風呂に入ろうと思って、諸々の都合上いつもと時間がずれて、あーやれやれ、って脱衣所の戸を開けたら正に三年生が脱いでる所で普通に『よう!』って挨拶しようとしたら桶やら何やら投げられて『きゃー!名前先輩のえっちー!』とか言われました。
ごきげんよう。 名前です。
あっちも俺見てぽかーん、だし俺は俺でまさかの反応にぽかーんだよな。 俺悪くないよな、だったら俺いつ風呂入ればいいの。 正直誰かと一緒に風呂はいると俺が疲れるから早めに入るか遅く入るかのどちらかが多いけどな。
まあ、大体は竹谷とか勘右衛門とかとあわせてる。
鉢屋は気がつくと俺の背中にべったりくっつきながら無い胸(しつこいようだが貧乳ではない、胸板だ)を押し付けてくるし。 不破は何故か顔を赤らめて俺から目をそらすし。 久々知は何もしないけど、真顔で凝視してくるし。 あいつマジ目力ぱねえ。
でも今日は実習もあってどろどろだったから、どうしても早めに入りたかった。 そうしたら、これだ。 先輩に対して何たる仕打ち。
「…お前らな、俺男。お前らも男。 きゃーえっちーの意味がわかりません」
「だって、先輩が俺達の風呂をのぞこうと…」
「そんな見ても面白くないもの、のぞきません! だったら死ぬ覚悟でくのいち教室の風呂場に特攻かけるわ!」
「……いや、だったらなんで名前先輩はわざわざこの時間を選んで…? ま…まさか…!のぞくだけじゃ終わらないから…? そんな、こんな誰が来るかもしれない風呂場で俺達にいったい何する気ですか!! 名前先輩のケダモノ!淫獣!男は狼だって言いますけど俺たちは用具委員ですよ!?」
「富松、待って富松。 お願いだから戻ってこい、手を胸の前で交差されてもその下には俺と同じまったいらな乳があるだけだって知ってるから、面白いだけだからなそれ」
「だったら先輩は、生物委員会に来てくれれば良いですよ。 うちに来てくだされば先輩がケダモノのように幼い肉体を貪ろうとしても、きっとみんな受け入れてくれます」
「伊賀崎、俺にロリショタ属性は無い。 …じゃない、人聞きの悪い事を言うな。 俺に対しても生物委員の後輩に対しても」
脱衣所にいたのは、委員会の後輩である富松。 同じく三年生の伊賀崎だった。 ……珍しい組み合わせだな。
首を傾げながら少し離れた所で服を脱ぎだす俺に、伊賀崎が察したように口を開いた。
「ろ組の残りの二人は委員会です。 は組は実習が長引いているようです」
「ああ、なるほどな。 どうりで珍しい組み合わせだと思った」
ばさばさと、何の躊躇もなく脱いでいく俺。 …こーら富松ー…。 顔を赤らめながら両手で隠しながらもその隙間からばっちり見てる、ってそんなベタな行動俺はじめて見たぞー?
