もうずっと君に恋してる
スナックお登勢。半年前からここで住み込みで働かせてもらっている私には日課がある。
一つ、毎日表に水を撒く。
二つ、庭に生えた草むしり。
それから三つ。
「銀ちゃん?今月の家賃は?」
「…えっとォ、再来月でい?」
2階に住む彼から毎月…いや、ほぼ毎日。どんどん滞納していく家賃を徴収すること。ま、とはいっても。
「…たまさん、宜しくお願いします」
「了解しました」
「ちょ、待ってェェ!ナマエちゃんお願い!話せば分か…ッギャァァア!!」
スナックの先輩従業員、からくりメイドのたまさんと共同で、だけど。
私の合図で現れたたまさんは悲鳴を上げる銀ちゃんをゴリゴリバキバキ。不気味な音を立てながら痛め付けていて。
…うわ〜、痛そう〜。ていうか、死にそう〜。そう思いながらも止めずにいたらしばらくして聞こえた、終わりました、の声。
ありがとう、と頭を下げれば彼女は、それでは、と万事屋を出ていく。…銀ちゃんを、見るも無惨な姿に変えたそれは本当にモップなの?たまさん。
そう思いながらもいつも見て見ぬふりを通してるのは気にしたら負けだと思っているからで。
銀ちゃんも毎日ボコボコのメチャメチャにされて…一体いつになったら家賃を払う気になるんだろう。仕事もせずにパチンコ三昧の日々を送れるくらいだからお金の蓄えはあるように見えるけど?
毎回、ボロ雑巾と化した貴方を部屋まで運ぶ私の身にもなってほしい。
「…あだだだァア!っう、ナマエちゃん?ちょ、もう少し優しくして」
「何それ。銀ちゃん北●の拳好きだっけ?」
「そりゃお前ジャンプ愛読者なら誰でも…って、いやいや話聞いてた?優しくしてって言ったんだよ俺?何で思っくそ消毒液ぶっかけようとしてんの?言っとくけどね、銀さんこれでもデリケートなのよ。打たれ弱いの。ドSは打たれ弱いの」
「…ハイハイ。じゃあ綿に染み込ませて当ててあげるから」
チョンチョン、と擦り傷の上から消毒綿を当てて絆創膏を貼る。たまに痛ェ、と漏れる声を無視しながら、されるがままの銀ちゃんにその作業を何度か繰り返して。
「あとは…あーあ、おでこも血が出てるよ」
「マジでか。どおりで痛いと思った」
「待って、今消毒するから」
「痛くしないでね?優しくして。そっと、そ〜っと」
「分かってるってば、しつこいなァ」
よっと膝立ちになって切れた銀ちゃんのおでこに消毒綿を当てる。
ふわふわきらきらな彼の髪。この綺麗な髪の毛に血が付いたら大変だろうなぁ。重力に従って垂れ下がる前髪を片手で押さえながらもう一度傷口に消毒を施して。
そのでかい図体からは想像がつかないけれど銀ちゃんは結構怖がり。今も消毒液が染みるのを恐れて体を硬直させていたりして。
…その姿を今目の前で見下ろしている私は、身長の関係でいつも銀ちゃんから見下ろされているせいか変に優越感を感じてる。
ぺたり、最後に絆創膏を貼ってから。
「…ほら、もう痛くないでしょ?」
「!」
まるで小さな子供をあやすように、優しく頭を撫でながら笑ってみせる。すると彼は目を大きく見開いて私を見る。…珍しい、こんな顔する銀ちゃん見るの。
そう思うのと同時に、ちょっと子供扱いしすぎたかな?とも思って。慌てて頭に置かれていた手を引こうとしたら。
「…ずりーなァ、」
「え?」
「んなことされたら…銀さん、期待しちゃうよ?」
引きかけたその手を掴まれて、胸にぽすん、とふわふわな彼の頭が落ちてくる。背中に回された骨ばった太い腕にドキン、と胸が高鳴って。
…そっと、その頭に手を伸ばせば途端にすり寄ってきた銀ちゃん。胸に埋まった彼の小さな身動ぎ一つ一つがくすぐったくて笑い声を漏らせば、更にぐりぐりと額を擦りつけられる。
「っもう!銀ちゃんやめてよ、くすぐったい!」
「うりゃうりゃ」
「やだ、もう!」
調子に乗って、変なとこまで触りだす銀ちゃんの頭を押し返しながら楽しくじゃれあっていたら。
「…ナマエ、あのさ」
急に銀ちゃんが真面目な声で私を呼ぶ。
「銀、ちゃん?」
なに?首を傾げて見返せば。
「俺、お前が好きなんだけど」
「…え、」
今まで見たことがないくらい、まっすぐな目に射抜かれて言葉が出ない。…好き?銀ちゃんが私を?本当に?
「…ナマエ、お前は?」
「…っあ、」
俺のこと、好きか?
ぐ、と縮まった顔の距離。銀ちゃんの目が何だか凄く熱っぽくて一瞬逸らしそうになったけど。
「…ねぇ、銀ちゃん。どうして私が家賃回収係に抜擢されたのか知ってる?」
本当は…きっと、この先も言うつもりはなかったこと。今言ってみても、いいですか?
「銀ちゃんに、ね」
理由をつけてでも…会いたかったからなの。
(好きになったのはきっと、貴方よりも随分前)
end
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