち伝える前に失恋って。…ハハ、とことんついてねーや。俺こそとんだ厄日だってーの。しかも今日は自分の誕生日なのに、こんなところでジメシメ一人閉じ籠っちまって。

ダサッ。俺、本当にダサッ。

このまんま、ずっとここに閉じ籠ってたって良い事なんて一つもねーよな。どんどん一人で悪ィ事ばっか考えちまって…。

こうなりゃ、全部忘れるしかない。ナマエとやり合った事も好きになった事も全部。そしたらこんな腐らずに済むわけだし。

それに、きっとアイツへの気持ちなんて所詮大した事なかった。ただ自分を拒絶されたような気がして腹が立っただけだ。そうだ、そうに決まってる。

とにかく今日は俺の誕生日だし。主役だし?早く出て、近藤さんの下手なクラッカーでも浴びに行ってやるか。

…なんて、頭ではそう思ってんのに。

「…どうすりゃ忘れられるんでィ」

ちっとも消えちゃくれねェ。消しても消しても頭ん中にこびりついて離れねェ…アイツの…ナマエの、顔が。

***

「…それじゃ、総悟の誕生日を祝して〜カンパーイ!」

カンパーイ!近藤さんの声に習って宴会場にいる隊士共が高々とグラスを持ち上げる。

…結局、どれだけ時間が経っても俺は何もかも忘れる事が出来ねーまま。昨日から一睡も出来てねー酷い顔のまま、パーティーに出ることとなる。それもこれも土方コノヤローのせいだ。

『オイ、総悟。パーティー始まんぞ。それと近藤さんがテメーにプレゼントがあるってよ』
『…どうせクラッカーでしょう』
『なんだ、知ってんのか。なら話は早ェ。浴びてこい』
『勘弁して下せェ。俺、寝不足で頭がクラクラするんです。んな時にクラッカーなんざ浴びた日にゃ死んじまいまさァ。後で顔出しやす。先に始めてて下せェ』
『主役が何言ってやがる。オラ、来い』
『っやめ、アイダダダ』

寝不足が祟って手も足も出ず。そんな感じで無理矢理宴会場へ連れてこられたかと思ったら。

『総悟ォ!ハッピーバースデー!』

パァァアン!と物凄い勢いでクラッカーを鳴らされて。クラクラどころかガンガンする。

もう寝不足のせいじゃなさそうな頭痛にハァ、と背凭れに凭れて注がれたオレンジジュースを一口飲めば。

「…オイ、総悟」
「…なんですかィ、土方コノヤロー」

酒を一気に煽り、宴会場の中央で裸祭りをおっ始めた近藤さんとは対称的に。自分の隣で黙々と懐石料理を食べている土方に声を掛けられて。

「お前、ナマエと何かあったのか?」

今もっとも触れられたくない事ベスト1を有り得ないくらい、ドストレートに突いてくるから。

「…別に何も」

いつも以上に素っ気なく返して飲みかけのジュースを一気に流し込む。すると土方は重たい溜め息を吐いて酒を一口飲み込んで。

「マヨネーズ買いにな、あのコンビニに行ったんだ朝。したらよ、あそこの店長が俺にナマエが変だって言ってきやがってよ。総悟くんと何かあったのかね?だとよ。俺に言われても知るかっつって帰って来たんだが…どうやら泣いてたらしいぞ」

お前心当たりねーか?と無表情で、淡々と。そう言ってくる土方に俺はまた、別にと返す。…心当たりなんて、有りすぎるに決まってる。

ナマエが泣く理由は、きっと俺が…

「泣きながら言ってたらしい。総悟に嫌われた、って」
「…は?」

嫌う?誰が、誰を?

意味が分からない。どういうことだ?嫌うって何で?逆じゃねーのか、アイツが俺を…。

「どういう訳か反りが合わねーみてェだが…何だかんだ言って素直じゃねーとこもソックリなのにな、お前ら」

言ってる意味が、全く分かんねーんだよクソヤロー。

「…土方さん、俺ァどうやらこのオレンジジュース飲み過ぎたらしいでさァ。尿意が半端ねェ」
「そうか、そりゃ大変だ」
「ちょっくら厠言ってきやす。あ、ついでにあっちの方も催して来ちまって時間かかっちまいそうなんで」
「そうか、しっかり気張って来いや」
「…紙が無くなったら、持ってきて下せェ」
「嫌に決まってんだろ、汚ねーな」

飯の席で長々厠の話すんじゃねーよ、行け。と押された自分の背中。

…相変わらず、お節介なヤローでさァ。

べっと土方に見えるように舌を出して、それから誰にも見られないようににやけた口許を隠しながら宴会場を抜ける。

「あっ!テメッ!総悟!何だその態度は!オイ!やっぱ戻って来い!オイッ!」
「無理です。もう漏れそうなんで」

振り返りながら、一人満足気に酒を飲み始めた土方に向かって中指を立てた。

…そう、目指すのは、厠なんかじゃなく。


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