どうせ洗うし、と思い適当に脱いだ物を籠に入れていく。 それをちょっと咎める様にして伊賀崎が見たけれど、結局何も言うことはなく先に風呂場へと向かっていった。
俺も一応後輩がいるからと腰に手拭いを巻き、未だ顔を赤くしながらぶつぶつと妄想の世界へと旅立っている様子の富松の頭を通りすがり様にぐしゃぐしゃとかき混ぜてから、
「早く入らんと風邪引くぞ?」
「い…!一緒に入るんですか…?」
「もうなんなのお前、俺に別に入れっての? その可愛い女の子と風呂場でばったり、その後うっかり露天風呂で混浴ハプニングみたいな反応しないでくれる?」
「可愛い…!?先輩が、俺と一緒に風呂に…!?」
「なんでこう『女の子』の部分をきれいさっぱり聞かなかったことにするのかなどいつもこいつも。 三年ろ組は迷子と精神的迷子で三冠達成してるの?」
とりあえず富松をほったらかしにしたまま、俺も風呂場に向かった。 後ろで毎度おなじみな音が聞こえてきたので、また後日上がってしまった分をきっちりと下げておこうと思う。 フラグを折ることは早いに越した事がないのである。
俺は既に湯船に使っている伊賀崎を横目で見てから、先に体を洗うべく湯船から離れた場所で腰を下ろした。 糠袋でごしごしと体をすり、泥を落とす。 普段ならばここで勘右衛門がいたならば、洗い方が雑だのどうだのわざわざ隣に来て口を挟んでいたに違いない。 湯船につかってからも、しっかり温まるまで出ちゃ駄目、とかまるで母親のような事を言っていただろう。 尾浜勘右衛門。 略しておかん。 名は体をあらわす、とはよく言ったものだ。
ぼーっとしながら体を洗っていたら、ふと背後に気配を感じる。 ふと振り返れば伊賀崎が手拭いを持って俺の後ろにいた。 おお、体が久々知並に白い。 もしかして雪国の方の生まれなのかも知れんな、とかどうでもいいことを考えながら伊賀崎の意図を探るようにじっと見つめた。 伊賀崎は、ふいっと視線をそらしながらも
「…背中」
「…ん?」
「名前先輩、背中流します」
「……あーいや、別に構わない…」
「流します、後輩なので」
「…俺別に上下関係そこまで気にしないぞ?」
「…………」
「…わかった、じゃあ頼む」
「はい」
伊賀崎もわりと何を考えているのかわかりづらい。
といっても、綾部程ではないから単純に感情を表に出すのが下手なだけなんだろうと勝手に推測する。 伊賀崎とは正直そこまで仲が良いというわけではない。 印象としては、委員会の後輩の富松の友達。 友達である竹谷の委員会の後輩。 会えば挨拶もするし、竹谷の頼みで大脱走をした毒虫を探した事も何度かあるから普通に面識もあれば会話もする。
印象としてはこういうことは普通にスルーしてしまうように思っていた。 大切なのは毒虫達で、人は二の次。 その間には越えられない壁があるだろうと。 だからあまりそういうことに頓着しないんだとばかり…。
………って、なんかちょっと遅くないか?
俺は何となく背後の気配が不穏な気がして、恐る恐る振り向いた。 正直未だに頭とか洗ってるとき怖くて背後が見れない人間なのに、俺が夜寝られなくなったらどうしてくれる。 勘右衛門か竹谷のところに特攻するぞ? もしくは一年生達の部屋に突撃するぞ? …一年生は良いよなぁ、あの年頃はまだ普通に懐いてくれてて。
振り返って、俺は一拍おいてから。
「ちょ、ぎゃあああ何する気だあああ!!」
「え、いや。 先輩の背中を洗おうと、」
「それでどうして自分の体に泡をつけてるの!? なんなの!?それで一体どうする気!?」
「手拭いで洗って先輩の背中に傷でもついたら大変です。 だからここは僕の体を使って手拭い代わりに、」
「いやああああ助けておかあさぁぁん!! 発禁しちゃうだろ!?どこの店だよ、なんのオプションだよ!! この学園は大学で生徒は全員十八歳以上です、とか注意書きが必要になっちゃうだろおおお!?」
「僕十二ですが」
「体を大切に!早まるな! その歳だったらランドセルというオプションがつくだけでその手の趣味の人たちが大喜びだから!!駄目、絶対!」
そもそもどこからそんな知識を持ってきた。 まさかとは思うが竹谷か!? いや、あいつに限ってそんな事は無いだろう。 あいつはそういう節度は守る奴だ。
真相はわからんが、とりあえず鉢屋を殴っておこう。 そういう事を後輩に面白半分で教えそうだし。
俺は叫びすぎてぜーぜー言いながら、伊賀崎と向かい合う形で『冗談でも冗談じゃなくてもそういう事は言っちゃいけません、しちゃいけません』という事を何故か拗ねた様子の伊賀崎を諭すように説教をする。
なんで風呂一つ入るだけでこんなに疲れてるんだろう、俺。
「…せ、先輩…?」
「…あ?富松? 何やってんだ早く来いよ」
「そんな息を荒くしていったい孫兵に何を…!? それに俺にも、来いとか…!」
「もうやだおれおうちにかえる」
神様神様。 絶対に俺を好きにならない友達が欲しいです。 一緒になって可愛い女の子について語れる友達を下さい。
切実にそう願う俺に、どこからともなく
人外ならなんとか。
とかいう声が聞こえてきた。 俺は泣いた。
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