基本的に、俺には『属性』というものが存在しない。
それだけ聞くとなにやら格好良さ気だが、妹属性だとかツンデレ属性だとかそっち方面の意味での『属性』である。
駄目人間? 何を今更。 お前の子供を抱く日はきっとこないだろうねえ、なんて母親から言われていたエリートギャルゲ廃人だったこの俺だ。 まあ大丈夫だよ母ちゃん、うち三人兄妹だったから兄妹の子供はきっと抱けるに違いないさ。 まあ、思いのほか早く空の上の住人になってしまったが。 そしてこんなおかしな状況になっているわけだ。
「ご…ごめん!名前…!」
「あー…もー…俺ドジっ子ってきらーい…」
実際のドジっ子ってのはなんて厄介なんだろう。 俺のほうからはどうにも対処しづらい辺りが本当に嫌になる。
学園内での曲がり角で『委員会に遅刻しちゃう、急がなきゃ!』とか聞こえてきた時点で嫌な予感はしていたんだ。 でも、俺普通なんだ。 本当に忍術とか体術とかそういうの普通でさ。 つまり声には気づいてたんだが避けられなかった。
声からして相手は六年生である俺の会いたくない学園の生徒で二位の位置に鎮座している不運委員会…もとい、保健委員会所属の善法寺伊作先輩である。
ちなみに俺の中での『会いたくないランキング』は、その人物の厄介さと、もし女の子だったら…!と心底思う残念さからの順位である。 ランキング内の作法委員会率が半端ない。
廊下にトイレットペーパーやら何やらを散乱させながら、俺を押し倒すように転んでいる善法寺先輩。 ここはせめて、『いったーい!どこ見て歩いてんのよ!』とか言われた方が幾分か楽だった。 ダメージが少なかっただろうに。
押し倒された格好のまま、俺は遠い目をする。 善法寺先輩が困ったような顔をして言いにくそうに口を開いた。
「…あ、あのね、名前…」
「はぁーい…なんでしょうー?」
「その、手、が…」
「…はあ、手が何か」
「私の、胸、に」
言われて見てみれば、丁度善法寺先輩の胸板の当たりに俺が回避しようとして突っぱねた名残のある手があった。 改めて己の手に意識を集中させてみる。 ……うん、流石六年生。 細身に見えてもよく鍛えられたうっすら筋肉のついたいい体だ。
でも正直、顔を赤くして『ご、ごめん!』とか反応はしないよな。 そもそも手が胸に…なんて反応するなよ野郎がよ。
俺は無表情のまま
「…だったら、どいてもらえますか?」
未だ俺の上でおろおろしている善法寺先輩に冷静な声で指摘した。
ああ、ちくしょう。 本当にこれが女の子だったら…!
年上で、ドジっ子で、保健委員で? 物腰柔らかくて後輩思いで失敗も多いけど頑張り屋さんでちょっと頑固なところがたまに傷……ってもうその存在だけでキャラが確立されているのにこれで男とかホントどういうこと? 声とか俺よりも低いしさ。 何その美声。 その声で『胸に手が当たってる…』とか言われても。
けっ! とやさぐれながら視線をそらせばしょんぼりとした様子で善法寺先輩がようやく俺の上からどいてくれた。 ていうか、なんでこうも上手い具合に俺の上に倒れてきたし。 なんでこうも狙ったかのように、俺の腹の上に座ったし。 人から見られたらかなり誤解を受けるだろうが。 俺最近くのたま達からかなり狙われてるんだぞ? 俺の心臓を狙い撃ち!って比喩じゃなくてガチでだぞ? 『名前のハートを頂戴しに参ります』って手紙がくのたまからまわってきたけど、表側には恋文とかじゃなくてでかでかと果たし状って書いてたぞ? で、実際学園内で告白したらずっと一緒にいられるとか言われてる伝説の木の下で可愛いくのたまの女の子が待ってるんだぜ? ……火縄銃を持って。
俺の人生、どこでどう狂ってしまったんだ。
盛大にため息をつけば、かしゃーん、と何かを落とすような音が聞こえた。 …なんか嫌な予感。
そっと起き上がればそこには、明らかに『良いもの見っけ』と言わんばかりの顔をした三郎がどこぞの家政婦の如くそっと戸の間からこっちを見ていた。
「…あらやだ」
「鉢屋、ちょっと来い。 苛々してるからサンドバックになれ」
「ええ?とんだ変態だな名前というやつは…。 こんな真昼間に、しかもこんな人目のある場所で空気嫁になれだなんて…」
「お前はサンドバックを誤解している。 ていうか全然話が繋がってない。 もうやだ、俺お前ら嫌いだ…」
「え…!」
「えっ…!」
しゅうん、と何かが落ちるような音と同時に。 ぴろりーん、となんともいえない音が耳の奥で響いた。
二人とも衝撃を受けたような顔をしている。 …が、鉢屋よ。 お前ほんのりと顔赤いのなんでだ。
見るからに落ち込んでいる善法寺先輩はちょっと可哀相だが、この先輩案外うたれ強いので明日になれば普通にけろっとしているから気にしない。 一々気にしていたら俺の貞操は三年生くらいで無かったはずだ。 先輩の一時的な心の傷と、俺の一生残るであろう心と体の傷とで天秤にかけたら当たり前だが俺のほうに傾く。 もう、なんていうか先輩の一時的な心の傷なんて俺にとってみれば羽のような軽さだ。
俺は立ち上がって、とりあえず勘右衛門か不破の所に避難するかと心に決めて足を踏み出そうとして転がったトイレットペーパーの一つが足に当たったのでそれを手にとり先輩に手渡した。
「はい、どうぞ」
「え」
「…くれぐれも次は転ばないようにして下さいね?」
言って、急いでその場を立ち去った。 鉢屋も一緒においてきてしまったが、まあアイツは神出鬼没な奴だ。 多分俺が教室とか勘右衛門とか不破とかの所に行けば我が物顔でいたりするんだろう。 もっと別の所に天才を発揮すればいいのにあの男。
今日は厄日だ、と盛大なため息をつきながら 何故か後方から聞こえてくるファンシーな効果音から逃げるように俺は全力で走った。
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